第46話 魔族どもの雑談会



 早朝。

 朝稽古で裏庭に回ると、佐藤さんが魔力錬成していた。

 地面から直立するホウキの上で、座禅。きれいな姿勢で瞑想している。


「菊地さん、おはよう」


「あ、おはようございます。いつ戻ってきたんですか、家にも入らず」


「ここに戻ったのは十分くらい前かな。この間の魔力練成、なんかあたしもやってみたくなってさ。マーレーはもう寝た?」


「ええ。ひょっとして、賢者タイムですか?」

「トウモロコシ畑に埋めるぞ」


 悪戯わるふざけでからかっても、佐藤さんはホウキの上で小揺るぎもしない。 魔術師の、本物の修行を見せられて、わたしは胸に焦りだけじゃない不思議なもやもやを覚えた。


「おっ、やってんじゃーん」


 振り返ると、ティグラートが顔を出した。刺青がなくなると、普通のマッチョ青年だ。


「おはよう。レオナルドは?」


「今朝から熱出して寝込んでるってよ。牢獄での扱いはそれほどでもなかったみてぇだけど、やっぱり獄中生活だからな。いろいろありすぎて、整理が追いつかないんだろう」


「だろうね。それで、道教。まだ[獣紋聖痕パラベラム]極めるの?」


「いや、呪いが消えたらパッシブも表に出なくなったし、もういいかなって。なんで今度は[魔甲星装]フレイザージャケットを重点的にビルドしようかと」


「道教、あんた体質属星は」佐藤さんが口を挿む。


「火星すけど」


「こわっ。身体強化Ⅲにそのスキル合わせたら、人なんか殴ったら爆散すんじゃないの?」


「あー。かも。ちなみに、そちらの[火星魔法]のランクはいかほど?」



「揺るがなかったホウキ座禅が一瞬だけ、姿勢が崩れた。動揺したらしい。


「Ⅴよ」


「えっ!?」わたしとティグラートは目を見開いた。


「マジか。Ⅳの上? 大魔術師の卵? もしかして全属星の魔法適性、初期カンストとか? もしかして佐藤さん、転生ガチャ成功例っ!?」


 ティグラートが思わず口走ったので、佐藤さんがくわりと目を開いた。


「その言い方やめーや。人の再人生をゲームの乱数みたいに軽んじるの好きやないねん」


 佐藤さんの語調が鋭利さを帯びた。ティグラートだけでなく、わたしまで首をすぼめた。


「すいませんっした、もう言いません」


 わたしは言わなくてよかった。となりに粗忽者ノンデリがいてくれて助かった。


 ティグラートは納屋の外に置かれた椅子を二脚もってきて、一脚をわたしに渡してくれた。佐藤さんを挟んで魔力錬成を始める。


「けど佐藤さん、この世界で魔法使いにならないんだったら、何やるんすか」


 ティグラートはさらに踏み込んでいく。こいつの勇気にわたしは驚き呆れた。


「ファッションデザイナーになりたいの。前世界でも東京でそっち系の学校通ってたし」


「へえ」

「道教は?」


「なんもですね。前世界は、普通に高校で陸上部はいって五種やってました」


「五種って?」

「走り幅跳び・槍投げ・円盤投げ・二〇〇メートル走・一五〇〇メートル走」


「へえ。体力オバケだったんだ」


「中学は軟式野球部で、五種は高校入って始めたばっかでしたけどね。んで、こっちに来て、孤児院から三回兵役検査落ちて。今ウイスキー作ってます」


「あ、そうだ。ウイスキー」わたしが話題を変える。「こっちのお酒はぶどう発酵がメインで小麦発酵はエールとビールだけなんだよね。しかも季節限定で、生ぬるいのが当たり前なんだよ。小麦はもっぱら粉にしてパンかパスタみたい」


「それな。おれも元粉挽き人の子供だから、それ見てきた。トウモロコシなんかも全部粉にするんで、酒にする発想はこの世界にまだないみたいでさ」


「へぇ、トウモロコシからもお酒つくれるの?」


 佐藤さんが小さく驚いた声をもらす。


「トウモロコシも穀物発酵すね。バーボン・ウイスキーとか聞いたことありません?」


「あー、ある。飲んだことないけど。映画とかで結構キツいお酒だったイメージある」


「ですね。バーボンはアメリカの地名で、アルコール度数は五一%以上です。それ以外の土地で造る場合はコーン・ウイスキーです。今度飲んでみます? 師匠さんの感想も聞いてみたいですけど」


「あたしはいいよ。彼はフルボディワインが好みだけど、新しいお酒には食指が動くみたい」


「らしいっすね。大都市の知識人はそういう酒好きが多くて、ウイスキー醸造はじめたんですよ」


「ねえ、道教さ。洋服の流行って、どこ行ったらわかりそう?」


 ティグラートは椅子の上で腕を組む。


「服の流行ねえ。この辺ならヴェネーシア、ピアチェンツァ、あとジェノヴァかな?」


情報根拠エビデンスは」


「ヴェネーシアとジェノヴァは遠洋交易港を抱える大都市だし、金持ち連中も粒がでかい。ピアチェンツァはその二つの都市を結ぶ街道の交差点にあるんです」


「そっか。物が集中するところに情報も集まるか。じゃあ、ピアチェンツァならすぐ近いわよね?」


「流行掴むんなら手っとり早いすけど、店だすってなったら長居はできねぇかな」


「なんで?」


「南のヴィブロス帝国が北を攻めるとき、真っ先にそこを攻めるらしいです。これまで三度も陥落してるらしいですよ。城壁も高いのに総攻撃レベルの勢いで落とされるって話です」


「戦争か……ちっ」


「どこの世界でも奪わなきゃ、奪われるって発想は消えないんすかね」


「そのくせ、奪った土地を畑にもできないほど荒らすんだから意味わからないよ」


 わたしなりに同調する。


「ヴァンダーはその戦争の指揮官だったらしいけどね」


 佐藤さんに冷水をかけられて、わたしは押し黙る。裏庭が急に朝の静けさに戻った。


「菊地さん。彼の様子、どうなの?」


「昨日、法廷から野菜売りのおじさんの馬車で戻ってきました」


「法廷で倒れたの?」


「おじさんの話では、道でうずくまっていたのを拾ってくれたみたいですけど、会話らしいのはほとんどできなかったみたいです。それで……昨晩にラミアさんと話してました」


「ラミアさん、なんて?」


「ヴァンダー、このままだと……あと二ヶ月くらいだって本人に」


 ティグラートが椅子からおりた。わたしも椅子がグラグラと揺れて維持できない。佐藤さんだけがホウキから微動だにしない。


 クククッ。クックックッ


 ふいに納屋から笑い声がして、わたしとティグラートが身構える。


「しまった。あの人いるんだった」


「誰だ。誰かいんのかっ?」


「拉致ってたのすっかり忘れてたわ」佐藤さんが酷薄なため息をもらす。「道教。悪いんだけどさ、一発なぐって黙らせてきてくれない? 爆砕しても困らない相手だから」


「いいすけど、誰なんすか?」


「新沼圭佑って魔王の教育係。逃げたあたしを連れ戻そうと捜してたのを、逆に捕まえたの」


「新沼さんの教育係って、もしかしてランブルス修道士?」


「あれのこと知ってるの?」佐藤さん、扱いが人ですらなくなった。


「ええ。会ったことありますよ。シルミオーネの町で、うちの酒も買ってもらったし」


「じゃあ、キミが殴るのはまずいか。……ちっ、いろいろミスってんなあ」


 佐藤さんは座禅を解かず、納屋に向かって中指と親指をくっつけた。デコピン態勢。


〝夜の翁 眠らずの獣児の眼に 月の砂をかけよ

 夢の沖 知らず微睡まどろみの波へ 漕ぎいでなむ〟


 ――〝白河夜船ザントマン


 指を弾くと、空気の球が納屋の扉を透過した。

 数秒後、納屋からくぐもったいびきが聞こえてきた。


「よし。これで、丸二日は眠ってるはずよ」


「すげぇ。状態魔法なんて初めて見たっ」


 ティグラートが声を弾ませる。


「昨日とあわせて飲まず食わずで三日間も眠ったら、さすがに餓死しちゃいますって」


 わたしは少しだけ可哀想になった。魔王サトウミキの前ではたしかに、あの魔術師は虫以下かもしれない。


「はい、これでもうおしゃべりは無し。練成に集中するわよ」


 自立したホウキの上で、佐藤さんは下から巻き上がる風に包まれた。

 やがて両手に組んだ手のひらの中に、繭を作る。真球で虹色の光沢を放っていた。


「ふん。久しぶりにしては、まあまあかな」

「ちょっ。もう練成結晶化させるとか、早くね?」


 ティグラートがわたしの言葉を先回りする。


 すると佐藤さんはおもむろにその虹繭を肩越しにバンガローの屋根へ投げ捨てた。


「ああっ、もったいない!」


「別にいいわよ。風に乗せれば、そのうち溶けて風に戻るし」


 佐藤さんは座禅を解いてホウキの上で足を組み、片膝を抱える。


「ねえ、菊地さん。この世界、楽しい?」


 なんだろう。急に佐藤さんの態度が変わった。


「えっ。さあ、まだ来て三週間くらいなので。それに色々揉め事にも巻き込まれてるみたいで」


「その辺は菊地さんが知らなくていい事情かもよ。そうだ。一つだけ確認とらせてくれる?」


「確認、なんでしょうか」


「あなた、ロンバルディア国王陛下と王妃陛下のこと、どう思ってる?」


 意外な質問だった。わたしは少し考えて、


「そりゃあ、尊敬してますよ。民に寛大で、民からも慕われてる陛下は尊敬に値する王です。王妃様もあまり政治のことは口を出しませんが、聡明で慈悲深い方です」


「ふぅん、そっか。両陛下に直接会ったことは?」


「ないですよ。……あれ? 知らない人の顔が出てきた。え、なんでなんで? 何これ、怖い」


 わたしは混乱する頭を両手で支えた。思考が揺れて車酔いしたみたいに吐き気を覚えた。


「ごめんな。実はそれ聞きたくて、今朝はここで待ってただけなんよ」


 佐藤さんはホウキから降りると、ホウキを掴んで肩にひっかける。


「悪いけど、今朝から数日、マーレーを借りるわよ」


「え、今朝から? でも、さっき帰ってきたばかりじゃ」


「ちょっと魔界にね」

「ま、魔界?」


「今度は、彼と北西のヴェレス城……あたしが寝起きしてたアジトに行ってくる」


「佐藤さん。あの毛布師匠とどういう関係なんすか?」


 ティグラートはどうしてもマーレファのことを訊きたいらしい。空気読めよ。いや最初わたしも茶化したけれども。


「関係ねえ……やっぱり師弟なのかな。たしかに魔法理論や世界地政はかなり教わったけど、仲違いもしたし、メールでやり取りする友達なのは確かだけどさ。もう忘れたわ」


 んじゃあ、朝ご飯一番乗り~。佐藤さんはホウキを持って、家の角に消えた。


 メル友て、この世にスマホがあるでなし。電波立つのか、オーバーテクノロジー。



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