第11話 地下水路《ダンジョン》



 薄暗いが、まだ明かりが必要なほどでもない。

 北区の井戸から、カレンを背負って縄梯子で降りる。


 師匠は〝緩衝飛躍フェザーレン〟の跳躍魔法があるので、早々に井戸へ飛びこんだ。


「師匠、どうですか」

「間違いなく、魔物の残臭がありますね。瘴気(ガス)の滞留はないです。大丈夫でしょう」


 大丈夫とはいっても幼い子供だ。厚手の布で鼻と口を覆ってある。とったらブルーチーズを食わせるからなと脅したら多少は従う気になった。あれはあれで美味いが。


 マーレファは杖で、おのが進む路を指し示した。


「私はこのままベルガモ通りに沿って南へ。あなたは西のギナリア通りからマサロッティ通りまでお願いします。合流は南東八百メートル。クレモア大聖堂としましょう」


 さすが師匠だ。さっきの地図をひと眺めしただけで、この街の概要を把握している。


「ヴァンダー。西へ〝案内蝙蝠〟フレーダーマウスを」

「了解」


 魔術師二人の手から[風]で緑色の蝙蝠こうもりを飛ばす。


 この魔法は徘徊精霊〝ウィル・オー・ウィスプ〟を人工的に再現した自走術式で、進行方向へ音を発して進む。音は魔力波で、その反射反応で周囲の魔素反応を着色視覚化できる。ダンジョン探索などには実に有用な探索魔法だ。


 ところがこのおもちゃ程度の魔法すら使えない魔法士が最近、増えている。


 王都への中央集権化の一環で、行政府は国王の名のもとに魔法学校をつくった。ところが、そこから卒業してくる魔術師の卵はどれも無精卵ばかりで、移動魔法と飛行魔法を同じに考えている魔法士が続出した。彼らは六年も通って「学校で教わってない」と口を揃える。


 ようは必須単位の詠唱魔法で燃焼、凍結、切断の三大破壊もくと治癒目以外はおざなりなのだろう。魔法教育形態が徒弟制から学校制が主流になってから魔法技術の習得効率化は上がったかもしれないが、魔術師の質は落ちる一方だ。


 羽ばたきながら飛んでいく緑色の蝙蝠はやがて、小さな人影を投影した。


「ヴァンダー」


「しっ。ゴブリンの見張り役だ。気づかれたら仲間を呼ぶ。そっと近づいて仕留めるから、目を閉じて静かにしてろ」


 鉄棒ではなく、ダガーを抜いて忍び寄る。


 ゴブリンが右から左へ大きな頭を振った時、死角になった右からダガーで首を刺し貫いた。


「鉄の棒を使わなかったのはどうして?」


 見てたらしい、子供が見ていいものじゃないんだが。


「振ると風切音がでる。ゴブリンの耳はこういった暗がりの場所では風の音をよく聞いててな、大振りすると予想外なタイミングで振り返ったり避けられたりして、空振りを誘われる。その隙を作らないためだ」


「へぇ」


 その後も〝案内蝙蝠〟フレーダーマウスは新たにゴブリンを四体を捕捉、ヴァンダーはダガーを投げたりして、それらを確実に処理していく。


「こっちはやつらの外周だったかな。ゴブリンの数も少ないし、間隔も遠い」

「巣の外側ってこと?」


「活動範囲の外、という意味だ。こいつらは偵察だ。町に巣は築かれてなさそうだが……。師匠のほうが当たりかもな。少し急ぐぞ」


 ヴァンダーは背嚢リュックのストラップを掴んで緑色の蝙蝠を追った。もちろん足音をさせる愚は犯さない。


「カレン。後ろは」

「誰も来てないよ。どうして?」


「まだ五匹だ。斥候にしても、数が少ない気がする」


「でも五十匹で豚十八頭を持ち去ったんだよね」

「そのはずだ」


「まさか、使用人たちがゴブリンと分け合ったとか?」

「もしそうだったら、嫌だなあって思ってるところだ。あるいは」


「ゴブリンが別の魔物と共同生活してるとか?」

「そういうこと。賢いな、カレン」


「え、へへっ。そうだ。わたしが知ってるゴブリンの相棒は、ガルムだったかな?」


 さすが魔族。ヴァンダーの想像を超えた最悪の事態を想像する。


「その組み合わせは洒落にならんぞ。そんなのが来たら今頃、師匠は喰われてる」


 軽口を叩いたものの、ゴブリンが狼、魔犬と共存契約する事例は見たことがある。


 ヴァンダーがまだ将軍になる前だ。国内の町村が三つも蹂躙されて、重装騎兵まで出動する騒ぎになった。ゴブリンが魔犬ガルムと連帯して、襲ったという。


 ゴブリンは動物の鳴き真似がうまい。ゴブリンライダーが犬の鳴き真似をしながら陣形を千変万化させ、熟練の軽装騎兵さながらに動きの鈍い重装騎兵をきりきり舞いさせる光景は悪夢だった。あれを地下水路で再現されたら、逃げることすら難しくなるかもしれない。


 だが、このクレモナでそんな最悪のカードは引かない。この二年で地道に積み上げてきたゴブリン対策をぶち壊された原因がなんなのか知りたいくらいだ。


〝案内蝙蝠〟が魔力切れで自然消滅する頃には、クレモア大聖堂への地下通路に入っていた。

 ヴァンダーにとって、幼児を背負って八百メートルを走るくらいは散歩と変わらない。 


「ヴァンダー、そちらはどうでしたか」


 すでに師マーレファが携帯食料ショートブレッドをかじりながら待っていた。携帯食料はヴァンダーが自宅で作り置きしていたやつだ。兵卒時代の名残で棒状にしてあるので食べやすい。早くも居候志願者に台所を把握されてしまったのはしゃくだけれども。


「五匹でした」

「こちらは七匹でしたよ。状況は悪いですね」


「状況、わひゅいの?」


 マーレファから携帯食料を二本受けとり、それをマスクの下に入れて夢中でかじりながらカレンが訊ねる。

 ヴァンダーは地面の混凝土コンクリートに金棒を立て、手の上に顎をのせ、鼻息した。


「こいつらは外から来て、この町を狩り場にされようとしてるのかもな」


 自分で言っていて事実がズシンと重く響いた。敵の規模が判断しづらいのは長期戦になる。

 師の杖が、南を指し示す。


「この先は、川でしたか」

「はい。ポー川の船着き場が近い、いわゆる倉庫街というやつですね」


 三人は水路の側道を南へ、歩き出した。



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