#006 職場見学会②
職場見学会の日。
俺は集合場所である学院前の駅に集まり、そこから他の生徒たちと共に教師に引率されて、移動用の大型バスに乗車した。
バスの同乗者は大体20名程で、教師は二人付いて来ている。教師の内の一人は俺にとってはお馴染みの真白先生だ。
真白先生は皆が乗車し席に着くなり、早速持参してきた飴玉を配り始めた。
そして、一通り行き渡ったら自分も一粒口に含んで、席に着いて本を読み始める。相変わらずのフリーダムさ。
バスはしばらく走った後、一度橋のゲート前で停車する。
真白先生は本を置いて一度バスを降りて、すぐに戻って来た。そして、また読書に戻る。車酔いをしないのだろうか。
先程の先生が乗降車していた時間は、スキルホルダーの生徒たちが特区外に出るに当たっての手続きをしていた。
少々面倒だが、余程素行の悪い生徒でなければ簡単な申請1つで問題なく外出は可能だ。
俺はこういう機会でも無ければ基本的に特区内で済ませてしまうので、実際にどういう手続きが必要だったのかまではもう覚えてはいないが。
そして、バスは再び発進。
甘ったるい飴玉を舐めながら窓の外を眺めていれば、景色は打って変わって、太陽の光を反射してキラキラと輝く海が見えてきた。
今バスが走っているのは離島である六専特区と本島とを繋ぐ大きな橋、通称“
左右に天使の翼をあしらったデザインの何とやらという説明を昔聞いたが、今は太陽光が眩しく、見上げると逆光でその翼のデザインを視認出来ない。
これはデザイナーのミスなのか、それともこの逆光も込みで神々しさを演出しているのか、微妙な所だ。
六専特区と本島を渡るには、この
確か一応空路として航空機とヘリも有ったはずだが、一般に使われる事は滅多にない。そっちの出番は要人の訪問か緊急時くらいだ。
そんな逆光に目を細めていると、橋を通り過ぎて、本島に上陸。
と言っても、バスに乗っている分には特区内と何が違う訳でも無い。ぼうっとしている内に、バスは勝手に目的地へと連れて行ってくれる。
そして、しばらく見慣れない道を走っていけば、次第に天辺が宇宙まで届いているんじゃないかと見紛う程の超高層ビルが見えてきた。
メガコーポレーションの略称MGCを表すMとGとCの重なり合った会社ロゴのシンボルが堂々と輝いている。ここが目的地だ。
バスは停車し、降車の後、男性教師が生徒たちの点呼を取っていく。
しかし、真白先生は――、
「う、うぅ……。気持ち悪い、です……」
甘ったるい飴玉を舐めながら車内で俯いて読書をしていた真白先生は車酔いでグロッキーだった。当然の帰結なので、可哀想とも思わない。
結局、男性教師に全てを任せてさっさとMGC本社内に走って行った。きっとお手洗いを探しに行ったのだろう。
仕方なく男性教師が一人で約20名の生徒を引き連れて行く。
本社内へ入ると、中はまるで別世界だった。
白と水色を基調とした清潔感のある広々としたロビー。宙にはホログラムでモニターが映し出されていて、テレビでもよく見るコマーシャル映像が流れている。
行き交う職員は黒のスーツ姿の人と、白衣を羽織った人が半々くらいだ。
しかし、俺たちを迎えてくれたのは、そのどちらでも無かった。
「イラッシャイマセ ロクセンガクイン ノ ミナサマ」
白く光沢のあるボディをした、胸くらいまでの高さをした寸胴ボディのロボットだ。丁度ビックリマークの上の棒だけがそこに立っている感じだ。
頭部であろうつるつるの半球にぐるりと黒のラインが一周していて、そのライン上が二か所青く光って、目の様になっている。
脚は特殊な車輪なのか、それとも磁力で浮いているのか、音も立てずににスーっと滑って移動して来た。
流石世界的大企業の最先端技術だ。職場見学の社内案内も全てロボットがやってくれるらしい。
それから、同じロボットが数台現れて、生徒たちを幾つかのグループに分けて、それぞれが見たい部署に連れて行ってくれた。
社内は広すぎて、このロボットの案内が無ければすぐに迷子になってしまいそうだ。
俺たちは技術部門のスライムなのか鉄なのか分からない謎の形状記憶金属だとか、コンタクトレンズ型の超小型通信装置だとか、社内の様々な施設を見て行った。
流石世界的大企業の最先端技術と言った所で興味を惹く物が多く面白かったが、しかし、やはり一番興味を惹いたのは当初のお目当てのスキル研究部門だ。
そこではロボットではなく、白衣を着た人間の職員が応対してくれた。外国人の金髪の男性だ。
スキルホルダーの現在から、将来の展望など。仕事の内容の説明なんかをガン無視して、好き放題熱弁してくれた。
そして一通りの話を聞いた後、解散の流れになったタイミングで、一人の職員に声を掛けられた。
「君、結構真剣に聞いてくれてたよね。ちゃんとうち志望なの?」
先程スキルについて熱弁していた、白衣を着崩したやや軽い雰囲気の外国人の男性職員だ。
流石世界展開をしている大企業で、働いている職員の人種も様々。日本語も流暢で違和感はない。
「あ、はい。そうですね」
俺は少し驚いてしまい、若干口ごもりながらも、なんとか返事を返すことが出来た。
「へえ。動機とか聞いても良い?」
「ええと、きちんと自分のスキルをコントロールしたくて。だから、もっとちゃんとこの力について知りたいんです」
どう答えたものか悩んだが、下手な嘘で誤魔化すよりは正直に言った方が印象も良かろうと思って、そのまま答えた。
「いいねえ。まあ、スキルって感情の起伏が出力に影響を及ぼすって研究結果も出てるくらいだから、完全にコントロールってなると難しいよねえ。やっぱりそれで苦労したの?」
「まあ、はい」
周囲を見て見れば、他の生徒はまばらに退散していっている。時計を見てはいないが、もしかするとそろそろ帰りの集合時間かもしれない。
そう思って切り上げようと俺が曖昧な相槌を打っていると、対して軽薄な職員は生の現役スキルホルダーを捕まえてこれを好機と言わんばかりに、ずいっと身を乗り出して来る。
「ねえねえ、実際スキル使えるのってどんな感じ? ていうか、君のスキルって何系? 千里眼とか、
と、指折り数えながら現在確認されているスキルを1つずつ挙げて行く。
滅茶苦茶ぐいぐい来られる。
「いや、えっと……」
俺がしどろもどろになっていると、「ちょっと!」と女性職員が軽薄な男性職員を咎めに来た。
男性職員は両手を合わせて大げさに平謝りのポーズをしている。
どうやら仕事を放り出して俺に絡みに来ていたらしい。
「ああ、もう。折角なのに……。ああ、いや! 引き止めちゃってごめんね! 良かったら来年も来てよ! それじゃ!」
「あ、はい! ありがとうございました」
軽薄な男性職員は名残惜しそうにしつつも、女性職員に引っ張られて奥に消えて行った。
さて、と改めて周りを見るが、さっきまでまばらに居たはずの生徒の姿は既に無い。
部屋には俺一人。流石に少し急ぎで戻った方が良さそうだ。
しかし、この広い社内であのロボットの案内無しに、ロビーまで戻れるだろうか。
ひとまず、廊下に出る。
「……確か――こっち、だったよな?」
廊下は左右にそれぞれ伸びていて、白い内装の所為でどっちを見ても同じに見える。
しかし、今から戻って先程の職員に道案内を頼むのも気が引けたので、何となく左から来ただろうと当たりを付けて進んで行った。
そして、何度か角を曲がり、「ああ、これはちゃんと迷ったな」と薄っすら認識し始めた、その時だった。
けたたましい警告音と共に、白一色だった廊下が赤い光で染まる。
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