#004 セーラー服とタートルネック

 まさか、幽霊? ――いや、違う。きちんと脚が有る。人間だ。

 何より、噂話として聞いた幽霊は白だった。しかし、対して目の前の女生徒は――、


 「――誰っ!?」


 向こうもこちらの存在に気付いた様だ。

 俺は観念して月明かりの前に身を差し出し、階段の上に佇む女生徒を見上げる。

 

 その女生徒はセーラー服の下には黒のタートルネックのインナーを着ていて、スカートの下からすらりと伸びる脚も黒いタイツで覆われている。

 白とは対照的な、闇に溶け込む様な黒の装い。

 髪型は茶色の髪を細いリボンで一本にまとめたポニーテールだ。

 ぱっと見の印象としてはスポーティな感じの可愛いというよりは綺麗系だが、爽やかというよりは、自信に満ち溢れた立ち姿が俺とは対照的で、見下ろされているだけで少し圧を感じてしまう。

 

「あー、えっと――」


 何故自分が夜間外出制限下の中夜の校舎に居るのかという言い訳と、何故相手も夜の校舎に居るのかという疑問が同時に口から出かけて、結局しどろもどろになってしまった。

 そうやって俺がまごついていると、突如女生徒は内履きでカツンと音を鳴らして廊下を蹴り、勢いよく階段を一飛び。

 そして、そのまま俺の間近にまで接近して、片手を伸ばして俺の首筋にあてがう。

 

 薄暗い中、その手元に握られた何かが、月明かりを跳ね返してキラリと鈍く光る。

 どこにそんな物を隠し持っていたのか分からないが、それは先の鋭い小型のナイフの様な――“クナイ”と呼称するべき暗器だった。


「なッ――」

「静かに、騒がないで」


 俺は抵抗する間も無く、首筋にクナイを突き立てられ、壁に組み付けられていたのだ。

 

「大声で騒いだり、能力スキルを使うような素振りを見せたら、容赦なくその首をかっ斬るわよ」


 女生徒は細めた目で下から俺を睨みつけながら、そう脅しをかけてくる。

 触れられる程間近に来て気付いたが、階段という高低差が無ければ、彼女の身長は俺よりも10㎝程低い様だ。

 しかし、小さくてもその手には鋭い刃物。

 俺も命は惜しい。ゆっくりと首を縦に動かし了承の意を伝えた。


「いい子ね。じゃあ、私の質問に答えて」


 俺はこくこくと頷く。


「あなた、戦線メンバーね?」

 

 首を横に振る。

 戦線メンバーって何だ、俺には全く心当たりがない。


「嘘吐いたって、無駄よ。今は夜間外出制限が出ているわ。だというのに、わざわざ夜の校舎でこそこそと」


 このままではよく分からない組織のメンバーとして殺されかねないので、俺は口を開く。


「待て、違う、話が見えない。俺は一年の火室桐裕かむろ きりゅう、ただの一般生徒だ」

「そんな――」

「最後まで話を聞けって! そこの部室」


 と、俺は視線で階段横にある文芸部の部室を指す。


「お恥ずかしながら、部室で居眠りして、下校し損ねたんだ。こそこそしていた様に見えたのは、あんたが先生なんじゃないかって思ったからで、やましい事はあんたと同じで外出制限を早速破った事くらいしかない。もし証拠が欲しいなら、俺のポケットを探してくれ。部室のカードキーが有る」


 俺が一息でそう言い終えると、女生徒の鋭い視線が俺のポケットの方へと落ちる。

 すると、ポケットの中に違和を感じる。

 空気の塊のような、見えない手の様な、そんな感覚。

 その変な感覚にポケットの中を少し弄られた後、突如ひとりでにカードキーがふわりと宙に浮かび上がった。


 女生徒はそれをしげしげと見つめた後、今度は視線を部室の方に流す。

 カードキーは視線に沿って宙を浮かび飛んで行き、部室の扉の認証用のパネルにぶつかり、ことりと落ちる。

 同時にピッと小さな音が鳴り、折角さっき施錠したばかりの文芸部部室の扉が再び開錠された。


 ――《念動力テレキネシス》!!


 手を触れずに念じるだけで物体を動かす能力。

 これが、この女のスキルか。


 女生徒は俺に向き直り、ゆっくりと首筋に突き立てていたクナイを降ろした。


「……はぁ。ひとまず、あなたがここに居た理由は、それで納得してあげるわ」

「それはどうも。それより、あんただって俺と同じ様に――」


 すると、クナイを仕舞った女生徒は今度はびしっと指先を俺の鼻先に突き付けて来る。


「“あんた”じゃないわ。私、あなたの先輩よ、一年」


 どうやら上級生だったらしい。

 

「そうですか、先輩。じゃあ、不躾ながら後輩から進言させて頂きますが」

「……何よ」

「先輩は夜間外出制限以前に、シンプルに銃刀法違反で――痛いっ!」


 脛を蹴られた。痛い。理不尽。

 屈みこんで脛を摩る。

 

「たたた……。それで、さっき言ってた戦線メンバーってなんの事ですか?」

「私に質問しないで」

「じゃあ、先輩は何年のどちら様で?」

「だから――」


 と、言いかけるが、大きな溜息を吐いた後、諦めたのか答えてくれた。


「二年、来海くるみ

「それ、苗字と下の名前、どっちですか?」

「下の名前よ」

「苗字は?」


 来海先輩は少しの間黙り込む。


「……天野あまの

「じゃあ、天野先輩」

「やめて、苗字は嫌いなの。来海の方で呼んで。……だから、名乗りたくなかったのよ」


 天野来海あまの くるみ先輩はまた鋭い視線で睨みつけて来る。

 別に字面も綺麗で悪い苗字でもないと思うが、呼び名1つでこれ以上機嫌を損ねてまたクナイで脅されては堪らない。


「じゃあ、来海先輩は何故こんな時間に、こんな所に?」


 俺のこの問いには、渋る事なく自信満々に答えてくれた。


「私、今日編入してきたばかりなの。だから、学校探検よ!」

「待て、じゃあ俺よりも特区歴は浅いじゃないか! 何が先輩だ、こちとら特区歴8年だぞ!」


 つい声を荒げてしまった。

 来海はしっと口元に指先を当てる。


「まだ教師が残ってるかもしれないでしょ、バレたらどうするのよ、気をつけなさい」


 俺は慌てて口元を抑える。

 

「いや、すまん。――が、しかし。編入初日からルール無視して夜の学校探検をしている危険物携帯女を先輩と呼ぶのは不服なんだが」

「じゃあ、来海さんでいいわ。“あんた”とか苗字で呼んだりしなければ、なんでもいいわよ」


 ふむ。俺は散々好き放題された意趣返しをしたくなって、少し考える。

 それから、

 

「そうですかい。じゃあ、“来海”で」


 俺がそう言って挑発的に口角を上げて見せれば、来海の顔はみるみる紅潮しわなわなと震えている。

 

 最初は刃物なんか持ち出して殺されるのかと驚いた物だが、新参者だと分かれば少しこちらにも余裕が生まれてきた。

 何より、こうして見ていると、感情がすぐに表に出て分かりやすいのがちょっと面白かった。


「あ、あんたねえ……!!」

「おっと。そっちは“あんた”呼びされたくないって我儘言うのに、俺の事はあんたって呼ぶのか?」

「うるさい!」


 また蹴られた。痛い。

 そのまま来海はずかずかと歩いて、下の階へと降りて行く。


「あ、そうそう。今夜の事は秘密にしといてね。それじゃ、せいぜい夜道には気を付けなさい。こんな所に8年も居る“桐裕きりゅう先輩”」


 そんな捨て台詞を残して、角を曲がって姿が見えなくなる。


「ちょ、待てって――」


 俺は慌てて追いかけ、階段を駆け下りる。

 戦線メンバーだとか、クナイとか、まだ何の説明も受けていない。

 

 しかし、角を曲がると、既にそこに来海の姿は無かった。

 静かな夜の校舎に、俺一人が残された。


「……はぁ。何だったんだ、全く……」


 俺は踵を返して、階段を上がる。

 カードキーを拾って、もう一度部室を施錠し直して、教師を警戒しつつこそこそと階段を降り、校舎を後にする。

 幸い校舎内にはもう誰も居なかった。


 編入初日に夜間外出制限を破って学校探検と称して“戦線メンバー”なる何者かを探していた、《念動力テレキネシス》というスキルを有する銃刀法違反女、天野来海あまの くるみ

 嵐の様に突然現れて、そして去って行った。

 

 かくして、俺は今日、夜に遭遇するのは幽霊なんかよりも、刃物を携帯した人間の方がよっぽど怖いという事を学んだのだった。

 寮のマンションへと帰る道中、背後から視線を感じる気がしたのは――まあ、気のせいだろう。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る