#024 明滅する幽霊⑥

 それから、橋の下で。


「――えー、大変申し訳ございませんでした……」

「ごめんなさい、早とちりだったわ……」


 俺と来海くるみは平謝りを繰り返す。というか、そうするしかない。

 

 すっかり正体は本物の幽霊か戦線メンバーの二択だと思い込んでしまっていたが、しかし実際の所その正体は俺と同じ一般生徒。

 来海のと初対面した晩の悲劇を繰り返してしまった。

 本来であればこれは俺が気付くべきだったのに、エージェント活動――主に来海のペースに慣れてしまって、どうやら俺も大分その色に染まってしまっていたらしい。


「もういいっすよ。そもそもルール破って一人で外出してた俺も悪いし。でも、まさか瞬間移動テレポートの様子を目撃されて、幽霊騒動にまでなっていたとは思わなかったっすけどね……」


 と、彼はそう言いつつ犬を撫でている。


 さて、幽霊の正体――つまり、瞬間移動テレポートのスキルホルダーについてだ。

 彼の名前は各務原透かがみはら とおる。中等部の三年、爽やかでスポーティな見た目通りの運動部所属。

 つまるところ、年齢的に俺たちの後輩にあたる。


 ある日、各務原は橋の下でうずくまっている迷い犬を発見した。しかし寮のマンションではペットの飼育持ち込みは禁止。

 本当は連れ帰ってやりたいがその手段も無い為、仕方なく見つけた橋の下で面倒を見ていたとの事。

 犬を見つけたのは四月に入ってからのここ最近の事だったらしいが、既に段ボールで作った簡易犬小屋に、毛布や玩具のボールまで持ち込まれていて、当の迷い犬にとってはとても住みやすそうな空間となっていた。


 各務原は段ボールの犬小屋に犬を戻してやった後、皿に先程のドッグフードを盛ってあげている。


 ひとしきり平謝りを並べた後、やがて来海が切り出す。


「――それで、各務原君。あなたの事情は分かったわ。でもその子、誰かの飼い犬よね?」


 毛の長く小さな可愛らしい犬。おそらく犬種はポメラニアンだろうか。俺は犬の種類にはあまり明るくはないため、違っているかもしれない。

 ともかく、この事から分かる事が有った。

 この離島、特区に野生の犬――ましてや推定ポメラニアンの様な愛玩犬などいない。つまり、この犬は元は誰かの飼い犬だったはずなのだ。

 

 各務原は答える。

 

「はい、そうっすね。元から首輪も付いていました。でも、コイツ何かに怯えてるみたいな……ここから動こうとしないんすよ」


 なるほど。犬の気持ちまでは図り様もないが、何か訳アリという事なのだろうか。

 俺も口を挟む。

 

「だとしても、このままにはしておけないだろう。何より、今は面白おかしく噂されている程度の幽霊騒動だが、何かの拍子に教師陣の目に付いて問題になっても困るだろう」

「それは……そうっすね。オレも先輩方がわざわざ調べたりする程噂が広がっているとは、思ってもみませんでした。さーせん」

「いや、俺たちは別件というか、風紀委員とかそういう奴でもないんだ」


 どうやら各務原は俺たちが公的な権限を持って夜間の警邏に当たっているのだと思っているらしいので、一応訂正しておく。

 すると、各務原は少しぽかんとして、


「あ、そうなんすね」

「ああ。というか、俺たちもどちらかと言うとお前と同じで個人的な用事で夜な夜な動いていたんだ。それで、人違いというか幽霊違いをしてしまった訳だが……。ともかく、だからお互いに、今日の事は秘密って事で」


 と、俺が人差し指を一本唇の前で立てて薄く笑って見せれば、各務原も少し緊張が解けてくれたのか、眉を下げて乾いた笑いを返してくれる。


 そうして俺たちが話していると、何かに気付いた来海が口を開く。


「ねえ。その子、あまり食べていないみたいだけれど……大丈夫かしら?」

「え?」


 段ボールの犬小屋の方を見れば、先程各務原が更に盛ってやったドッグフードはあまり量が減っていない様に見える。

 

「本当っすね……。体調でも悪いんすかね? 大丈夫か、犬ー?」


 と、各務原は犬に声を掛ける。

 いや、確かに人様の飼い犬であろう犬に名前を付けて呼ぶ訳にもいかないだろうが、だからと言って犬呼びなのか。


 しかし、確かにおそらくこの各務原からの餌が生命線であろう迷い犬が、ドッグフードに口を付けていないというのは気になる。


「ちょっといいか」


 と、俺は横から割って入って、犬とその周囲を調べてみた。

 まずは犬自身、すこし汚れてはいるが見た所怪我をしている訳でもなく、至って健康そうに見える。

 犬はそのまま各務原に抱き抱えさせて退かせて、続いて犬小屋の周辺。

 すると、ある物が見つかった。


「これは……」

「何かあったの?」


 来海が後ろから覗き込んでくる。


「ちょっと、桐裕きりゅう! これって……!」

 

 来海もそれを見て、俺と同じものを連想したらしい。驚きの声を上げた。


 各務原も俺たちのその様子が気になったのか、俺の手元を見る。


「どうしたんすか? ――って、お菓子の袋?」


 俺が段ボールの犬小屋の周辺で見つけた物、それは“お菓子の袋のゴミ”だった。

 スナック菓子の袋で、菓子屑が少し付着している。

 

「他のヤツがこいつ見つけて、上げちゃったんすかね、全く……。おい、犬ー、お腹壊してないかー?」


 各務原はそう呆れた様に言って、犬を撫でる。

 犬はくぅんと小さく鳴いて、リラックスした様に腕の中で大人しくしている。

 どうやら、ドッグフードが減らなかった原因は単にお腹一杯というだけだった様だ。犬の健康状態に問題が無さそうなのは幸いなのだが――。


 と、手元の菓子の袋に視線を落とす。

 何の変哲もない、スナック菓子だ。ビッグサイズのお徳用。


 来海も俺の隣で溜息を漏らす。


「ねえ、桐裕。私の考え過ぎかもしれないけれど、このお菓子って――」

「ああ。俺もそうなんじゃないかって、思ってたところだ。林殿の元から菓子が持ち去られ、そしてここに出所不明の菓子袋のゴミ。しかも、このメーカーのスナック菓子のビッグサイズだ。偶然にしては出来過ぎている……」

「うん? このメーカーだと何かあるの?」


 ああ、そうか。来海はこれを知らないな。


「これ、林殿の好きなやつなんだ」

「ああ、そういう事。だとすれば、尚更可能性は高いと言えるわね」


 そう、我が友人林殿の好む菓子と同じ商品の袋だったのだ。確か、コンビニでもこれと同じ物を買っていた。

 おそらく、裏山の秘密基地かから持ち去られた物と同一の物だと思われる。つまり、ここに戦線メンバーが現れた可能性が高いという事。

 幽霊自体はまたもや空振りだったが、無駄足では無かった。これは新たな手掛かりとなるだろう。


 俺は菓子袋から菓子屑等のゴミを払い落してから、折りたたんでポケットに仕舞う。

 これは後で林殿に確認してみよう。


 と、それからも少し周囲を調べて見たが、ここから得られる手掛かりはそれ以上は無く。

 時間も時間なのでそろそろ解散しようという雰囲気になった。


 そんな辺りで、最後に俺は各務原に問う。


「なあ、その犬どうするつもりだ?」

「……どうしたらいいっすかね」


 これまで通り夜に幽霊騒動に燃料を投下しながらここで飼う訳にも行かないだろうし、そもそも良い環境とも言えない。それに、ずっと放置しているとその内業者に処分されてしまうかもしれない。

 そこで、俺に1つ考えが有った。

 

「そうだな……。ひとまずの方向性としては、飼い主を探す、で良いか?」

「はい。ちょっと寂しいっすけど、こいつもその方が良いと思うんで」

「なら、飼い主が見つかるまでの間、安全な場所で保護してやる方が良いだろう」


 各務原首肯し、来海が口を挟む。


「でも、寮には連れ込めないわよ? どうするつもりなのよ」

「そうだな。俺たち生徒には限界が有る。そこで、だ」


 俺は名案だと言わんばかりに、人差し指を立てる。


「大人を頼るんだ。俺たちが夜間外出していようと適当に流してくれて、それでいて相談すればちゃんと手を貸してくれる、そんな大人を」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る