第三章 追放された俺の家に居候が増える件

第26話 追放された俺の家に居候が増える件



 命名式、というほどのものでもないが……。


 ホブゴブリンの名前が左からバジル、オレガノ、タイム、ディル、タラゴンに決まった。タイムはメスらしいが、いま目の前でシャッフルされたら、どれがオスでメスかもヴァンダーには見分けがつかない。


 ホブゴブリンの肌はプレーン(?)のゴブリンほど緑ではなく薄い黄緑色をしている。違いは、身長はゴブリンよりふた回り大きい一四〇センチ半ば、太陽を嫌わない点も明確な違いか。


 カレンは頭の天辺に寝癖を付けたまま、引き合わされたゴブリンたちに歓喜の悲鳴をあげた。


「かわいいっ!」


 一人ずつ頭をなでて、誰かが腹を鳴らせば作り置きの黒パンと温め直したスープを与えて、拾ってきた子犬のように甲斐甲斐しく世話をする。黒パンは日持ちするが、壁土のように固くなるのでスープに浸して食べることを教えていた。


「ヴァンダー、この子たちどうしたの?」


「師匠がゴブリン討伐中の地下でたまたま出会ったらしくてな。飼い主が消息不明になったらしいから、雇うと決めたらしい。一から人族の生活を叩き込むんだそうだ」


「へえ。いいじゃない。あ、それで名前を」


 ヴァンダーは一度目線を横に逸らせてから、切り出した。


「実はなカレン……彼らはもう、カレンに従属した。お前に逆らうことはできない。死ねと言われたら死ぬ存在になったんだ」


「えっ、従属? なにそれ」


 カレンの眉間に忌避が集まる。

 ヴァンダーはあえてその目を見なかった。


「魔術の世界で、魔物に名を与えるのは、命の一部を与える契約と同義だと言われている。彼らは滅びる瞬間までカレンを守り続ける」


 カレンは呆気にとられた様子だったが、やがて何かを飲み込んだ表情でうなずいた。


「そっか。マーレファは、わたしにこの子達の主人になれ、ってことなんだね」


「そう考えてやれば、彼らも尽くし甲斐があるだろう」


 ヴァンダーは木剣をもって、家を出た。


「どこ行くの?」


「裏の練兵場だ。師匠にそいつらの力量を計れといわれている。軽く食べ終わったら連れてきてくれ」 


 返事を待たず、ドアを締めた。

 魔族の居候だけじゃなく、魔物まで住まわせることになるとはな。


「しかし、追放された俺の家に次々と居候が増え続けるのは、なんでだ?」



 十五分後。

 ヴァンダーは双剣術で、ホブゴブリン五匹同時の攻勢を受けた。


「人族相手に、高く飛びかかるなっ。お前たちは低く、前に翔ぶんだ」


 バジルとオレガノが地を這うように突っこんできた。この二人は戦闘への理解が早い。


 だが、蹴る。右足でオレガノの外膝そとひざを踏むとすぐさま反転して、スライディング。左足でバジルの足を払う。二人同時に尻餅をついた。


「よし、いいぞ。勇気は上出来だ。だがもっと相手をよく見ろ。牽制を増やして相手に余計な動きをさせて揺さぶるんだ。ディル、タラゴン、タイム。ボーッと立ってたら、お前たちから斬りに行くぞ。死にたいのか」


 怒鳴りつけない。叱る。まっ直ぐな声でピシャリと鞭打つように諭す。兵士にするのと変わらない。

 だが、あの三匹は躊躇いを見せる。少し様子がおかしい。体に不調でもあるのか。


 それにしてもゴブリン独特の瞬発性は消えないどころか、それ以上だ。集中力も理解力も、より人に近いいやらしさがある。鍛えれるほどに伸びしろはある。


「敵を見たら一撃で仕留めることを考えろ。仕損じた後は、敵から離れて考えればいい。そして、狙った敵は一匹だけとは限らない。周りに敵の影がないか常に警戒しろ」


「そんなの同時になんて無理っすよ!」


 バジルが不平を口にする。


「同時じゃない、交互に注意を切り替えるんだ。中と外。わからなければ、体でわかるまでこの訓練は自分たちで続けろ。さもなければ、お前たち全員が死ぬことになるぞ」


    §


 ホブゴブリンたちと朝の稽古が終えたあと、食事になった。

 師匠はまだ寝ていたが、夜型なのはいつものことなのでヴァンダーはもう諦めた。


 ホブゴブリンに朝メシを食わせて、仕事を命じる。


「このクレモナの街で面白い話を聞いてこい。期限は夕方までとする」

「どんなのが旦那たちには面白いんすか?」


 質問は、人懐っこいバジルから始まる。


「そうだな。人が話をしていて、彼らが笑ったり、驚いていたりする話なら君たちもこっそり聞いてみたいと思わないか?」


「ストロッツァ司祭は金の話とか、ゴブリンが次にどこ狙うかってことばかり興味持ってたがな」


 少し斜に構えたしゃべり方をするオレガノが肩を竦める。

 ヴァンダーは腕を組んでうなずいた。


「たしかにそれも情報だが、お前たちもも知っての通りゴブリンの巣窟コロニーは俺たちが一掃した。当分はゴブリンは情報として価値がないはずだ。まあ、金の話も面白い話に含めてくれていいが。その場合はなんで儲かったのか。なんで損をしたのか。そのへんを詳しく聞き取る必要があるな」


「わかった」

 オレガノは少し嬉しそうだ。商売に興味があるらしい。


「あの、おれ、食い物、好き、だ」タラゴンがいった。


「うん。それも情報だな。ただし味見と称して盗み食いするのはダメだぞ。あくまでも人から聞いた中で、どこの食べ物がウマいかだ。同じ話を聞いた数が多ければ多いほど真実かどうか判断できる。これを評判という。大勢の声が同じ食い物をウマいといったら、みんなで食べに行って評判が正しかったか試してみよう」


 おおっとホブゴブリンにまじってカレンまで目を輝かせる。


「あぁの、おらぁここさ、いちゃあダメかね?」タイムがおそるおそる言う。「ここ、いい匂いするし、おら、お掃除やお洗濯できるよ。ストロッツァ様、綺麗好きだったから」


 あの金ぶくれた司祭がゴブリンに掃除をやらせていた。本当にそれだけか。


「みんなはどうだ。タイムは仕事に出なくていいか?」


 あえて仕事という言葉を使った。彼らに仲間意識と役割分担を考えさせるためだ。


「タイムはいいっすよ。こいつ、耳が悪いんすよ」

「耳、どうかしたの?」カレンが聞き返した。


「ストロッツァ司祭に命じられて掃除してたら、食器を割って、殴られた時に片耳が聞こえなくなったんだ。ゴブリンは耳が命だっていうのに」オレガノが答える。


 手駒への折檻せっかんは日常の一部とはいえ、司祭は食器の価値を彼らに説明しなかったな。


「タイム。ちょっとこっちに来てくれ。診てみよう」


 ヴァンダーが手招きすると、メスのホブゴブリンはこわごわと近づいてくる。それから聞こえない方の耳を指示したら、右を出してきた。大きな耳殻に切り傷がいくつかあった。

 左で殴って、右から床に叩きつけられたのなら、割れた陶器の上に落ちたか。


 ゴブリンの耳の中を覗くのはヴァンダーも初めてだ。


 灰色の無属星魔力をかけて中耳や蝸牛かぎゅうを透過視する。構造は人の器官と同じだ。ただ鼓膜が破れたまま再生していなかった。


 ゴブリンは人に比べて自己治癒力が弱いのか。


「鼓膜が破れて、鼓膜の内側まで化膿しているな」


「ひどいっ。前の主人、そこまで思い切り叩いたんだ」


 カレンが我が事のように憤慨する。


「ヴァンダー。当然、魔法で治せるんだよね? まさか魔術師ができないとか言わないよね?」


 成長した娘のあおりが高飛車すぎて、ウザい。


「なら、お前がかけてやるか、治癒魔法を今から教えてやる」


「えっ、いいの? キタ――! 回復魔法っ」


 マコトといいカレンといい、なんで嬉しいんだ。治癒魔法くらいで。



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