#050 台風一過

 それから、俺たちは駆け付けた医療班に運ばれて山中を後にした。

 S⁶シックスの医療班も戦闘班、技術班に並んでその医療は最高峰。

 しばらくの療養の後、俺の腕も今までと変わる事無く問題なく動くようになった。

 来海とシロも無事退院。

 

 今回の一件は山火事としてちょっとだけニュースになりつつもそれだけで、プラスエスについての報道はされなかった。

 また、スキルホルダー解放戦線はアルファの宣誓によって解散。本島で活動していた彼らスキルホルダーは六専特区に保護される事となり、しばらくはひっきりなしに学生寮に引っ越しトラックが押し寄せて来ていた。

 ただ、解放戦線メンバーの全員が特区に来た訳では無い。


 ナンバーツーという実質的な指導者、大人と言うカリスマに洗脳された子供たちの一部は保護を拒み、まだ本島に残っている。

 そのままにしていると拉致され海外で軍事利用される危険も有るので、根気よく説得していく事になるだろう。

 

 また、レジスタンス組織の理念に純粋に賛同してメンバーに加わっていた大人の構成員たちは、等しく逮捕された。

 組織の実体がプラスエスの隠れ蓑という事実を知らなかったにせよ、その片棒を担いでいたと言う事実は変わらない。

 後から話を聞いたところ、藍原あいばらも俺たちと別れてすぐに出頭したらしい。

 奥さんとジャクソンだけが残されるのは気の毒だが、自首した分と捜査協力の分で、おそらく罪はいくらか軽くなる事だろう。


 また、プラスエス残党たちは一網打尽逮捕され、山中の研究施設跡地は炎に焼けなかった分の一部の資料も押収した後、二度と使われる事の無い様に埋められた。


 と、そんなこんなで、一件落着だ。


 

 そして、退院して早々、俺たちはS⁶シックス本部に集められていた。

 社長室に集うは俺以外にボス、来海、そしてシロだ。


 皆が集まると、ボスが陽気に声を上げる。


「いやあ、改めてご苦労様。頑張ってくれたからねえ、お給料いっぱい振り込んであるよお」

「あのねえ、お金の問題じゃないのよ! ほんっっとうに、死ぬかと思ったんだから!」


 来海は大変ご立腹だ。

 まあ、俺も来海もシロが絡んでいた時点で行くなと言われても助けに行っていただろうから、八つ当たりのような物だろう。


「まあまあ。それよりも、今日はアルファ君の処遇について、どうしようっていう相談なんだよねえ」

「と、いうと? てっきり、六専特区に保護される物だとばかり」


 シロも隣でこてんと首を傾げている。


「いやねえ。改造された彼女のスキルは、はっきり言って危険な代物だ。そのまま学院に送ると色々問題がある。それに、見ての通り年齢に反してその姿は幼く、教育を受けるにしたって小等部からになるだろう」


 なるほど。確かに今のシロを年齢通りに高等部三年として編入させるのには無理がある。

 

 ――と、改めて俺は隣に座るシロを見る。

 亡き妹を重ねてしまう程に幼く見える、2つ年上の白銀の少女。


 そして、ボスは選択肢を提示した。


「1つはさっきも言った、小等部に編入してもらって、一般教養を身に着けてもらうという選択肢。特区なら本島よりも安全だし、本人が嫌じゃないならまあ悪くない選択肢だと思うよお」


 そして、2つ目。


「もう1つは、うちでエージェントになるという選択肢だ。その強力なスキル、普通に生きていくには障害となる様な過剰な代物だ。なんて言ったって、第六感症候群――れっきとした病だからね。

 でも、うちでなら輝ける。それは病ではなく才能として、他の同胞たちを救う為の力となるだろう」


 突然の話に、目が点になる。

 これには来海も大きな溜息。


「はあ。ボス、最初からそのつもりだった訳ね……」

「まあ、そういう事。で、どうかな? 勿論、アルファ君本人が嫌だと言うなら無理強いはしない。これはあくまで1つの選択肢だ」


 俺も重ねて、彼女に尋ねる。


「シロは、どうしたい?」

「うーん……」

「特区で学校に通うか、ここでエージェントになるか」

「……」


 シロは少しの間沈黙して、熟考。

 そして、ぽつりと呟くように、口を開いた。


「……りょうほう」

「え?」

「きりゅーも、がっこーいって、えーじぇんとしてる。だから、わたしも」

「でも、そんないきなり色々やって、大丈夫なのか……?」


 すると、シロは悪戯っぽく笑って、


「わたし、きりゅーよりもおねえさん」


 そう言われると、返す言葉もない。

 来海とボスも、それを聞いて心底愉快気に笑う。


「いいねえ。じゃ、そういう事で。今日から君はコードネーム:アルファだ。特区での住居や登録関係はこちらでやっておくから、安心してくれ」


 そう話を切り上げようとするボスに対して、シロが話しかける。

 

「……ぼす、さいごに、ひとつだけ」

「うん? なんだい?」

「わたしは、しろ。あるふぁは、やめたの」

 


 それから、俺たちは、シロにエージェントとして慣れてもらおうという事で、病み上がりながらも先日プラスエスから押収した資料の山を整理する事になった。

 他にも何人かS⁶シックスの人が作業を手伝ってくれている。


「まったく、なんでこんな事まで……」

「この組織、人手不足なんだから仕方ないだろ。というか、俺なんて正式な初任務でいきなり天の結晶回収だったぞ、差が酷くないか」

「桐祐は良いのよ」

「そんな……」


 俺たちは手以上に口を動かしながら、だらだらと作業に当たっていた。

 

 当のシロは真面目に黙々と資料の山を仕分けている。

 なんとその隣には、茶髪と金髪――アルファブラザーズのけむる音也おとやの姿も有った。


 曰く、「オレたちはアルファ様に一生ついて行くっす!」という事で、彼らもナンバーネームを貰って――つまりコードネーム:アルファの部下として、一緒にS⁶シックス入りした。


「アルファ様、こっちはそこの段ボールに――」

「あるふぁじゃない、しろ」

「ええ、呼びにくいっすよお」

「だめ」


 と、ブラザーズとシロでひと悶着あった後、結局「姉御!」と呼び方が定まっていた。

 シロは幼さを残しながらも、何だかんだで我々スキルホルダーの中では最年長、芯はしっかりとした女の子だ。


 そうして作業をしていると、いつの間にかシロが一冊の資料ファイルを抱えて、俺の傍に来ていた。


「うん? どうした、シロ」

「これ……」


 開いたページには、アルファ、ベータ、ガンマについての記述が残されていた。


「シロたちについての資料か」


 こういうのが混ざっている事を考えると、ボスって結構デリカシーないよな、なんて思いつつ資料に目を通してみる。

 内容は以前にナンバーツーの隠し持っていた資料と重複するようなものだった。


「きりゅー、べーたみたいだった」

「べーたみたい……発火能力パイロキネシスか」

「こくこく」


 俺のスキルと、かつてのアルファの仲間ベータのスキル、それらは同じ発火能力パイロキネシスに分類できる系統のスキルだった。

 だからこそ、シロの失われていた記憶を、俺の炎が呼び覚ますことが出来たのだろう。


「そうだな、似たようなスキルだ」

「ちがう。ほのおの、いろ……? が、いっしょだった」

「色? 赤とか青とか、そういう?」

「ふるふる。……うまく、いえない」


 ふむ。見た目の色というよりも、雰囲気とかそういう事だろうか。

 もしかすると、俺とそのベータは性格的に似た部分でも有るのかもしれない。

 

 と考えると、同系統のスキルを発症したスキルホルダーを集めて性格診断をすれば、似たような結果が出るという可能性も有るのではないだろうか?

 なんてスキル研究の題材として使えそうな仮説が湧いて来たが、おそらくこの手のやつは大体手垢がついてるものだろう。

 でも、やっぱり気になったので聞いてみる。


「シロ、そのベータってどんな子だったんだ?」

「んと……。おんなのこで、げんき……?」

「そっかあ」


 元気な女の子か、じゃあ俺とは似てないな。早速仮説は否定された。

 なんて和やかな話をしていると、今度は来海が資料ファイルを持って近づいて来た。


「おう、今度はこっちか。何か見つけたのか?」

「ええ。まあ、そうね……」


 何故か歯切れが悪い。

 ひとまず、資料ファイルを受け取って目を通してみる。

 それはプラスエス職員の名簿だった。


「これが、どうかしたのか?」

「ここ、ここを見てちょうだい」


 来海が指す先を見てみると、そこには――、


「――火室祐雅かむろ ゆうが……!?」

「ね、桐祐きりゅうと同じ苗字でしょう」


 

 火室祐雅かむろ ゆうが、その名を俺は知っている。だって、その名前は――、


「――これは、俺の父親の名前だ」

「そう。まさかって思ったけれど……」


 父がプラスエスの職員? でも、そんな馬鹿な。


「でも、俺が知っている限り、父さんがそんな事をしているなんて話、聞いた事無かったぞ!」

「じゃあ、桐祐のお父さんって、お仕事は何をしていたの?」

「それは――」


 知らない。

 もしかすると聞いた事が有ったかもしれないが、記憶している限りでは父の仕事を知らなかった。

 

「待ってくれ。でも、俺の知ってる父さんは、優しくて――」

「――良い人だった? でも、それはナンバーツーにも同じ事が言えるんじゃないかしら? 子供を欺くなんて、簡単よ」


 父が俺たち家族に秘密で、裏ではプラスエスとして人体実験をやっていたというのか?

 駄目だ、あまりの衝撃に思考が停止してしまう。


 すると、来海が頭を振る。


「いいえ、ごめんなさい。言い方が悪かったわ」

「いや、大丈夫だ。無理もない」


 あのマッドサイエンティストを見た後だ。プラスエスという肩書が付くだけで印象は最悪。俺だって自分の父親だからといってこれ以上強く擁護出来ない。

 それに、確か来海は自分の父親との関係が良くなかったはずだ。そう言った意味でも、刺々しくなるのも無理はないだろう。


「でもね、そうじゃなくって。私、これが桐祐のお父さんなら、もしかして――って、1つ思った事が有ったの。ナンバーツーの研究記録の内容、覚えているかしら?」

「ああ。完璧にじゃないが、大体は」

「今から八年前、シロたち非検体が施設を脱走し。ガンマの精神干渉によって脳内を覗き職員宅を特定。そして、職員宅はベータによって放火、一家毎惨殺された――」


 来海が何を言いたいのか、すぐに分かった。

 しかし、それを自分の口で言う事は躊躇われた。

 喉が渇いて張り付くように、声が出なかった。


「――確か、あなたって特区歴八年だったわよね」

「……そうだ」


 来海と出会った日にその話はした。

 間違いない、俺が第六感症候群を発症し、家族を失い、六専特区に保護された。

 それもまた、同じく八年前の事だった。


 ベータによるプラスエス職員宅の放火と、俺の発火能力パイロキネシスの発症と火災。

 時期を同じくする2つの事件。奇妙な符合。


 来海は言葉を続ける。


「――ねえ、桐祐。あなたの家族を殺したのって、本当にあなただったのかしら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る