#005 職場見学会①
結局、昨晩俺は教師に見つかり咎められる事は無く、夜道で刺客に襲われるなんて事も無く、無事に寮へ帰ることが出来た。
今暮らしているのは、小等部から中等部に上がるタイミングで入居したマンションタイプの寮だ。
六千学院の生徒は皆一律で、小等部までは集団生活用のもう少し門限等厳しい寮生活だが、中等部に上がってからは一人暮らしの快適なマンションの一室が与えられている。
夜間外出制限令が出ていると言っても、厳戒な禁止令というよりは緩めの制限令だ。一度くらいでペナルティを受ける事も無い。
翌日登校する際も、寮長という名の暇そうなマンション管理人は欠伸をしながらロビーに座っているだけで、何も言って来なかった。
それから、俺は休み時間にあの夜出会った銃刀法違反女――
インターネット上だけで軽く検索をかけてみただけなのだが、こんな感じの情報が出て来た。
“スキルホルダー解放戦線”――離島にスキルホルダーを隔離収容する六専特区に疑心感を覚え、同胞を解放する為という名目で活動しているレジスタンス組織。
活動範囲は主に特区外で、まだ特区に保護されていないスキルホルダーを見つけては声を掛け、仲間に加えて勢力を拡大しているのだとか。
主要メンバーは六専特区の保護を断ったり逃げ出したスキルホルダーの未成年と、彼らをまとめる大人たちから成る。
しかし、やはり未成年の多い集団だからか、最近ではほぼ暴徒化した戦線メンバーが問題を起こしていたりもするらしい。
――なるほど。特区外の組織なら、滅多に特区外に出る機会の無い俺が知らなかったのも無理はないだろう。
しかし、それでは何故来海は学院内でその戦線メンバーを探していたのだろうか?
あの隠し持っていた暗器、編入してきたばかりの特区外の人間――何か、一歩間違えれば余計な事に巻き込まれていた様な気がする。危ないところだった。
と、俺がそうしてインターネットの記事に目を通していると、背後から声が掛かった。
「やあ、
後ろから俺のタブレット端末の画面を覗き込んで来るのは、クラスメイトで友人の
というか、こいつくらいしか俺に話しかけて来る奴は居ない。
「ほれ。この記事を見てたんだ」
俺はタブレット端末の画面をそのまま愛一に見せてやる。
「へえ。スキルホルダー解放戦線……ね。桐裕、こんなのに興味あったんだ? 急にそんなレジスタンス活動だなんて、流石に友達付き合い考えちゃうぜ」
「違うっての。俺が何年特区に世話になってると思ってるんだ。両親も頼れる親戚も居ない中、これだけ良くして貰っている恩が有るのに、レジスタンス活動なんてし出したら罰が当たる。ていうか、分かってて言ってるだろ」
「あはは。ごめんごめん。でも、じゃあどうして急に特区外のこんな組織について調べてるのさ」
「それは――」
昨晩の話。編入初日から外出制限を無視していた危険物を携帯している上級生。彼女の話を愛一にするべきかどうか、少し悩んだ。
しかし、それを言うという事は俺もまた外出制限を破っていた事の発覚に繋がる。
愛一の幽霊探しの誘いを無下にしていた手前、それは少し憚られた。
なので、俺は丁度いい所に有った適当な理由をくっ付ける。
「ほら、今週の土曜日。“アレ”があるんだ」
「アレって――ああ、職場見学会ね」
「そうそう」
第六感症候群患者専用特別保護区域、略して六専特区並びに日本六専学院は様々な企業と提携し、国の税金と企業からの出資金によって運営されている。
俺たち学院の生徒は卒業後の進路としてその提携企業への就職が主となる。
というのも、特区外の普通の企業はスキルホルダーなんていう核爆弾の受け入れ態勢が整っていないのだ。
今は特区内の施設で働いているのはスキルを持たない普通の大人たちだが、将来的にはそれが学院を卒業していったスキルホルダーに変わって行くという将来設計らしい。
と言っても、今の高等部三年生がスキルホルダーの一期生なので、その将来設計が実現するのは一体どれだけ先の話になるのか分からないが。
そんな訳で、スキルを持たない一般人よりも進路の狭い学院の生徒は、高等部に上がってから職場見学会に参加する義務が有る。
基本的には三年に上がる頃には進路は決まっている想定なので、一年と二年が対象だ。
そして、俺が今年見学に行くのは――、
「それで、俺は“特区外の企業”を見に行く予定だから、少し外について調べていたんだ。そしたらこの記事が目に付いたってだけ」
「特区外って、それってまさか――」
主な進路は特区内に店やオフィスを構えている企業だ。しかし、一部例外として特区外にも道はある。
その内の一つであり、最有力候補。それが、さっきまで俺が記事を見ていたタブレット端末の裏にでかでかと企業ロゴを掲げている、この六専特区の運営費の殆どを担っている世界的大企業――、
「――ああ。“MGC”だ」
MGCはタブレット端末の様な電子機器メーカーという側面だけでなく、他にもあらゆる業界に手を広げており、子会社を幾つも持っている。
特に六専特区に出資しているだけあって先天性第六感症候群の研究、つまりスキル研究の最先端を走っており、俺はそう言う研究の方面で興味を持っていた。
俺がその名を口にすれば、愛一はわざとらしく目を見開いて驚いて見せた。
「ひえー、やるねえ。そんなに成績良かったっけ?」
「見学行くだけならタダだろ。それに、こんな機会でも無ければ、わざわざ特区外にも出ないしな」
俺の成績自体は悪くないのだが、どう考えても世界的大企業に採用されるのには学年一位でも足りないくらいだろう。
しかし、こういうのは世間へのアピールとして六専学院生の特待枠が有るのではないかと俺は踏んでいる。見学会に参加しておけば良いアピールになるだろう。
そんな打算の元、俺は身の丈に合わない大企業の見学に行くのだ。
愛一は納得と呆れの間くらいの感じで、溜息混じりに、
「なるほどねえ。それはそうだけど、貴重な土曜日を潰してってのがなあ。……ま、頑張ってね~」
興味を無くしたのか、それとも自分も職場見学会に参加しろと言われるのを嫌ったのか。
愛一はそう言って、俺のタブレット端末を放り返して、手をひらひら振りながら離れて行った。
それから、変な女に絡まれる事も幽霊に襲われる事も無く、何事も無く日常は過ぎて行き、ついに土曜日。
職場見学会の日がやって来た。
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