第21話 ゴブリン地下帝国の滅亡1 威力偵察



 カザヴォラ家から辞去する際には、勝手口から出ろとの指示があった。


 馬車の駐車場に回れば裏も表もないのだがな。そう思いながら指示に従うと、その駐車場に、カザヴォラ家長男フラヴィオが数人の門人とともに、黒塗りの箱馬車からストロッツァ司祭を下ろすところだった。


 肥満した巨躯が川に飛び込んだのではないかというほどずぶ濡れで、法衣の裾が泥でひどく汚れていた。目の焦点は合っておらず、ガタガタと歯を鳴らせる音がここまで聞こえてきそうだ。


 ヴァンダーとバルデシオは、その末路をカレンに見せないよう幌馬車に抱えあげて乗せると、無言でカザヴォラ家を後にした。


 これから忙しくなる。無関係になった人物のことまで気にかけている暇はない。 


 ソアンツァ村。井戸広場。


「皆さんのお家で、芽の出たパタータがあれば、この大鍋に入れてください」


 教会の納屋にしまってあった大鍋を師匠は目ざとく見つけ、ヴァンダーとバルデシオが引っぱり出して井戸水で洗う。村人に協力をあおぐのは言葉巧みな大魔術師の仕事だ。


「入れろって、芽を取らなくていいのかい? 腹を壊しちまうよ」


 主婦らしい女性が実にもっともなことを指摘する


「よいのです。我々が食べるわけではありません。少々面倒な魔物がこの町辺りを通過するという報せが届いたので、領主様より我々がその駆除を仰せつかりました」


 間違ってはいないが、肝心なところをぼかした説明だった。


「じゃあ、魔物用かい」


「まさにその通り。うまく魔物を倒せたら、領主様から今夜の芋煮騒動をこの村の武勇伝として、祭りにすべきだと陳情するつもりです。もちろん、その時は芽を取ってくださいね」


 主婦たちは興が乗ったのかゲラゲラ笑い、自分たちの家に戻って食べられなくなった芋を持ち寄ってくる。


「カレン」 

 師匠は振り返り、亜麻髪の魔族少女に微笑みかけた。

「今の説明では不満ですか?」


「え、ううん。でも、みんな別に詳しく知りたいと思わないんだな、って」


「ちょっとした問題を他人任せにできるなら、できるだけ問題の外にいたいのが人情というもの。あなた方の村に危急が迫っている、だから協力しろと言うより、お祭り感覚で害獣駆除を手伝うほうが想像しやすいのです。人は想像ができないものには恐怖を抱く動物ですから」


「うん、そうかも。あとパタータに毒があることは、この世界のみんなも知ってるんだなって」


「カレンも知っていたのですね」


「まあ、うん。前の世界でパタータの毒のこと、聞きたい?」


「ええ。ぜひ」


「ジャガイモの毒は、ポテトグリコアルカロイドに総称される、有毒なアルカロイド配糖体を含んでるの。アルカロイドとは植物や動物から生成される有機毒のことで、ジャガイモの場合、とくに緑皮と発芽部にソラニン、カコニン(チャコニン)が含まれていて、加熱しても分解できないよ」


「食べた時の症状は、目眩、吐き気、下痢、ですかね」


「そう。だからパタータの保存は、冷暗室に入れて発芽させないことが重要なの」


 つまり、発芽したパタータは各家庭ならどこにでもある代物ということだ。

 魔族少女と師匠が見つめ合うと、そろって顔を前に向ける。


「ゴブリンって頭いいんでしょう?」


「ええ。学習能力が高く、一度毒だと気づけば二度と手を出してきません」


「これ、一発勝負なんだ」


「そうです。ですが呼び水は必要です。初手、地下帝国から出てきた斥候はすべて叩いて、我々が彼らに敵対意思を示したことを気づかせなければなりません」


「わかった。何をすればいいの?」


「ロッセーラとサムを連れて無人の新興集落に向かってください。おっつけヴァンダーも向かわせます」


「わかった」


「夕方になれば鍋からパタータのニオイが巣の周辺まで拡散します。パタータの茹でた匂いに誘われて、地下からゴブリンが顔を出します。それらをすべて、殺してきてください」


 ヴァンダーは思わず鍋底を洗う藁タワシの手を止めた。


「師匠、俺が行きますよ」


「あなたは鍋を洗っていなさい。鍋はあと三つ、この村に到着するようですよ」


「いぃっ!? あと三つもかよぉ」


 さしもの翼衛将軍ヴァンダーも魔術師の弟子時代を思い出して、顎があがった。


「明日になればさらに倍の鍋でパタータを茹でます。なにせ三十トンですからね」


 絶句した弟子を一瞥して、師匠が新弟子をみつめる。


「できますか?」

「うん。はい。やります!」


「よろしい。良い返事です。やり方は単純です。〝荊の森〟ワイルドスピナで索敵して、穴を見つけるのです。あとは動く影に飛びかかればよいだけです。出てきた穴は塞がず、死体の処理は蔓で回収を。サムさんとロッセーラさんと相談して決めてください。穴を掘って、そこにまとまった数を投げ入れたら、油をまいて燃やします。ロッセーラさん任せていいですか?」


「了解」オゥカピート


 ロッセーラはこめかみを指で押さえるような砂漠の民式の敬礼で応じた。


   §


 バチン……ッ。バチン……ッ。バチン、バチン!


 モグラたたきの要領だ。


 五箇所の穴から頭を出せば、立て続けに荊を叩きつける。それだけでゴブリンの頭がスイカ割りみたいに砕け散った。気分のいいものではないけれど、荊魔法が命を奪う感触を伝えてくることはなかった。手足の感覚より全自動の武器を振り回している感覚だ。かれこれ三十匹近く倒しているが、全然疲れない。


 わたしはこの作業を、新興集落の屋根の上からいそしんでいる。


「せっかく鎧着てきたのにさ、ちーっとも出番なかったのよね」


 サムが足下でスコップで穴を掘りながらぼやく、焼却用の穴だ。マーレファいわく、ゴブリンの死体は人よりも早く腐り、疫病をばらまくという。ネズミとさほど変わらない。


「ロッセーラさん、他の穴から出てきてませんか?」


「そうね。今のところ、その五か所だね」


 ロッセーラは夜目が利くそうで、新興集落に点在する巣穴の場所を確認して回って自作の地図に書き込んでいる。砂漠の国から旅をしてきただけあって、地形把握が早い。


「カレンこそ、疲れてない?」

「ぜーんぜん、大丈夫ですよ」

「そう。頼もしいわね」


 謙遜するべきか得意げになるべきか。判断に迷っていると突然、視界が明るくなった。



responsum: [〝荊の森〟《ワイルドスピナ》 →〝荊の荒城〟ハイデンレースライン]



 この間のだ。最初は〝茨の鞭〟だったのがゴブリンを三十匹近く潰していって、またランクアップしたらしい。


「これ、どこまで進化するんだろう」


「カレンっ。五ヵ所以外からもめちゃくちゃ出ててきた、やれるっ?」


 ロッセーラの鋭い声で我に返り、周りを見渡す。

 すると黄昏の闇の中に、赤い[ ]が浮かんだ。野ばらのように。


「えっとえっとっ……ええい、もう、全部!」


 ゴーサインを出すと頭上でズボッという音とともに暴風が起こった。思わず屋根の上でつんのめる。

 次に顔を上げた時には、もとの黄昏にもどっていた。


「もしかして、範囲攻撃呪文に進化? えぇ……もう戦闘機か、ロボットじゃん」


「アッラハッラー(なんてこったい)! あれがカレンの魔法かい、すごいじゃないか」


 ロッセーラの陽気な喝采を、複雑な気分で返答に窮していたら、ヴァンダーが屋根によじ登ってきた。長い銀髪を後ろにひっつめた、イケオジだ。


「草木魔法がそのまま攻撃魔法に進化するとはな。初めて見た」


「放ったわたしも、一瞬のことでよくわからなかった」


いばらつるがゴブリンの体を貫いた直後に、とげがゴブリンの内側から貫いて爆散したんだ」


 グロっ。人対ゴブリンの戦争みたいなことやってるんだから、仕方ないけど。


「興味深いのは、術者の視野の無意識域まで網羅して、敵を補足していた点だ」


「ヴァンダー、そこまで見てたの?」


「お前の真後ろだったからな。人の視野は一三五度が認知限界だといわれている。ところが無意識に視認している領域があと十五度あって、魔術師でその視野領域まで魔法を発動範囲にできるかが素質の壁になっている。カレンはその若さで素質の壁を超えてゴブリンを捉えていた。さすが」


 魔族と言いかけたのだろう。小首をかしげ、肩をすくめることでごまかした。


「パタータは?」


「第一便の用意がそろそろ整うらしい」


「毒入り?」


「ああ。ただし、食べても体に多少の不調がでる程度に毒を調整してあるそうだ」


 わたしはピンっと来た。


「まずは軽く、食べられる毒のニオイと味に馴れさせるってわけね」


「ご明察だ。麻袋で十二袋。ここの集落に設置したら、俺たちは一旦撤収だ」


「了解」


 屋根から降りようとしたら、わたしはヴァンダーにひょいと抱えあげられてそのまま屋根から飛び降りた。

 ヴァンダーの、そんなさり気なくカッコいいところが、わたしを腹立たせる。



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