#043 プラスエス③

「――状況は伝わっているのね? OK、なら手短に報告。今、地下に居るわ。これから戦線メンバー……正確にはアルファのお友達みたいな子たちに、ナンバーツーの執務室に案内してもらうところよ」

『――、――?』

「――ええ、問題ないわ。すぐに来てちょうだい。じゃあ、後は現地で」


 来海が通信を切り、俺に向き直る。


S⁶シックスの応援が来たわ。執務室へ行きましょう、そこで落ち合うわ」

「いつの間に応援要請なんてしてたんだ」

「まあね。それよりも、急ぎましょう。ほら、あんたたち、早く案内してちょうだい?」


 来海が促せば、茶髪と金髪は「あ、ああ! こっちだ!」と、足早に案内してくれた。


 ナンバーツーの執務室と呼ばれている部屋は、元ホテルであるこの廃ビルの上層階の一室だった。

 軋む音を立てるエレベーターに乗って昇り、曲がって突き当りの奥の部屋だ。

 

 地下にアルファの部屋、上にナンバーツーの部屋。

 まるで何かを隠す為に遠ざけている様で、違和感しかない。


 俺たちは扉を蹴破って、中を物色する。

 執務室は資料棚と、仕事机なんかが置かれているだけのシンプルなものだった。

 

「ウォールナット、この引き出し、開けられないか?」


 仕事机を物色していると、1つだけ鍵のかかった引き出しが有った。

 

「私の念動力テレキネシスはパワーで捻じ曲げるスプーン曲げみたいな芸当は出来ないのよ。そういうのはどちらかと言うとサイコキネシス。

 ――というか、私よりあなたのスキルの方がそういうのは向いてるんじゃないの?」


 確かに、俺の発火能力パイロキネシスは視界範囲の物を何でも燃やす事の出来るスキルだ。

 しかも超高出力。鍵を燃やして一瞬で消し炭にする事だって出来るだろう。

 しかし――、


「いや、中の物まで燃やしかねない」


 来海の溜息。

 

「あなた、まだそんな事言ってるの? 前にも言ったでしょう。あなたは充分スキルを扱えているわ、もっと自信を持ちなさい。

 そもそもね、ショッピングモールの時みたいにスプリンクラーの狙った一点だけを限定して燃やすなんて、ちゃんとコントロール出来ていないと不可能な芸当よ?」


 そう言ってくれるが、一度取り返しのつかない失敗をした所為で、どうしても素直に頷けない。心理的なストッパーがかかってしまう。

 それに、だ。


「そう言われても、ウォールナットのスキル操作精度を見ていると、尚更な」

「あのねえ。私は天才で、その上ちゃんと訓練を積んで、やっと今の実力なの。分かる?」

「それは分かってる。気に障ったのならすまない」

「そうじゃないわよ。そうじゃない、けど……」


 と、来海は一度言い淀んでから、再び口を開く。


「あなたのその出力で、その精度。一目見ただけで、あなただって事件以降努力を重ねたんだなって言うのがよく分かるわ。でも、だから……だから、言いたくないのよ」

「……?」


 来海はそっぽを向いて、資料棚の物色に戻って行った。

 そして、小さく呟く声。


「……私より……だなんて、そんなの、悔しいじゃない」


 その言葉はあまりに小さく、上手く聞き取る事は出来なかった。


 それから、少し逡巡した後、引き出しの鍵に向かってスキルを発動した。

 どうしてだろうか。これまでよりも緊張を感じる事無く、痺れもない。

 内側から湧きあがって来る熱のイメージも、どこか冷たく落ち着いて感じた。

 

 スキルは狙い通り鍵の一点だけを焼却し、黒い煤だけがさらりと落ちて来る。

 

 来海が背中を叩いてくれおかげだろうか。

 どこか胸のつかえが取れたような、そんな気がした。


 来海がちらりとこちらを見て小さく笑う気配を背中で感じて、なんだか小恥ずかしくなりながらも、引き出しを開ける。


 すると、中には資料ファイルが入っていた。

 表紙には“第六感症候群先進研究機関プラスエス”と書かれている。


「……有った、これだ」

 

 それを開き、中を見る。

 そこにはプラスエス時代にまとめたであろう、スキルホルダーの研究記録が綴られていた。


『20XX年(現在から十八年前の日付)。天の光現象発生。この怪現象とそれに伴い発生した超能力者を研究すべく、プラスエスを設立。

 幸運な事に、我々はその光りを浴びた母体から産まれた子供――第六感症候群患者を一名、非検体として確保する事に成功した。

 彼女の名をアルファと名付ける。スキルは大気操作だ、今は小さな風を起こす程度だが、拡張していけば、やがて天候を操る事も可能であろう』

 

『(その一年後の日付)。それから何体かの非検体を確保したが、駄目にしてしまった。

 しかし、今回の個体は上質だ。第二非検体の少女をベータと名付ける。スキルは発火能力だ。

 備考:天の光信仰教会という面倒な組織が現れた。動向に注意されたし』

 

『(また更に一年後の日付)。三体目の高固体の非検体、彼をガンマとする。スキルは精神干渉だ。

 注意事項:我々の人体実験によって改造し拡張された彼のスキルは我々の記憶や認識を書き換える事が出来る。危険だ、同じ空間に入ってはいけない。必ずガラス越しに対面するべし。

 備考:天の結晶というエネルギーの結晶が確認された。これを使えば、我々旧人類もスキルホルダーとなれる可能性が有る。研究を進めて行く』


『(そのまた更に一年後の日付)。六専特区なる施設の計画が持ち上がった。MGCが絡んできていて厄介だ。我々の研究の障害となるだろう』


『(そこから三年後)。本島東に作られた人工島に、六専特区が設立された。

 たったの三年だ、あまりにも手際が良すぎる。どういう事だ? 我々の活動が先回りされ、悉く邪魔をされてしまう』


『(その四年後、現在から八年前の日付)。非検体のスキル拡張を急ぎ過ぎた。天の結晶のエネルギーを与え過ぎたか?

 アルファ、ベータ、ガンマがプラスエス施設を破壊し、脱走。職員たちの殆どが殺されてしまった。

 ガンマの精神干渉によって、第一~第三非検体の担当職員の脳内を覗かれてしまった。

 彼ら職員の自宅は特定され、ベータによって放火、一家毎惨殺された。

 

 幸いボクは直接彼らに顔を見られていない。ああ良かった、命拾いした。

 何より幸運だったのは、最も厄介なベータとガンマの消息がそれ以降途絶えたという事だ』


 ページを捲る。その年の内容の続きの様だ。


『やっぱりボクはツイている。一人倒れるアルファを発見した。脱走したは良いが、行き倒れたらしい。馬鹿な奴だ。

 向こうはボクの顔なんて知らない。優しい振りして手を差し伸べてやればホイホイついて来た。

 そのままスキルホルダーの解放なんて馬鹿みたいな大義名分を騙って、お山の大将に祭り上げる事に成功した。

 

 プラスエスで改造を施した後遺症で、アルファの身体は幼いままで成長を停止している。

 それに、監禁状態でまともに教育を受けておらず、身体につられて精神も未熟。

 そんな幼い少女のなんと扱いやすい事か。笑いが止まらない』


 そこから、今に至るまでの記録がつらつらと綴られている。

 それは年代を追うに連れて、だんだんとこの資料の筆者――ナンバーツーの汚い内面が現れ出て来て、後半はもはや見るに堪えない内容だ。


 そうして資料に目を通していると、突然腕を掴まれる。


「――ちょっと、桐祐きりゅう!」


 はっとして意識を起こせば、焦げた匂い。

 資料ファイルの端からじわじわと火が付いていたのだ。

 俺が慌てて資料ファイルを取り落とせば、その火は消える。


「わ、悪い。つい……」


 ナンバーツーという人物への怒り。

 資料を読み進めて行くにつれて湧き上がって来るその感情の昂りが、俺のスキルを暴発させていたのだ。


「やっぱり、まだまだだな……」

「そんな事……。見たら分かるわよ、酷い顔色よ。余程酷い内容だったみたいね」


 来海が資料を拾い上げ、目を通す。

 眼球を動かせて、素早く内容を頭に入れて行く。


 そして、俺を元気付けるかの様に小さく笑った。


「――何よ。シロ……あの子、私たちより年上じゃない」

「ああ、そうだな。つい、妹みたいに思ってた」


 ――かつて自分の手で燃やしてしまった、妹。


 来海は資料の中で気になった箇所を、順番に呟いて行く。

 

「――発火能力、ベータ……」

「その名前は、前にシロが口にしていた事が有る。きっと、友達――だったんだと思う」

「そうね。アルファ、ベータ、ガンマ。三人は力を合わせて、自分たちを害する悪に立ち向かった――」

 

 続けて来海が何かを言おうと口を開きかけた、その時。

 どたどたと足音が廊下の向こうから聞こえて来て、執務室の扉が開いた。


 S⁶シックスの応援が到着だ。

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