#007 襲撃者①
『――緊急警報発令。社内の職員は直ちにB-4エリアに避難してください』
警報と共に流れる機械音声のアナウンス。しかし、部外者である俺にはどこへ避難しろと言っているのかも分からない。
仕方が無いので、そのまま赤く染まった廊下を走って進んで行く。とにかく学院の皆の元へ合流せねば。
そうして何度か廊下を曲がったタイミングで――、
結構な勢いで誰かとぶつかった。
どうやら向こうも走っていた様で、二人して廊下に尻もちを着く。
「いった……たったた……。ちょっと! どこ見てるのよ!」
「ああ、すみませ――って、ええ?」
俺はぶつけた額を抑えながら、顔を上げる。
すると、そこに居たのは――、
向こうもこちらに気付いた。
「……え? えっと、確かあんたは――
「――お前は、銃刀法違反女!!」
「
鋭いツッコミが素早く返って来る。
なんと、俺がMGC社内の廊下でぶつかった相手は、あの日夜の校舎で出会ったクナイを携帯している新参の二年生、
「ああ、すまんすまん。そうだった、来海。お前もMGCの職場見学に来てたのか、気付かなかった」
彼女も二年だから、来ていてもおかしくいはない。
しかし、バスの車内に居たのになんて全く気付かなかった。
すると、来海は話が見えないと言った様子で、むっと顔をしかめる。
「職場見学……? いいえ、違うわよ。何よ、その職場見学って」
「え、違うのか?」
そう言われてよく見て見れば、今日の来海は学院指定のセーラー服ではなかった。
黒のタートルネックインナーとタイツで肌を覆うスタイルはそのままに、ラフで動きやすそうな私服姿だ。
「じゃあ、土曜日にどうしてわざわざ特区外の、それもMGCの社内なんかに居るんだよ」
「別に、土曜日を私がどう過ごそうと、私の勝手でしょう。それよりも、職場見学と、どうして桐裕がここに居るのかの説明をしなさいよ」
「それは――」
俺は来海に俺たち学院の生徒が職場見学会として今日この日、特区を出てMGCに来ている事、そして俺はその班からはぐれて社内で迷子になっていた事を不服ながらも伝えた。
そして、俺の話を全て聞き終えた来海は――、
「迷子って、何やってんのよ……」
と、呆れ顔だった。
「うるさいな。ともかく、俺はこっちの事情を説明したんだから、次はそっちの番だ」
「別に、私用よ」
「私用で大企業の社内の、社員しか入れない様な所に居てたまるか」
「でも、事実としてそうなのだから仕方ないでしょう」
そして、来海はこれ以上話す気は無い様で、俺が来た方に向かってつかつかと歩き出した。
「おい、どこ行くんだよ!」
「どこって、状況が分からないのだから、ロビーまで確認しに行くのよ。そっちも迷子なら付いてきなさい」
「でも、俺はそっちから来たんだぞ」
「だから、逆走して来たんでしょう。馬鹿ね」
来海は大きな溜息を吐く。
悔しいが、この場は俺の負けの様だ。いや、何故勝ち負けを競っているのか分からないが。
そうして俺も付いてい行こうとすると、いきなり来海は足を止めた。
俺は来海の背にぶつかる。
「ちょ、お前――」
「――はい、こちら“ウォールナット”」
顔を上げて見てみれば、来海は耳元に手を当てている。そこにはイヤホンの様な小さな通信装置。
それと話しぶりから察するに、誰かから連絡が入った様だった。
来海はそのまま通信しながら再び歩き出す。
『――。――、――?』
「ええ。社内に居るわ。警報が鳴って、それで――」
『――。――』
「ええっ!? 戦線メンバーって、こんなタイミングで……!?」
『――、――。――』
来海はちらりと俺の方に視線を流す。
「……丁度、さっきその一人と遭遇した所よ」
『――。――?』
来海は俺の方へ向かって口を開く。
「ねえ。他の生徒ってどこに居るか、分かる?」
「え? ああ。そろそろ帰りの集合時間だ。ロボットに連れられて皆ロビーに戻っているはずだ」
「そ」
来海は短くそれだけ言って、通信に戻る。
「だって。ロビーよ」
『――。――。――』
「……最悪ね」
『――。――、――。――』
「了解」
通信を終えたのだろう。来海は小さく息を吐く。
俺はタイミングを見計らって、声を掛ける。
「どうした、何があったんだ?」
「……聞こえていたでしょう」
「――“スキルホルダー解放戦線”か」
「ええ、そうね」
その名前は先程の来海の通信の会話から聞こえていた。
つまり、あの日夜の校舎で来海が探していた“戦線メンバー”が、このMGC社内に居る。
俺はこの間調べたスキルホルダー解放戦線についての記事を思い出す。
確か――、
「もしかして、ここが襲撃を受けたのか」
「それ以外無いでしょう。ここはスキル研究の最前線であり、そして六専特区の運営費の大半を担っている企業の本社ビルよ。あいつらが狙うには充分な理由でしょう」
どうやら俺たち学院の生徒たちは最悪のタイミングで職場見学に来てしまったらしい。
「はぁ……。どうしてそいつらがそんなに特区を敵視するのか、俺には分からないがね」
俺がそうぼやくと、来海は歩く足と止めないながらも、きっと鋭い視線を送って来る。
「それは中の人の意見でしょう。外から見れば、スキルホルダーだと分かるといきなり保護という名目で捕まえて離島送り。家族とも離れ離れ。それだけでもかなりの精神的ストレスよ。
人間っていうのは環境の変化を嫌うものなのよ。その上、中でどんな事をされているのかだって分からない。分からないっていうのは人を不安にさせるし、不安っていうのは人間から正常な判断能力を奪うものよ」
特区の外のスキルホルダーはそれこそ本当に拉致されて海外に売られて軍事利用されるなんて話も聞く。
環境によっては化け物だと迫害を受けるだろうし、親兄弟からも離縁されるなんて話だって少なくない。
特区の中の方がどれ程安全か――というのは、やはり彼女の言う通り中の人間だからこその意見なのかもしれない。
何より、家族の居ない俺に言える事ではないのだろう。
しかし、1つだけ確実に言える事は有った。
「いや、お前も特区に来たばかりだろうから一応言っておくが、変な人体実験とかはされないからな?」
「私はそれくらい分かってるわ。でも、それだって行ってみないと分からない事でしょう。だから、やっぱり不安の種の1つなのよ。
何より、昔にそういうスキルホルダーで人体実験をしていた様な奴らが居た所為で、余計に特区に疑心が産まれているのでしょうね」
特に俺もそれ以上異を唱える事も無い。
そう話をしながら来海についていくと、ロビーの二階に出た。
吹き抜けになっていて、ここからロビー全体の様子を見下ろせる。
来海は手で俺を制止して、身をかがめて人差し指を唇に当てて、その後視線を眼下のロビーに送る。
頷いて、俺も来海に倣う。
広いロビーは既にスキルホルダー解放戦線に占拠されていた。
チンピラの様な風貌をした若い男女が合わせて十人程。
内何人かは銃を所持しており、彼らが一様に羽織ったユニフォームの背には“S”の文字が刻まれている。
人質として社員たちも学院の生徒たちもロビーの中央に固めて集められていて、戦線メンバーの男が銃口を向けている。
学院の生徒たちはスキルホルダーだ。スキルを使えば、この状況を打破できる者も居るかもしれない。
しかし、おそらく相手もスキルホルダーだ。こちらの方が人数は多いとは言っても、その中にこの状況を切り抜けられるスキルを持っている生徒が何人居るか。
それに、相手がどんなスキルを持っているのか分からないし、何よりスキルホルダーでない戦線メンバーも銃火器を所持している。
どんなスキルを持っていようと、所詮は人間だ。銃で撃たれればひとたまりもない。
この状況下で、我こそはと勇敢に立ち向かうなんて選択肢ありえないだろう。
少しの間状況を観察していた来海が、口を開く。
「あなたはここで大人しく待ってなさい。私たちが制圧する」
「いや、無茶だろ。スキルが有っても俺たちは所詮素人だ。警察を待てって」
「その方が無茶よ、スキルホルダー相手に警察なんて役に立たないわ。向こうは襲撃してきた側よ、戦闘向きのスキルホルダーを選りすぐって連れて来ているはず。それに、制圧に当たるのは私じゃなくて“私たち”よ。素人じゃないわ」
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