#049 嵐と業火④

 山の中、下山し逃走を図ろうとしていていたナンバーツーに追い付いた。

 相手は50代の研究職、対してこっちは若さに任せた体力とそれなりに鍛えた身体を持ったS⁶シックスのエージェントだ。

 同じ脚での移動なら追い付けない訳が無い。


「――そこまでだ! ナンバーツー!!」

「観念しなさい!」


 俺たちの存在に驚いたナンバーツーは数歩後退し、木の幹にぶつかる。

 その手にはトランクケース。

 

「なっ……お前ら、何故!? アルファはどうした!?」

「見ての通り、無事だよ。お前のウイルス薬が失敗作だったんじゃないか」


 精一杯の嫌味を込めてそう言ってやると、ナンバーツーの額に青筋が浮かぶ。

 

「このクソガキ!! このボクの研究の成果、“プラスエス”が失敗作な訳がないだろう!! アルファは確かにスキルのリミッターを外して、暴走したはず!!」


 すると、シロが一歩前に出る。


「……なんばーつー」


 それを見たナンバーツーは下卑た笑みを浮かべ、

 

「おお、アルファ様。記憶を取り戻した様で、何よりです。ですが――死ねえッ!!」


 ナンバーツーは隠し持っていた拳銃を抜き、間髪入れず引き金を引いた。

 しかし、そんな弾丸、俺たちスキルホルダーには届かない。


 既に俺の視界に入っている。

 弾丸は途中で焼却され、消し炭になる。


「クソッ、バケモン共が!!」


 毒付くナンバーツーに対して、再びシロが口を開く。

 

「なんばーつー」

「うるせえな、クソガキ!! 解放戦線の時も、いつもいつもガキのおもりさせられてイライラしてたんだよ!!」

「なんばーつー」

「あァん!!?」

 

 すると、シロはこう言った。


「今まで、おつかれさま。もう、くび」


 シロが手をかざす。


 「ひィィィっ!!!」


 ナンバーツーは恐怖に怯え縮こまる。

 周囲で竜巻が巻き起こり、不可視の刃を――、


「……?」


 しかし、途中で激しい風は治まり、さらりとそよ風が吹くばかり。

 シロの“大気操作”が、中断された。


「どうした、シロ」

「……ふるふる。なんか、できない」


 先の戦闘で力を使い果たしたのか、上手くスキルが使えない様だ。


 それを見たナンバーツーは、くっくっと喉を鳴らして笑う。


「なんだ、何もできないんじゃねえか! 驚かせやがって!!」


 そして、ナンバーツーは白衣のポケットから何かを取り出した。


「注射器!? まさか――」


 ナンバーツーは高らかに声を上げる。


「そのまさかだよォ!! “後天性第六感症候群発症薬、プラスエス”!! ボクら旧人類にもスキルをプラスする、ウイルス薬!!!

 クソガキども、見てな!! スキルっていうのは、こう使うんだよォ!!!」


 ナンバーツーは注射器を構える。


「させないわ!!」

「やめろ!!!」


 来海がクナイを投擲、俺も視線をナンバーツーに固定し、凝視。

 しかし、一瞬の迷いか、それとも俺も満身創痍でガス欠か。炎はナンバーツーの白衣の裾から少しずつ上がって行くが、間に合わない。

 

 止める間も無く、注射器の針はナンバーツーの首筋に刺さり、中に充填された液体が流れ込んで行く。

 直後、嵐が巻き起こる。


 突風に煽られクナイは木の幹に、そして勢いの弱い俺の炎も掻き消える。

 

「――アハハハハ!!!! いいねェ!!! バケモンっていうのはこういう気分なのかァ!!!」


 ナンバーツー、第六感症候群を発症。

 その能力は――、


「――わたしの、すきる……!?」

「あァん……? そりゃあもう、アルファ様のデータをたーっぷりと使わせて頂きましたからねェ! アルファベースのプラスエス! 大成功!!」


 恍惚の表情で、下卑た笑みを浮かべるナンバーツー。


 まずい。そのスキルがシロ由来の大気操作だというのなら、来海の念動力テレキネシスではパワー不足。シロの大気操作はもうガス欠。

 俺の発火能力パイロキネシスでやるしかない。

 

 しかし、ナンバーツーの方が早かった。


「きゃっ……!」

「ウォールナット!! シロ!!」


 暴風が巻き起こり、来海とシロが後方に吹き飛ばされる。


「あれ? カマイタチみたいなの出そうと思ったけど、上手く行かないじゃん。まだ身体に馴染んでないか、なんか違うか、うーん」


 初弾は致命的にならないただの風圧だった。二人も飛ばされただけだ。

 しかし、次はおそらく鋭い不可視の刃が飛んで来る。

 そうなれば、満身創痍の俺たちに次は無い。


 まずい。早く片付けるしかない。

 両腕はまともに動かない。でも、俺のスキルは視界に入れるだけでいい。


 意識を集中。

 燃やせ、燃やせ――。


 すると、またあの幻聴。


『――そうだ、燃やせ。怒れ。憎め。そいつはアタシたちを地獄に叩き落した元凶だ。生きている資格なんてねえ。殺せ、焼き尽くせ――』


 そうだ。こんなやつ、殺してしまえばいい。

 燃やせ、殺せ、復讐を果たせ――。


 周囲の空気が熱されて行くのを感じる。

 ナンバーツーの白衣の裾から、火の手が上がる。


 駄目だ、弱い。

 もっと、もっとだ。

 燃やせ、燃やせ、燃え盛れ――。


 しかし、その直後。


 パン、と一発の銃声が山中に木霊する。

 その銃声は俺たちの背後から。


 俺ははっと正気に戻り、振り向いた。

 すると、そこには――、


「いやあ、お待たせえ。遅くなったよ、ローゲ」


 いつもの落ちつき払った調子で飄々と喋るその姿。


「「――ボス!!」」 


 俺たちS⁶シックスの大将が駆け付けてくれた。

 すると、続けてボスは更に引き金を引く。


 ナンバーツーの額に一発、胸に一発。

 確実に急所を穿つ、正確無比な射撃。


 「なッ……」


 何かを言いかけるナンバーツー。

 しかし、ボスは更にもう一発、二発、三発。


 白衣が赤く染まり、ナンバーツーはそのままその場に崩れ落ちる。

 捨て台詞も、恨み言も、言葉を発する事は許されなかった。

 容赦なく、人間の作った暴力の権化によって、マッドサイエンティストは射殺された。

 

 ボスはその死体の元まで歩み寄り、蹴り転がして白衣のポケットを漁る。

 そこには数本の注射器がまだ入っていた。

 

 そして、死体の傍にはナンバーツーの持っていたトランクケース。

 蓋を開ければ、その中にも色の違う液体が充填された試験管が何本も。

 これらがすべてあのウイルス薬――プラスエスなのだとすれば、もしナンバーツーを逃がしていた時にどうなっていたか、考えただけでも恐ろしい。


「よし、これはちゃんと回収して廃棄しなきゃねえ」

 

 そして、ボスは何事も無かったようにそう言って、それら薬品を回収。

 それから、俺たちに向き直る。


「これにて任務完了だ。ウォールナット、ローゲ、ご苦労だった。医療班は間もなく駆けつける。もう少し辛抱してくれ」


 ――ああ、終わったんだ。


 ボスの終了宣言を聞いて、どっと身体の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

 気が抜けると両腕の痛みが戻って来て、ズキズキと主張を始める。


 来海はシロの手を取り、ふらふらとしながらも二人でこちらへと戻って来る。

 

 そんな中、ふと、ボスと視線が合った。

 何となく気恥ずかしくて、肩を竦めてみる。

 するとボスは何を思ったか、優しい微笑みを浮かべ、こう言った。


「――なに、わざわざ君が手を汚す必要は無い。こういうのは、僕ら大人の仕事さ」

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