#022 明滅する幽霊④

「――さて、どうしたものか」


 教室。俺はタブレット端末に特区内の地図を表示して、それを眺めてうんうんと唸っていた。

 あの幽霊はどこへ、何が目的で移動していたのだろうか。

 

 仮に幽霊と呼称しているが、おおよそ間違いなくあれは人間――スキルホルダーだ。

 おそらく、その能力は瞬間移動テレポート

 明滅し、輪郭をブレさせて遠くへと移動する所為で、そのあり様はさも幽霊の様に見えたのだ。

 しかし、夜な夜なスキルを使用して第二区画の方へ向かう理由とは一体――。


 と、頭を悩ませていると、いつものあいつがふらりとやって来た。


「なーに見てんの?」


 さっきまで別のグループと話していたと思っていた愛一あいいちが、いつの間にか背後に居た。

 少し驚いたが、そんな素振りを見せるのも悔しいので平静を装いつつ、俺はタブレット端末の画面を見やすい様に傾けてやる。


「ん、特区の地図」

「なんでさ。――って、もしかして前に話してた、来海くるみちゃん絡み?」

「鋭いな」


 さすがは我が友、話が早い。


「まあ、踊り場の掲示板にポスターが貼ってあるのが嫌でも目に付くし。それに、来海ちゃん可愛いからねー、学院内でも結構有名だよ」

「そうなのか」


 ポスターは素人が画像編集ソフトで頑張りましたという様な微妙なレイアウトで、『お悩み、困りごと、相談受け付けます! ご相談はこちらから』という大きな文字と共に、相談箱のイラストと投書フォームとして専用の捨てアドレスが記載されているものだ。

 更によく見てみれば、下の方に『※ただし雑用の依頼はNG』などの細かな注意書きがされていたし、文芸部という文言は一言も書かれていなかった。

 もしかすると、部室に直接無用な来客が無い様にと一応配慮してくれていたのかもしれない。つまり、安寧の地は未だ健在だ。

 ちなみにリアル相談箱の方は玄関口に設置されているが、俺が見た限りではレシートのゴミが入っていた事が有るくらいで全く使用されていない。


 しかし、愛一の言う通り確かに来海の容姿は整っているし、こういう変な活動をしている所為も有って目立つのだろう。

 そう考えると、そういう出会い目的の変なメールも送られていそうで、少し気の毒では有る。と言っても、来海はそれを気にする質でもないだろうが。

 

 愛一はふぅんと意味あり気な反応を見せつつも、話を続ける。

 

「でも、あれって結局幽霊じゃなかったんでしょ?」

「あれ? あれの正体が何だったのか、お前に話したっけ?」

「ううん。でも、話の感じから桐裕が何を疑っているかは大体予想が付いたからね。つまり、今回も幽霊だけど幽霊じゃないって事でしょ」


 本当にこいつは聡いというか――いや、俺と思考パターンが似ているから尚更そう思うのかもしれない。

 ともかく、頼れそうな友人にまた相談を持ち掛けてみるか。


 俺は落書きアプリを起動して、地図上に線を引く。

 昨日俺と来海で幽霊を追いかけた、寮の辺りから見失った第二区画へ繋がる橋の辺りまでの道に、赤の一本線が伸びる。

 

「夜、この道を添う様に移動する幽霊を見たんだ」

「え、見たんだ」


 そう言えば、そこをまだ話していなかったな。


「そう。最初は林殿と一緒に。で、昨日は来海と一緒に見た。だから、俺の見た幻覚じゃないぞ」

「ハヤシドノ? ……ああ、この前言ってた浮気相手ね」

「変な言い方をするな、気持ち悪い」

「ごめんごめん。でも、それで幽霊探ししてる理由は分かったよ。直接見ちゃうと気になるよね。で、それで?」


 促されるので、そのまま俺は続ける。


 「それで、この辺りで見失った」


 と、俺は橋の手前辺りにバツ印を付ける。

 そして、


「多分、この橋の先の第二区画へ向かっていたんだと思うんだが――」


 と、第二区画の辺りに赤丸を描きつつ、愛一の方を見る。


「お前、何か分からないか?」


 愛一はうーんと一度考える素振りを見せた後、口を開いた。


「多分だけど、第二区画へは行ってないんじゃないかなあ」

「その心は」

「その幽霊は幽霊じゃない、スキルを使っている学生だから。なら、夜中にそっちへは行かないでしょ、普通」


 第二区画はショッピングモールや大人たち働くオフィスのあるエリアだ。だから、六専学院の学生であるならば外出の制限下の夜間にそちらへは行き辛いという心理。

 それは昨晩の俺の判断の反芻だったが、しかし確かにそれは相手にも言える事かもしれない。

 ただ、それが普通の学生ならの場合だ。相手が戦線メンバーだとすれば、そんなものお構いなしだろうし、逆に人気も少なくこれ好機と思っている事だろう。


 しかし、そんな諸々の事情を愛一に説明できる訳も無いので、


「まあ、そうだな」


 と曖昧に肯定するしかなかった。

 愛一はまたふぅんと唸る。

 

「でも、桐裕きりゅうはそう思っていない訳だ」

「……まあな」


 すると、愛一は俺の手からタブレット端末を取り上げて、何かを描き始める。

 そして、描き終えた後くるりとこちらへと画面を向けた。


「良い事を教えてあげよう。実は、例の“幽霊の噂”は我らが第一区画でしか聞かないんだ」

 

 画面に表示された地図の第二区画、そこに俺が描いた赤丸の上から、大きくバツ印が書き足されていた。

 そして、他にも地図上の幾つかの場所に小さな印。


「この印は?」

「僕の知る限りの、幽霊の目撃ポイント。まあ、ちゃんと覚えてる訳じゃ無いから大体の位置だけどね」


 その印は林殿の秘密基地のある裏山辺りから、寮の周辺、そして俺たちが見失った橋の辺りまで点々と続いていた。

 印の数は寮の周辺と橋の辺りに密集している。

 そして、その先の第二区画には1つも無い。

 こう見ると、大体の目撃ポイントは固まっている様に見える。


「なるほど。どこまで信じて良いのか分からないが、確かにこの通りなら俺たちの生活圏に近いな」

「でしょ。多分この感じだと、桐裕の見た幽霊は他でも目撃されてると思うんだよね。第二寮の窓から見たって子も居たし、それこそ桐裕みたいにコンビニの途中で見たって人も居たり。あと土曜の夕方辺りにも見たって人も居たかな」


 愛一はそこまで言い終えてから、「どう? 凄いでしょ?」と言わんばかりの表情で嬉しそうに俺を見て来る。

 全く、こいつの人脈と情報網には恐れ入る。


「ああ、助かったよ」

「どういたしまして。その内見つかると良いね、“本物の白い幽霊”」


 そういえば、愛一から最初に聞いたのはそんな噂話だったな。

 本物の幽霊――まあ、そんな物が存在すればの話だ。

 おそらく、今回の一件で戦線メンバーを捕えることで、幽霊騒動にはカタが付くだろう。


 ともかく、ひとまずは放課後に来海と情報共有し、そして決着は今晩だ。

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