第20話 巨大ゴブリン連合巣窟への献策



「馬鹿なことを申すな!」


 カザヴォラ家当主アントニオが椅子を蹴って立ちあがった。


「アヴィドがゴブリンと、魔物と取引したというのかっ」


「どなたか、ご当主にお水を。――執事殿。ベルモンド騎士団員が見えたら、アヴィド騎士団長の首が戻ったとお伝え下さい。そろそろ情報が団内にも伝わっているはずです」


「旦那様?」


「うむむっ。導師様の仰せの通りにせよ」


 畏まりました。執事は一礼して部屋を出ていった。


「さて、ご当主。先ほどのげん、私は撤回する材料をいまだ持ち合わせていません。続きをお聞きになられますか?」


 メイドが運んできたグラスをトレイからひっ掴んでひと息に飲み干すと、トレイに戻した、


「アヴィドは、家名を汚すような放蕩息子ではござらん。本当に優しい子だったのです」


「ご当主。それゆえに、ホブゴブリンの浅知恵に加担したのですよ」


「そもそもホブゴブリンとゴブリンはどう違うのですかな」 


「ふむ。そこからですか。では端的に申し上げて、人馴れしたゴブリンのことをホブゴブリンとご理解いただければ、話が進めやすいでしょうか」


 ホブゴブリン。

 学術名ではない。俗称だ。


 文献によっては、妖精や精霊の総称とするものもあるが、ゴブリン研究家の間では、突然変異種として生活力の高い個体が群れをはぐれて人集落に隠居、人の言葉を解し、まるで人のごとくふるまうゴブリンのことを指す。


 ここでの〝ホブ〟は、人でなかった魔物が人なみに知恵をつけた〝擬人〟として便宜上区別するために付けられた接頭語だとする説が有力だ。


 他方、呪術魔法を使うシャーマンゴブリンや群れの支配者ゴブリンロードとも違う生態を見せ、洞窟や地下には住まず、森に住居を建て炭焼きで生計を立てる個体もあるとか。


 大きな森で道に迷った際、枝でできた掘っ立て小屋の集落を見つけた時は、彼らに銅貨二、三枚も渡せば森の外まで案内してくれる。


 会話ができる分、きかん気が強くてスケベで、欲深いが、割と親切だ。


 と、いうようなことを師匠が説明すると、カザヴォラ家当主はテーブルに肘をついて頭を抱えた。


「そんな半人半魔が、ソアンツァの村にいると?」

「ヴァンダー、いましたよね。教会の中に」


 急に話をふられて、ヴァンダーも少し戸惑った。


「司祭ならいましたが……あっ!?」

 思わず声を上げて、ヴァンダーは見開いた目で師匠を見る。

「外の馬車で寝たフリしたまま聞いてたんですか」


「そこは今、重要ではありませんよ」


 モノグサ師匠め。いや、待てよ……。


「おい、ヴァンダー、おれにもわかるように説明してくれ」


 師弟だけで理解が深まるのが悔しいのだろう、バルデシオが苦った顔で睨んでくる。


「ストロッツァ司祭の言葉を思い出してくれ」


『アヴィド・カザヴォラの家族に返してやりたいのですが。住まいをお教え願えますか?』

『この村ですが、葬儀はすでに終わっております。墓守に再埋葬させましょう』

『終わった? 首も揃わないのに、埋めたっていうんですか。司祭どの』

『左様、騎士団長のふるまいを、皆で哀悼するように申し伝えました』


「その話の、どこがおかしいんだ?」


「騎士団長の〝ふるまい〟を〝哀悼〟だよ。〝悪事〟を〝鎮魂〟と死罪人特有の言い回しをしなかった」


「いや、村のゲートには喪中の黒い布が下がってたのは、おれも記憶してる」


「なら、村人の服装は喪中に入ってたか?」


「えっ。そりゃあ……どうだったかな」


 ヴァンダーは椅子に座ったままうなだれる当主を見た。


「ご当主。御子息のご遺体は、今どこに?」


「この館の地下に安置している。メッツァ家の執事から事情を聞いて、私も妻も受け入れられない有り様だった。そこへ執政官がせがれの首を届けに現れてくれたことには正直、助かっている」


 やはりあの教会に埋葬などしていなかった。ストロッツァ司祭は限りなく黒に近くなった。


 バルデシオは聖職者から騙されかけたと知り、口をぱくぱくさせる。


「田舎の集落であぐらをかき続けた坊主のおごりだよ」


 ヴァンダーは鼻息して、執政官を見る。


「アヴィドがやったことはゴブリンが奪ってきた豚を横奪し、市場で転売にかけた。そこまでなんだ。転売で得た金の使い途まで自供してないんだろう? また自分の計画者でないことを隠すために、騎士団長は『豚は川に流れた』から『村に豚を配った』と証言を変えた」


「それは、そうだが」


「ところがソアンツァ村、そしてこの館でも豚一頭を潰した形跡がなかった」


 博愛からでた騎士団長の罪を知っていたのは、バルデシオを除けば、当事者――犯人だけだ。


 豚が強奪されたのは昨晩の深夜。それを昨日早朝の朝市で十頭取り戻したが、残り八頭は証拠隠滅するために早々に豚を潰さなければならないはずだ。


 だが成熟した豚をまるまる一頭潰すのは集落にとって一大事で、老人から子供までが解体の手伝いに集まり、お祭り騒ぎになる。それほどの財産なのだ。その騒ぎの跡がソアンツァ村に見られない。


 にもかかわらず、あのストロッツァ司祭だけが騎士団長の哀悼を村に示そうとし、村人たちは誰が死んだかもわかってない様子で静かだった。にもかかわらず、あの司祭だけが埋葬済みだと言い、バルデシオから首を預かろうとした。


 なぜだ。


「アヴィドにゴブリン横奪の入れ知恵したのは、あの司祭だってのか。あのデブ坊主がホブゴブリンを操ってたなんて冗談だろ。なんで聖職者が魔物なんてものを使役する?」


「あと俺は、イルミナート伯爵の言葉も思い出したんだ」


『うちは、人間の相手で精一杯でな。魔物にまで手が回らねぇ。昨日のことで、オレの首に賞金をかけたやつがいるらしいんだ』


「伯爵の首に賞金。あれが領主の目を他に逸らせるためのハッタリだったってのか?」


「おそらくそうだと思う。ゴブリンのクレモナ襲撃から騎士団の豚横奪、騎士団長の刑死、教会の喪中表明、伯爵の懸賞首までがすべて、ここ一両日で起きてる。村民はいまだに騎士団長の死すら知らないのに、だ」


「それは確かに……ああっ、だめだ。おれにはさっぱりわからん。もうはっきり言ってくれ」


 ヴァンダーは、あくびを噛みころす師匠を一瞥して、


「ストロッツァ司祭は、ホブゴブリンたちの頭目テイマーなんだと思う。そして地下ゴブリン帝国でかつてない生存抗争が起きようとしていることを彼らを通じて知った」


 クレモナの農場を襲撃したゴブリン五十匹キャンプの行動を知り得るためには、彼らの動向を地下でつぶさに観察する必要がある。そのうってつけな観測者として、同じゴブリンであるホブゴブリンに目をつけた。だがホブゴブリンには、豚を強奪する計画をどこに報せれば利益が出るかという発想がない。損益を考えられるとすれば、人族だけだ。


「じゃあ、残り八頭の豚は教会――、ストロッツァ司祭が?」


 バルデシオの導き出した答えに、ヴァンダーはうなずいた。


 八頭の豚を引き取るのに、ホブゴブリン一匹では無理だ。

 五つのキングダムからはぐれて地上に出てきたホブゴブリンを、あのストロッツァ司祭が擁護という名目でかくまい、彼らから引き出した情報を整理してアヴィドに渡していた可能性は高い。


「フラヴィオ」当主が長男を呼んだ。「司祭を呼んでこい。今すぐにだ」


「スィ、パードレ(はい、父さん)」


「マッシモ、お前は副団長を、ジローラモのやつを呼んでこい」


「スィ、パードレ」


 息子二人が部屋を飛び出していくと、執事が腕鎧と脛当ての青年を連れて戻ってきた。


「旦那様、ベルモンド騎士団のジローラモ様がお越しでございます」


「親父さん、アヴィドの首が戻ったってっ?」


 当主はやおら椅子から立ち上がると、沈痛な面持ちで亡き友の父を慰めに来た男を迎えに行く、かと思われた。

 入ってきた青年のあごを鷲づかむや、片腕で床へ叩き伏せた。相手が無警戒だったとはいえ、老人の痩せ細った身体から予想もできないりょ力に、思わずカレンがヴァンダーの後ろに隠れた。


「ジロー。なんで、アヴィドを止めなかった」

「あっ、あが、がが……っ」


「大した親友ごっこだな。ゴブリンからせしめた豚を転売した金で、ルクレツィアに持参金を持たせるつもりだったのか、あぁ? お前らの青い友情のおかげで、アヴィドはあのザマだ!」


「ごがが、あがっ」


「ジロー、私への言いわけは慎重に言葉を選べよ。私は今、気が立っている。ブラッツィ家の娘なんぞに情けをかけるのではなかったとな!」


「ご……ごめんにゃひゃい」


「アヴィドに手を貸した悪ガキ連中を呼んでこい、全員だ。こなかったヤツの名前はその時、聞く。行け」


 床にめり込んだ青年を解放すると、当主は椅子に戻った。メイドが如才なく水のグラスを供す。それをまたひと息に飲み干すと、マーレファを見上げた。


「導師様。あなた方は、倅との約束を果たしに参られたのでしたな。改めてゴブリンのをお願いしたい」


「ええ、構いませんよ。しかし長い期間放置されたせいか予想以上の数のようで、いささか時間と予算がかかりますね。ご負担くださいますか?」


「いつまでに始末するのに、いくらかかりますかな?」


 藪睨みしてくる当主に、師匠は微笑んだ。


「村人総出でやってもらっても、三日でしょうか」


「一国を滅ぼしかねない数を三日で……。金は?」


「売り物にならないパタータを三十トンほど購入していただきたいのです」


「売り物にならないパタータ? 三十トン?」


「それを大鍋でグツボコ茹でてもらい、麻袋に詰めれば五百袋ほどですか」


 マーレファは微笑から、不敵に微笑んだ。


「万事、おまかせを」



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