第40話 弟子想いは師匠に似る
早朝から始まった現場検証が十二時間に迫った日没のころ。
「あったーっ! 出たぞーっ!」
チェーザリ家の食堂の床板を剥がし、敷き詰められた石畳をどかして四人十組態勢で、掘り返された。何度も昏倒者を出しながら、五時間後に発見の第一声があがった。
二メートルの地下から出土したのは、狼か犬と思われる獣の全体骨だった。
そして、そのそばに横たわる人骨だった。どちらも死後数十年が経っているとは思えないほど原型をとどめていた。
「ヴァンダー先生の師匠の、いった通り……本当にあった」
この食堂で家族と少年期を過ごし、昨晩も久方ぶりの家族と祝宴をあげたティグラートは顔面蒼白で凍りつき、愕然と椅子に座りこんでいた。
「チェーザリを呪うように依頼した人物は、術者ごと殺してる。怨みが強力になるはずだ」
ヴァンダーは聞き慣れない言語を口ずさみながら、小樽から白い粗塩を掴んで骨に投げうつ。骨に降りかかると、塩はたちまち黒く変色した。何度も投げうって、白のまま積もるのに塩の樽が二つなくなった。
「よし、骨を回収だ。手の先足の先、細かい骨から一つ残らず掬っていくぞ。呪物だから素手で掴むなよ」
スコップでさらった泥と骨をバケツに入れて、それを地上で広げた帆布に出していく。地道な作業が続くが、衛兵たちは交替しながら無言のまま震える手で作業していた。
帆布に人骨と獣骨が粗方のせられると、ヴァンダーはそこにグラッパを浴びせた。
じゅうぅうう……。
泥で湿っているはずの骨から黒煙が立ち昇る。一体どんな事象が起きているのか、わたしには想像もできなかった。
ヴァンダーが酒瓶をふる手を止めた時には、人骨と獣骨は原型を失い、帆布の上で灰泥となった。それを帆布に包んで、チェーザリの元長男を見る。
「ティグラート。レオナルドが保釈されたら必ず承服させろ。この敷地の隅に、彼らの墓を作る。チェーザリ家で末代まで弔ってやるんだ」
「先生。なんでだよ。弟に親を殺させた敵の骨も、犠牲者だってのかよ!」
ティグラートも悔しさを顔に出して叫ぶ。
ヴァンダーはまっすぐ見つめ返し、怒りを受け止めた。
「そうだ。獣は生きたまま呪術の
「口封じ……っ。じゃあ、犯人はまだ別にいるのか?」
ヴァンダーは憮然と布包みを見下ろして、顔を左右に振る。
「お前たちが生まれるよりも前、この家が建った頃だろうな。もうそれくらいしかわからん」
「そんなに……それなら、なんで父さんは呪われなかったんだ?」
「ガットネロは婿養子だとバルデシオから聞いたことがある。チェーザリ家の跡取りには数えられてなかったのかもな」
ティグラートが悔しげに頭をガシガシとかきむしった。
「くそ、くそっ。呪いのくせにバカ正直な仕事しやがって!」
「術者の腕が確かだったのが不幸の始まりだ。骨が狼なら血の匂いを嗅ぎ分け、追いつめて、喰らう。そういう呪いだ」
二人は館の裏にまわると隅に穴を掘りだした。そこへ布包みを収めると、埋めた。塚の周りを小石で囲み、掘っている途中で出土した拳ふたつ分ほどの石を、塚の中央で墓碑にした。
「よし、終わりだ。お前はカレンとレオナルドの様子を確認にいってこい。それから、衛兵のみんなに振る舞い酒を頼むぞ。いくら職務でもきつい現場だった。当主の代わりに感謝の言葉をかけてやってくれ」
「わかってるよ、先生。おれだって、元チェーザリだ」
わたしはティグラートの後をついて歩きながら、ふと振り返った。
ヴァンダーは残りのグラッパを墓碑の頭へ労うようにかけた。
やっぱり魔術師だって、好きこのんで呪う魔法なんて使うはずものないのだ。
§
その後、レオナルドは呪いが解けたけど、逮捕された。
連行される間も疲れ切って衛兵の呼びかけに応じることも、立ち上がることもできず、担架で運ばれていった。この世界には病院もないし、弁護士もいない。ティグラートによると、罪人になれば怪我も病気も、大人も子供も関係ない。牢の中で死と隣り合わせでその時を待つ。絶望しかないという。
さらに悪いことに、ヴァンダーが倒れた。
事件の翌朝のことだ。
ヴァンダーがいつもの時間に起きてこないので、わたしが部屋を覗いたら、ベッドの中で顔を真っ青にして震えていた。
「ヴァンダー? ヴァンダー、大丈夫っ?」
声をかけても返事がなく、こんこんと眠っている。額に手をのせたら、死体のように冷たかった。
「さ、佐藤さんっ、ヴァンダーが!」
声をかけるとすぐに、佐藤さんがソファベッドから跳び起きた。
寝心地はあまり良くないはずの藁ソファだけど、佐藤さんは前世界もベッドで寝たためしがないとかで、居心地だけで自分のベッドを決めた。
「ヴァンダーが氷みたいに冷たくてっ!」
「っ……自分のベッドから毛布持ってきて。マーレファは本当に弟子がヤバいなら、自分から起きてくるはずだから。もしかして昨日の呪いに当たりすぎたんかも」
「たしかに。ずっと陣頭指揮とってましたから」
「んぅー。あ、カレン。たしか一緒に王都から逃げてきたラミアって人、薬師だったわよね。呼んできて」
「はい、すぐ行ってきます!」
わたしは毛布を預けて、外へ飛び出した。
ラミアさんはすぐにやってきてくれて、経緯を聞きながらヴァンダーの症状を診てくれた。
「たしかに呪素当たりっぽいけど。狼系の呪殺式は付呪も解呪も負担が大きいから。ねえ、ヴァンダー、どうしてそんな無茶をしたの?」
「ティグラート、に、家に……帰れといったのは、おれだ」
ヴァンダーは目を閉じたまま、掠れた声をもらした。意識はあったらしい。
「おれが、いわなきゃ、あの家族は……死に別れることも、なかった」
「それを大魔術師の師弟が掬ったのよね」
「自分がこうなったことに、後悔は、してないよ。ティグラートとレオナルドが、兄弟で殺し合って、共倒れになって死ぬより、いい、かなって」
「ヴァンダー。あなたの弟子想いは、きっと師匠に似たのよ」
ラミアはヴァンダーの銀髪をなでて、眠るよう促した。
「三、四日はこの状態が続くかもしれない。喉が渇くはずだから、煮沸水に白の粗塩を二摘み入れて飲ませてあげて。それで呪素を少しずつ祓えるから」
「わかりました。ありがとうございます」
ラミアが家を出ようとした時、ドアが開いてバルデシオが顔を出した。
「おい、カレン。今朝の稽古は……ラミア、何かあったのか?」
わたしが、彼女の代わりに答えた。
「ヴァンダーがベッドから起きられない状態で、ラミアに診てもらったんです」
「なに!? ああ、昨日のチェーザリ家の呪い騒動か。夜中に報告だけ聞いたが、今度はあいつが取り憑かれたのか?」
すると今度はラミアが答えてくれる。
「強い呪素に当てられただけよ。呪いの穂先は彼に向いてなかったから大丈夫。大事にはならないけど、体力を相当消耗してるから、ヴァンダーは今週いっぱいは動かせないわね」
「結構な重症じゃねぇか。ふむ。じゃあ、孤児院や学校の面倒はどうするかなあ」
「休めないの?」
「休めるが、子供たちが動揺する。四日も顔を見せなかったら死亡扱いされかねない」
「まさか、うそでしょ?」
「あそこの孤児院長の体験談だから、実話だ。そういや、あんた仕事探してたよな。ヴァンダーには体調が戻ったら、おれに酒を奢らせるよ」
そういって、バルデシオはラミアとわたしに金貨を一枚ずつ手渡した。
「ちょっと。四日程度の手習い教師くらいで、これは多すぎるわよ」
「ラミア、あんたもいちいち文句が多いぜ。二人ともヴァンダーの代役として、おれが今この場で雇用した。今朝のおれは稽古がしたいんだよ。カレン。さっさと支度しろよ」
「あなたって、意外と強引な人ねえ」
「意外? いつも通りさ。いいアイディアを予算や法律で言い訳して立ち往生させるのは、阿呆な官僚がやる言い訳だ。善は急げっていうだろ? おれの私腹はそのためにある」
ラミアは呆れた様子で両手を広げると、執政官の横を抜けてドアを開けた。
「あなた、この町で市長をしていたほうが格好いいわよ」
素敵な捨てセリフを残し、ドアの向こうへ去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます