第52話 聖ジュリア女子修道竜騎士団



 ロンバルディア王国第二の都市・ブレシア

 王都マイラントから馬車で二時間。クレモナから北北東に約一時間。人口十五万人の工業都市である。


 北の強国ボルトン王国との国境にほど近いマッダレーナ山の麓に展開する町並みは、金属加工や武器製造の工場屋根と黒い石炭の煙が目立つ。


 さらに教会、修道院などの高い屋根には必ず避雷針が設置された。これは山岳に囲まれた地形のため大気が変わりやすく、局地的に発生する落雷が年中行事のように町を見舞った教訓によるものだ。


 その日、急な甚雨ひさめが降ってきた。

 泥をたたく雫が、彼らの靴音をかき消す。


 しかし雨のとばりの間から硬質な視線と殺気まで消せたかどうかは、神のみぞ知る。

 聖ジュリア女子修道院の門扉の前に、フードを被った影が十人。


 そこへ、さらに三人増えた。


「ベレッタ・ガルドネ、ニルダ・ファーマスは、ともに一階の院長室だ」


「よし。院長のファーマスごと仕留める。後の始末はあの方がもってくれる。邪魔する者はすべて殺せ。魔族の知識をほしいままにする魔女に鉄槌をっ」


 フードたちは持ち場に散っていった。


   §


「ねえ、旦那。まずメシにしないっすか。オレ、腹減って」


 ブレシアの外壁街に入るなり、バジルが幌から顔を出す。


「そうだな。お前たちは何か食べていてくれ。その間に俺は用を済ませてくるか」


「了解っすぅ~」


「おれは旦那についていく」オレガノがいう。

「おいらも」

「おれ、も」


 幌の中で次々に反対票が募った。


「なんすかなんすかっ、オレだけ仕事しないみたいな、この空気。腹拵えは必要っすよっ」


「旦那は病み上がりで、ずっとここまで手綱を持ってたんだ。少しは気を使え」


「そうだよ、バジルは鈍感すぎる」


「思い、やり」


 タラゴンがジャベリンを持ち上げる。ちなみにジャベリンは投擲用の短槍で、軽い。穂先の返しがないので抜く時に必要以上に肉を傷つけない。また狩猟用に人数分、持ってきた。


 かしこ組に避難されて、バジルがしょげる。情けないようだが、しっかりリーダーとしてパーティ内の意見はまとめている。


「わかったわかった。接見約束の名刺カードを届けたら、メシにしよう」


 うぇーい! バジルが息を吹き返したので、ヴァンダーは苦笑した。


「旦那、バジルに、甘い」


「そう言うな、タラゴン。お前たちが俺に気遣ってくれる気持ちは嬉しいと思う。だがバジルの言い分も間違いじゃない」


「でも、今日は話だけで戦闘にならないよね」ディルがいった。


「その話が少し面倒でな。人族の退屈な政治の話になれば、長引くかもしれない。お前たちがゆっくり食事している頃までに終わればいいと思っている」


 ヴァンダーは、馬車をブレジアの内城門をくぐらせた。その直後だった。

 雨の向こうから破裂音がした。


「なんの音だっ?」

「この先の建物からっすね。距離二五〇」バジルがいった。


 割と近い。聞いたこともない音だった。

 ヴァンダーはすぐ馬車を袋小路に停めて、おりた。


「旦那。今ここを動かないほうがいいのは、旦那っすよ?」


 バジルがさっきのだらけた顔から一転、仕事の顔でいった。


「なら、どっちを助ければ利益になりそうか、お前らにわかるのか?」


「違いない。おれ達には人のいざこざなんて、どっちでもいいからな」


 オレガノが不敵に微笑んだ。


「総員、ジャベリンを持っていけ」

「タラゴン、おいらのジャベリン持ってっていいよ。おいらはボーラで一頭だけ生け捕りにする」

「わかっ、た」

「よし行くぞ!」


 ヴァンダーを先頭にして革兜衆は駆け出した。


   §


 賊の襲撃は、修道院北東部の墓地から、窓をナイフでこじ開けるところから始まった。


 聖ジュリア女子修道院長ニルダ・ファーマス司祭は、修道院の外に集まる殺気に気づいていた。窓ごとリボルバーショットガンで賊の顔面を吹き飛ばした。


 戦端が開かれると、東向きの回廊から三人の修道女たちが一斉にリピーターライフルで迎撃。賊のボウガン攻勢を圧倒した。しかし、


「ぎゃっ!」


姉妹ソレッラ・マルゲリータっ」


 ボウガンの箭で肩を貫かれた修道女がもんどり打つ。リピーターライフルが廊下を滑っていくる。


 ファーマス院長はリボルバーショットガンを三連射して、ボウガンの雨が止むと、その体勢を低くして修道女たちに近寄った。


「ソレッラ・ビアンカ。ソレッラ・マルゲリータの具合は」


 銃身を中折りして排莢し、新たな散弾薬莢を六連の回転式薬室につめこんでいく。


「大丈夫です。貫通していますが逆手で急所は外れています。筆はまだ握れますよ、マルゲリータ。しっかり!」


「ここは私とソレッラ・ベレッタで迎い撃ちます。マルゲリータを食堂まで運んで治癒魔法」


「承知いたしました」

「司祭様、申し訳ありません」


 負傷した修道女マルゲリータが悔しそうに謝りながら、姉妹に肩を借りながら現場を離れる。


「やはり、なれない銃という武器での応戦は分が悪いかしらね」


「ニルダ姉、それでも剣や斧よりマシだろ。戦わなきゃ、どうせ女の末路は悲惨なんだからよ」


 両目を黒い眼帯で覆った修道女が二挺の自動拳銃を構える。割れた窓まで迫ったフードの男を双射。一発が頬を穿ち、もう一発が頭部で跳弾した。


「ちぃっ、鉄ヘルメット!」


「ベレッタさん。舌打ちなんて、はしたないわよっ」


「ニルダ姉っ。こいつら 〝鹿の角族チェルヴィーノ〟だっ」


「まったく。石炭商会チャコールスミスも諦めが悪いことっ」


 長い銃身のレボルバーが回るとともに、マズルフラッシュ。吐き出された散弾がフードコートを食いちぎり、下の鎖帷子ごと血肉が爆ぜる。ファーマス院長はそっと唇の端を噛んだ。


 ベレッタは獰猛に笑った。


「六度もくれば流石に事故じゃねえよな。あの時の盗人兄弟が、ニルダ姉から受けた恩を仇で返すってわけだ。姉さんの人を見る目も曇ったかね。あたしは曇る目もないけどさ」


「自虐ジョークは結構よ、ソレッラ・ベレッタ。――〝案内蝙蝠〟フレーダーマウス


 ファーマス院長が窓から雨の空へ緑色のコウモリを放つ。

 ベレッタの黒い眼帯ごしには院外の雨の中でフードをかぶったライトグリーンの人影が八つうかびあがって見えていた・・・・・


「かたじけねぇ!」


 眼帯の修道女は、窓壁から躍り出て、窓から二挺拳銃で文字通りバンバン打ち込んでいく。魔法着色によって浮き上がった人影が、眼帯を通して射的場の的のようにパタパタと倒れていった。だがしばらくすると、むくりと起き上がってくる。不毛な光景だが、眼帯の修道女は嬉々とした笑みを浮かべた。


「いいねぇいいねぇ! 鎖帷子くさりかたびらで受け止めても痛いの我慢して立ち上がるその根性に献杯けんぱいだ。こっちは泣いて逃げるまで撃つのをやめてやらねぇぜぇっ!」


「弾も火薬もケースケがわたし達のために作ってくれているのです。無駄遣いはなりませんよ」


 ベレッタは全弾を撃ち尽くし、窓壁に引っこんだ。頭上をボウガンの矢が雨となって、廊下の漆喰に突き刺さる。ベレッタは口笛でも吹きそうな調子で荒々しく廊下へ排莢。スピードローダーで再装填して、窓壁に肩を預けて構え直す。


 そこへ、裏から新たなフードが駆け寄ってきくる。


「ちっちっ。ここにきて増援か。今日はやけに攻めるねえ。いいぜぇ、来るなら来やがれ!」


 その時だった。

 一メートルほどの棒がその伝令の背中に突き刺さる。伝令はバタリと倒れたまま動かない。ジャベリンはさらに飛んできて、三人が貫かれて倒れた。


 報告を受けそびれたフードは浮足立ったその足に、ボーラが絡みつく。背中から倒れ、やってきた人族の銀髪男に取り押さえられた。


「ニルダ姉、何事っ?」


 ファーマス院長は窓壁からそっと目を出して、外の様子を窺う。


「私たちに加勢のようです。数は五名。敵が潰走をはじめました。指示を出している長は銀髪の快男児です。このブレシアで、あれほどの容姿に当ては思いつかないのですが」


「はぁ~あ……ならそのイケメンは、神の御使いですかねぇっとぉ」

「なんですか、ソレッラ・ベレッタ。神への感謝がこもってませんよ」


 信仰と男の顔面には厳しいファーマス院長だった。


 二人の修道女は掃討戦とばかりに窓から雨降る野外へ躍り出ると、浮足立つフードたちに散弾と銃弾をご馳走してやった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る