第30話 ゴブリン達が拾った妙なモノ
結果からいうと、二三対五でカレンの勝利だった。
ヴァンダーは審判として勝負あったタイミングで一度止めに入った。
ところが二人から邪魔するなと怒鳴られて観衆へ追いやられた。
これでは決闘だ。どちらかの体力が尽きるまで終わりそうにない。
レオナルドの取り巻きは飽きもせずボスを応援し続けたが、観衆は飽きていた。
そこへひょっこり顔を出したのは、バジルだった。
「おー、いたいた。旦那~」
観衆の子供たちも革頭巾をかぶったホブゴブリンを見るのは初めてだろう。何がやってきたのかとっさに理解が追いつかないでいた。
バジルは無防備に体育館を横切って、カレンとレオナルドの間、戦場の真ん中を突っ切ってくる。
「邪魔すんな、チビ!」
「バジル、あっち行ってて!」
二人から殺気立った声を投げつけられるが、バジルは意に介さなかった。ちょいと肩を竦めると、ニヤつく悪鬼の笑みを浮かべた。
「それって、踊ってるんっすかあ?」
言うなり、目にも止まらぬ旋風の体捌き。足蹴りと足払い。レオナルドは外膝を横から踏まれて転倒、カレンも足首を刈られてひっくり返った。
俺が最初に見せた足蹴りを……っ。
ヴァンダーはバジルの学習能力に目をみはった。
「旦那、師匠からの伝令っすよぉ~い」
バジルは倒れた二人の間を飄々と抜けて、ヴァンダーの前にやってきた。
「師匠から伝令? よし送れ」つい現役の伝達口調がでた。
「森で妙なモノ拾ったんで、相談したいから今すぐ戻ってきてくれないか。以上っす」
「妙なもの? 師匠がどうして森にいたんだ?」
しかもあのワガママ自由な師匠が相談? 気味が悪い。
「バッタリあったんすよ。それで運ぶの手伝わされたっす」
「何を運んだんだ?」
「人族のメスっす。すげーケガしてたのに、師匠がパパって例の魔法っすよ」
女性の遭難者。なぜかまた居候が増えそうな予感がしたが、ヴァンダーはうなずいた。
「わかった。カレンを連れてすぐ帰ると伝えておいてくれ」
「了解っす」
バジルは革兜の前で敬礼すると、スキップでもしかねないほど軽快な足取りで体育館を出ていった。
§
マーレファと革兜衆が拾ってきたモノとは――、
魔王だった。
「一年ぶりか、サトウミキ」
自宅。
自分のベッドで深く眠っている少女を見て、ヴァンダーは困惑しきりの顔で断言した。
「師匠、彼女をどこで見つけたんですか」
ベッドの傍らで椅子に座ったまま、マーレファは戦地で別れた恋人と再会したみたいな悩ましい吐息を洩らした。
「森の中です。傷だらけで倒れていたのです」
「そこのシショーが、おれ達がせっかく捕まえた鹿に載せて、連れて帰れだとさ」
オレガノが不満そうに鼻息して、報告する。
「それは言わない約束でしたよ」
「いいや。約束した覚えはないね」オレガノはにべもなく横目で
「私は、ヴァンダーの師匠ですよ」
「だから? たしかに、おれ達はカレンから名をもらって従属した、メシを食わせてもらってるからヴァンダーの旦那から稽古も受けてる。だが、昼間に起きてくるあんたとは直接の関係がない。ゴブリンの巣でも怠け者には餌は回ってこなかった」
マーレファはむっつりと押し黙った。
日頃の無精生活がこんな形で裏目に出るとはな。
王国随一の大魔術師がホブゴブリンに論破されるなんて、ヴァンダーも笑いを堪えるに苦労した。弟子時代に何度もぶたれた尻の痛みも和らぐというもの。
「オレガノ、鹿はどこで、捕まえたんだ?」
肩を震わせながらヴァンダーが助け舟を出すと、オレガノは地図を差し出してくる。
「ここから北にまっすぐ行った、この湖ちかくの森だ。ディルのボーラでな」
オレガノが地図で指さしたのはイゼーオ湖だ。
「なるほど。鹿は大物だったか?」
「それは……まだ若いオスだ。だから人を乗せるのを嫌がって少し手こずった。無理やり背中にくくりつけて、町のそばまで連れてきた。なのに、このシショーが突然逃がしやがって」
師匠は名前ではないんだが、まあいいか。
「オレガノ、お前の怒りも理解できる。お前たちが鹿を捕まえた成果は俺も認めよう。たが若いオスなら殺すわけにもいかない。次は成熟した牡鹿を狙ってみてくれ」
「この狩猟、まだ続けるのか」
ヴァンダーは笑顔をおさめてうなずいた。
「もちろん続ける。居候が増えすぎたわが家の食料調達と町の情報収集を並行しておこなう。それがお前たちに知識の蓄積と探索の鍛錬にもなる。一石四鳥だ。心配するな、次は師匠がついていくことはない、はずだ」
「どうだかな。こいつ、気づいたら先頭を走っていたバジルの後ろにいたんだ」
オレガノは革兜衆を代表して、マーレファの獲物を逃がした罪を許す気はないらしい。
「師匠。ここは彼らへの釈明をお願いします」
「仕方ありませんね。彼らの
オレガノとバジルが少しだけムッと眉間を寄せたが、ヴァンダーは師の言葉を待った。
「イゼーオ湖の東隣りにあるガルダ湖に、スカリジェロ城という城塞港があります」
ヴァンダーは自作の地図を眺めつつ、記憶を
「ヴェネーシア共和国との国境拠点、もともと灯台を改修した古城を中心とする景勝地でしたか。現在は国の内外からの貴族たちの保養地。税関や国境警備隊事務所はずっと古城湖畔にある港湾都市シルミオーネ市街にありましたよね」
「そうです。その古城スカリジェロを現在、魔王ニーヌマケースケが占拠しています。ただし、シルミオーネの執政官とは折り合いがついているらしく丸二年、不戦状態にあると聞いています」
「不戦状態。王都に報告を上げていないのはいささか」
「ええ、言わずもがなです。現地の執政官と取引を交わし、癒着しているのでしょう」
「では、サトウミキはそこへ?」
「ええ、身を寄せていた。はずでした」
ヴァンダーは思わず頭をガシガシと掻いた。
「師匠。そろそろ真実を話してくれませんか。師匠にとってサトウミキはただの魔王じゃないんでしょう?」
マーレファはしばらく黙っていたが、彼女の寝顔を見つめながら、
「あなたとソウヤマコト。それと同じですよ。私も牢屋で彼女から異世界を教わったのです。三年」
ヴァンダーは目を見開いて、該当する記憶を探す。
「もしかして、マコトより前に収監されて脱獄し、首を刎ねられた魔族の女が」
「はい。彼女です。私がトリックを用いて、彼女を刑死に見せかけて王城から逃がしました」
ヴァンダーは思わず頭を抱えると、ドアの枠を拳で叩いた。
「なら、ロッホ・ライザーやカレイジャス殿下は、なんのために死んだのですかっ!」
マーレファは目線をさげると、口を引き結んだ。
「ヴェレス城の魔王討伐の事故は、私も予想できませんでした」
「事故!? どういうことですか。魔王とのつながりは、討伐作戦当時にもつながりはあったのですか」
「ミキはソウヤマコトを弟のように可愛がっていたようです。その死が
「師匠は、この魔王とどういう関係ですか。使役していたのですか」
「彼女とは使役という主従契約はありません。友情あるいはそれ以上の感情も……芽生えかけていたかもしれません。もう忘れました」
「では、気まぐれで革兜衆について鹿狩りに随行した、わけではないのですね」
いつもの師匠らしくなく言い淀んだ。
「久しぶりに彼女から救援を求める手紙が来たんです。【今、スカリジェロ城にいる。逃げたいが、ニーヌマケースケの監視が厳しい、助けてほしい】と」
「それでライザーの調査書でニーヌマケースケの居城位置が頭に入っていた師匠は、イゼーオ湖の森で合流するはずだった。ですか」
「はい。彼女が瀕死で倒れているのを
マーレファは急いでサトウミキを、その場から遠ざける必要があった。
魔術師は森を歩くとき、雨でも足跡をつけずに走る癖がついている。だが魔王にそんな技術はない。ましてや瀕死の重傷を追って昏倒していたのだ。
森のやわらかい地面には、ゴブリンと鹿の足跡がすでについている。とくに彼女を載せたことで鹿の
マーレファはその状況をあえて敵に注視させる策を弄した。
魔王分の重量を鹿に
「とすると、鹿を逃がす際に氷結
マーレファはコクリとうなずいた。
するとヴィルが手を叩いて無邪気に喜んだ。
「追手の目をくらますのに、あの場の即興でそこまでのことを思いつけるなんてすごいよ!」
「やれやれ。鹿に氷を乗せて逃がしたことが企みだったのか。なら、先にそれをいってくれ」
オレガノまで感嘆して、不審を解いた。
マーレファは苦笑して、
「あの時はどこまで追手が迫っているかわかりませんでしたからね。説明は後回しにしました」
「その後回しにした結果、面倒くさくなってりゃ世話がないだろ。あんた相当のナマグサだな」
オレガノの歯に衣着せぬ毒舌に、マーレファが肩をすくめた。
バジルとタイムとタラゴンの三人は会話についていけず顔を左右にふっていたが、ヴァンダーはそっとしておくことにした。
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