#023 明滅する幽霊⑤
夜。俺は寒空の下、寮のマンション前に居た。
耳にはマイク付きのワイヤレスイヤホン。そこから、通話中の相手の声が聞こえる。
『――こちらウォールナット。配置についたわよ』
「こちらローゲ。こっちもOKだ」
俺は寮周辺を、来海は例の第二区画へ繋がる橋周辺に、それぞれ位置を取り、例の幽霊を待ち伏せるという作戦だ。
今日の放課後、部室で
始点と終点だと推測される寮周辺と橋周辺、この二地点のどちからには確実に奴は現れるはずだ。
幽霊が現れた際の確保の手筈も、事前に決めてある。
『ねえ、ローゲ』
「どうした」
『もし、今そっちに幽霊が現れて戦闘になった場合、私はすぐに援護出来ないわ』
「分かってるよ。気を付ける」
『そうじゃなくって――』
通話越しで様子は分からないが、リアクションまでに一瞬の間があった。
そして、
『――もしもの時は、迷わずスキルを使いなさいって話』
「ああ、そういう……。まあ、分かってるさ」
自分で切り札だと言ってしまったからな。
切るタイミングを逸したまま握り続ける札を切り札とは呼ばない、死ぬまで手札で腐り続けるカードに価値は無い。
しかし、そのもしもが訪れない事を祈りたいところだ。
そう話している内に、昨日一昨日と同じくらいの時刻に差し掛かっていた。
すると、チカチカと周囲の街灯が明滅。
俺は息を呑み、周囲を警戒。
『どうしたの、ローゲ』
そんな俺の様子を通話越しに感じ取ったのか、来海の緊迫した声が耳に入る。
それに返答する間もなく、俺が一度瞬きをした、その瞬間――、
「――出たぞ!!」
突如、街灯の上にあの幽霊が現れた。
白いレインコートの様なものを羽織り、フードを目深に被っている。
そして、幽霊は俺の存在に気付き、僅かな反応を見せる。――と、同時に、身体の輪郭をブレさせ始めた。
何度も見た、
そして、幽霊は軽く跳ぶと同時に、姿を消す。
俺の脳裏には、先程来海から言われた“もしもの時はスキルを使え”という言葉が過り、咄嗟に身構える。
まず俺が警戒したのは自身の背後だ。後ろへの瞬間移動からの一撃を警戒した。
しかし、そんな俺の予想は外れ、幽霊は俺から逃げる様に少しは離れた遠くの街灯へと瞬間移動していた。
奴に戦闘の意志は無い様だ。そして、その向かう先はおそらく昨晩と同じ。
走って幽霊を追いかけながら、通話越しに声を上げる。
「来海! そっち行ったぞ!」
『ええ、分かってるわ!』
昨晩来海と歩いた道を辿る様に、走る。
視界の端では白い影がチラチラと明滅し、少し先への瞬間移動を繰り返している。
向こうはスキルを使って一足飛びで移動している。俺が全力で走ってもその距離はなかなか縮まらない、見失わないのが精一杯だ。
やがて、橋に差し掛かる。
視界の先にもう一人の影――来海の姿が見えてきた。
橋のど真ん中に、仁王立ちして待ち構えている。
「来海!!」
俺の声が、夜空に響く。
「ええ! 任せなさい!」
来海の手には、暗器が光る。
幽霊は橋の前辺りに姿を現したタイミングで、やっと来海の存在に気づき、驚いたのかそのまま数歩後退。
その隙を、来海は見逃さなかった。
二本のクナイを同時に操り、それらが幽霊の周囲をぐるぐると回る。
その軌道上が、光を反射しキラリと光る。
――あれは……、ワイヤー!?
使役する二匹の働き蜂の尾からは、蜘蛛の糸の様な極細のワイヤーが伸びていた。
それが幽霊の周囲をぐるりと囲み、引き絞られ、縛り上げる。
「うっ、わああっ!!」
縛り上げられた幽霊は、足をもたつかせてその場に倒れ込む。
「観念しなさい! 解放戦線!」
来海が倒れる幽霊に駆け寄ろうとすると、幽霊は抵抗を見せる。
「なんだよお前ら! くそっ!」
幽霊は身体を捩りながら、スキルを使う。
その輪郭をブレさせ、身体を反らす勢いで跳ねて、姿を消す。
しかし、次に現れたのはすぐ近くだった。
1メートルも移動しないまま、ワイヤーで縛られた状態で再び姿を現した。
そのくらいのタイミングで、俺もやっと追い付いた。
「はぁ、はぁ……。どう、なった……?」
息を整えながら、来海に問う。
「ちゃんと捕らえたわ。後ろから追いかけて来るあなたに注意が向いていたから、簡単だったわよ」
「そりゃあ、何よりだ――っと」
落ち着いてきたところで、改めて幽霊を見る。
ワイヤーの簀巻き状態で芋虫の様にその辺りを這いながら、輪郭をブレさせて瞬間移動。しかし、そのまますぐ近くで姿を現す。
そんな無為な動作を繰り返しながら、「なんでだ!」「どうして!」という様な不平不満を垂れている。
来海が幽霊に話しかける。
「無駄よ。あなたの
なら、縛ってしまえばそこから抜け出せないし、足で地面を蹴れないなら遠くまで移動も出来ない。でしょう?」
そう。それが俺たちの考えた幽霊捕獲作戦であり、それは見事成功した。
何度か身を捩って転がっている内にズレたのか、目深に被っていた白いレインコートのフードが取れ、幽霊の素顔が露わとなった。
短く整えられた茶色の髪、爽やかさを感じさせる端正な顔立ちの男だ。
「なんでオレのスキルの事を知って――というか、お前らなんなんだよ! なんでこんな事を!」
「それは、あなたが一番よく知っているんじゃなくって? スキルホルダー解放戦線、他の仲間が居るならその居場所も吐いてもらうわよ!」
すると、幽霊男の表情に怪訝そうな、困惑の色が浮かぶ。
そして口を開く。
「解放戦線……? なんだ、それ?」
……おや? リアクションに既視感を感じる。
少し前、俺にもこういった出来事が降りかかって来た様な――。
俺と来海は目を見合わせる。
「よく分かんないけど、あれか、オレが外出制限破ったからか? それは悪かったって! だから、変な事言ってないでこのワイヤー解いてくれよ! もう逃げない! 大人しくするから!」
すると、そう喚く男のレインコートの内側から、何かががさりと落ちた。
俺はそれを拾い上げる。
「……ドッグ、フード……?」
見れば、それは輪ゴムで縛った開封済みのドッグフードだった。
「橋の下であいつが待ってるんだ、頼むよ!」
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