第54話 魔王は彼女らに二物を与えたり



「誘拐事件は、どのような解決を」


「あたしが解決したんだ。ごろつきアルプ六人全員、コイツで一撃さ」


 すばやく肩が沈むと、直後には修道女の手に白銀製金属器が握られていた。

 細い筒の周りに彫金が蔦のように入っており、穴の方をヴァンダーに向けている。武器には見えなかったが他の物でたとえるのも難しい。まさに魔族の産物だった。

 

「ソレッラ・ベレッタ。おやめなさい」


 ファーマス院長が強めにたしなめると、修道女ベレッタは金属器を一回転、腰のホルスターに戻した。剣のホルスターとはまるで違う、子羊の胃袋のような不思議な作りをしていた。


「あなたがたに協力者がいた、より正確には、犯人グループにとっての裏切者がいたわけか」


「へぇ。あんた、いい勘してるな。元傭兵かい」


「王国軍に所属している。休職中だがな」


 ヴァンダーがようやく名前以外の素性を明かすと、その場が緊張を帯びた。


「王国軍がこの町に何しに来たんだよ」


「さっきもいった。魔王ニーヌマケースケに会って話がしたい」


「話の内容は?」


「それは本人と会って話す。それより、さっきの話の続きのほうが愉しそうじゃないか。きみの武勇伝をもっと聞かせてくれ。少年の監禁場所は?」


 修道女ベレッタは見えていないはずなのに、ファーマス院長に顔を向けた。


「製鉄工場団地の倉庫だった。そこが〝石炭商会〟チャコールスミスっていうこの町大手の製造商会兼組合ギルドが管理してる倉庫だった。で、まあ。その、アレさ」


「その場の勢いで実行犯全員を殺してしまい、黒幕への手がかりの糸が切れたわけか」


「うっ。ま、まあな。あたしもケースケを守りたい一心だったからさ」


「ペスカトーレ隊長。事件顛末てんまつに間違いありませんか」


「大筋はあっている。石炭商会や倉庫の持主であるビスマルクというアルプからも、死んだ誘拐犯たちとの関係性は出てこなかった。誘拐グループは、酒場で子どもの誘拐計画をしていたことが、酒場の関係者からも聞き出せたよ」


 犯罪計画を酒盛りしながら大声で打ち合わせしていたのか、実に鹿の角族チェルヴィーノらしい豪快さだが、迂闊うかつでもある。


「では、あなたがたに協力した裏切り者とは」


「女のアルプだ。もともと誘拐された少年とも面識もあったことをグループは知らなかったようだ。子どもの監禁に女が必要だろうということだけで白羽が立ったらしい。連中にしてみれば、少年と面識があったことが裏目に出た形だな」


 話を聞いている間、ファーマス院長がヴァンダーの顔色をつぶさに観察しているのがわかった。

 トローネは気に入ってくれたらしい。彼女の前の皿がきれいになっていた。


 ヴァンダーは居住まいを正した。


「こちらへ伺ったのは、ニーヌマケースケの動向調査です。国内の魔王が連携して反乱を企てている動きがある、と王都見ている。この場で、こちらがお話できるのはここまでです」


「なんだ、そんなことか……」ペスカトーレ隊長が安堵の息を洩らした。


「隊長ぉ、タマが小せぇぞお」


「うるせーな、鉄火尼っ。わたしにも立場ってもんがあるんだよっ」


 魔王を最初に養護した人間の特徴だ。魔族の知識に寛容かつ、結束力が強い。

 ニーヌマケースケもカレンと同じ、人を惹きつける何かを持っているようだ。


「魔王に直接会いたいので、ツナギをお願いに。ここにガルドネという魔王の婚約者が修道女として奉仕しているというので、接見を」


 途端だった。向かいに座っていたチョーカーの修道女が突然、鼻血を噴いて椅子ごと後ろへ卒倒した。ダブルサムズアップで。


「ヴァンダー卿、それはまったくの誤報ですわね」


 ファーマス院長が、修道女の卒倒を無視して、こめかみを指先で押さえて微苦笑した。


「誤報?」


「少なくとも当院内で、男女が婚姻を約束するなど不潔の極み、言語道断です。あり得ません」


 当事者に断言されて改めてヴァンダーも修道院はそういう施設だったなと頭に手をのせた。土曜の夜ごと酒場でギターを弾いてる修道士を見ているので、聖職者を見る目が緩かったらしい。


 これは、ティグラートに一杯食わされたかな。密造団の話を鵜呑みにしすぎた。


「では彼がシルミオーネの町から、こちらブレシアに移ってきているという情報も誤報ですか」


「それは……ペスカトーレ隊長?」


 衛兵隊長は少し思案げに顎ヒゲをひねって首をかげした。


「数日前に各都市の行政伝達で、魔王の移動を警戒する旨がここブレシアにも達していたが、衛兵局はあまり神経質になってないな。我々はケースケの功績をまだ忘れていないんだ。そもそも魔王指定はここじゃなくシルミオーネだ。この町じゃ、その魔王を養育した大聖母のほうがおっかないくらいだよ」


 ファーマス院長がわざとらしい咳払いをする。


「それでは、先ほど鹿の角族チェルヴィーノの襲撃が六回というのは、いささか執拗すぎませんか?」


「彼らの背後に石炭商会が糸を握っていることは、町衆ならとっくに気づいているよ」


「それを知りながら、衛兵局が介入解決できないでいる理由は?」


「おっと、ヴァンダー卿。それ以上は関わらないほうがいいぜ。そこからはごろつきアルプと修道院の喧嘩だからさ」


 修道女ベレッタが卒倒から立ち直った。ダブルハンズアップには人さし指が生えていた。

 イキるのもいいが、鼻血ふけよ。


 ファーマス院長はすぅっと静かに深呼吸する。


「ニルダ姉」修道女ベレッタが上司の気配を素早く察した。


「いいえ。ヴァンダー卿には知っておいてもらったほうがいいわ。アルプとの諍いに手を貸していただいたのだから、その資格があるわ」


 ファーマス院長はヴァンダーをまっすぐ見て言った。


「ケースケを誘拐グループから取り戻した翌日に、当院に夜盗が押し入ったのです。賊はやはりアルプでした」


 それは誘拐グループの残党か。ヴァンダーの懸念を口にする前に、ファーマス院長は言葉をついだ。


「わたくしは、そのアルプを射殺し、死体を中央広場に晒したのです」


「なんですって?」


 思わず衛兵隊長を見たが、ペスカトーレ隊長は石のように固まっていた。紛争当事者を前にして、衛兵局は意図的に部外者の姿勢をとるつもりらしい。


 彼女は続ける。


「死者に酷い仕打ちを強いました。けれど、盗みの罪は罪ですから」


 ファーマス院長はまた深呼吸をしてから、決然と窓の外を見つめる。


「あの子を取り戻して間もなく、他の孤児たちとともにシルミオーネへ逃がしました。その数日後に、石炭商会から商談を持ちかけられたのです。魔神器の設計図を買い取りたい、と」


 賊の死体を晒すことで、修道院は誘拐の黒幕へのメッセージを送った。


 そのメッセージを知りながら、石炭商会が誘拐とは無関係な顔をして商談をもちかけた。異世界の知識を欲する意思表示をした時点で、修道女たちから誘拐事件の黒幕と誤解されてでも、大金を積んでも手に入れたかったらしい。


 なぜなら、それが売れるからだ。

 武器の設計図であれば、買い付けてくるのは間違いなく、国家だ。


「修道院はそれを拒み、石炭商会に魔族の知識がここに・・・まだある・・・・と印象づけ続けた。そのために六回目、というわけですか」


 ファーマス院長は一軍の将のように胸をそびやかし、母のような慈愛の篤い微笑を浮かべた。


「ヴァンダー卿は、聡明でいらっしゃいるのね」


 修道院と石炭商会双方が衛兵局を介入させないのは、異世界の知識が世間的にも邪法認定されているからだ。交渉決裂後の別交渉で、双方の自力救済策である決闘にもちこめば、法律の介入も難しい。


 司法から調停の手を差し伸べようにも、どちらからも調停請求を申し立てないのだろう。むしろ異世界の知識がからむ紛争に、表の国法を用いれば事態が複雑化するのは双方とも理解し、避けている。


 異世界の知識がここまで人を狂わせ、争わせる好例ともいえた。


 その一方で、彼女たちは魔王が遺した武器で戦いながら、もう魔王が戻ってくることはないと諦めてもいる。ささやかながらに、彼の噂をもってやってくる旅人に期待しながら。


 彼は元気でやっているのか、と。母親にも似た想いで案じているのだ。


 彼女たちはいまだ、心やさしい魔王を愛しているから。


 そこまで伝わってきてしまったから、ヴァンダーも彼がサトウミキを殴った事案は言わないでおいた。


 奇妙だった。これほど彼女たちに愛され、護られているニーヌマケースケなら、女性への敬意と対応を心得ているはずだ。一時の感情だけで女性を殴ったわけではないだろう。


 サトウミキ本人が自覚せず、ニーヌマケースケの禁忌に触れたのだろうか。


「これからシルミオーネに向かってみます。彼の顔の特徴を教えていただけませんか」


「ええ、ヴァンダー卿なら構いません」


 ファーマス院長はおもむろに立ち上がると、執務机のひきだしから羊皮紙を出してきた。


「あっ、ニルダ姉。それ、マルゲリータの絵じゃねえかよ。ずりぃ」


「複写ですよ。原画は彼女に返したから、いいでしょ?」

 ほがらかにあしらって、ヴァンダーの前に似顔絵をおいた。

「誘拐された直後に彼を探すため、町衆へ見せる用にいくつか描いたうちの一枚です。姿は十二、三歳の時期のものです」


 ひと目見て、ヴァンダーにあった謎の一部が氷解した。


 羊皮紙に描かれた少年に、見覚えがあった。覚えがあるどころではなかった。


 大きく脈打った胸に突き刺さったままの棘から疼きが蘇った。


 描かれた少年は、ソウヤ・マコトだった。


 シルミオーネからブレシアに移動した理由がわかった。


 「今、魔王が捜してるのは、革兜衆ゴブリンだ」


 ニーヌマケースケは、逃げた魔王を諦めてなどいなかった。


 これは事件じゃない。彼と彼女の計画だ。

 二人の魔王に絡む騒動、俺が思ってる以上に根が深いのか。


 ヴァンダーにはなぜかそう思えて仕方がなかった。



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