#042 プラスエス②

 スキルホルダー解放戦線、そのナンバーツーがプラスエス残党……!?


「どういう事だ!?」

「知るかよ! アルファ様を連れて来たら、アイツ、急に人が変わって、プラスエスでやり残したことの続きをやるって……!!」


 茶髪のその言葉に、金髪が補足する。


「俺たちがアルファ様が記憶喪失だって言ったら、その途端だ。意味が分かんねえ……」


 どういう事だ? スキルホルダー解放戦線とプラスエスは敵対関係だったはず。

 しかし、内部にスパイ――どころか、組織のナンバーツーの座に、そのプラスエスの人間が。

 では、何の為に? プラスエスでやり残した事とは?


 最悪の想像が過る。


「プラスエスって、確か人体実験とかしていたっていう……」


 俺の呟きに、来海が答える。

 

「……ええ、そうね。藍原あいばらさんの話にもあったわよね。プラスエスの非検体、アルファ、ベータ、ガンマ。その三名の脱走がきっかけでプラスエスは解体。そして、解放戦線が結成されたって」

「そして、ナンバーツーはその創設メンバーだ。つまり――」


 パズルのピースが嵌って行く。最悪の形で。


 「――奴は、最初からシロを騙していたんだ! スキルホルダー解放なんていう大義名分を掲げていながら、その実、組織を隠れ蓑として期を窺っていたんだ!」


 怒りに打ち震える。

 ナンバーツーは卑劣な大人だ。

 

 幼い子供の弱みに付け込み、扇動して、組織のリーダーなんてお飾りに祭り上げた。

 そして、実質的に組織を手中に収め、その幼い旗印の元に集った子供たちスキルホルダーを自分の手駒としたのだ。


「……でも、何の為に、そんな……?」


 思えば、おかしな場面は多々あった。

 まずMGC襲撃事件だ。学生たちが都合よく銃火器を用意出来るだろうか?

 また、仮に用意する手段が有ったとして、実際にそれを使用しようとするだろうか?


 同じスキルホルダーである俺には分かる。スキルホルダーである人間は、究極的は銃火器なんて玩具を必要としないのだ。

 それを必要だと思い、恐れ、わざわざ用意しようと思うのなんて、無力な大人くらいだ。

 さらに言えば、それがプラスエスなんていう非合法団体の者だったからこそ、裏ルートで銃火器を用意できたのだろう。


 次にショッピングモール、天の結晶の件だ。

 あの時現れた透明人間のスキルホルダー、江戸辰也えどたつや

 彼はナンバーツーの命令で動いていた。そして、“アルファ様が死んだ”と言っていた。

 この証言はMGCの時の“アルファ様が拉致されたと”という証言と食い違う。

 

 ではこの事実と異なる食い違いは何故起こったのか。

 それは、ナンバーツーがそう言ったからに他ならないだろう。

 

 まず、特区がリーダーを拉致したと戦線メンバーに伝えて敵意を煽り、MGCを襲撃させる。

 MGCを襲撃した正確な目的は分からないが、当たりは付けられる。

 おそらく天の結晶か、MGCにある資料、または開発している何かだ。これはボスにでも聞けば分かるだろう。


 次に、その火を付けた敵意に更に油を注ぐ。

 拉致されたリーダーが殺されたと伝え、怒りで正常な判断の出来ない子供たちスキルホルダーを捨て駒の様に使った。段階を踏む事で心身を掌握した。

 

 あんなに口の軽い人間を寄越したのには人選に問題が有ったとしか思えないが、戦線メンバーを駒としか見ていないナンバーツーにとって、彼らがどういった人間なのかなんて気にもしなかったのだろう。


 思えば、海上抗争だってマッチポンプだ。

 アルファとそれに忠実なスキルホルダーを天の結晶回収に向かわせ、プラスエス残党に襲わせ、殺そうとしたのだ。

 トップが死ねば、スキルホルダー解放戦線は本当の意味でナンバーツーの主中だ。


 では、何故天の結晶をショッピングモールと、海上、そしておそらくMGCでも狙ったのか。

 それは以前、回収任務の前にボスから聞いた話に繋がって来る。

 

 ――“天の結晶が光の雨と同質のエネルギーという事は、それは第六感症候群を意図的に発症させるウイルス薬にもなり得る”という事。

 

 プラスエス解体後も水面下で活動していた残党たち。

 その活動目的は、もはや明確だ。

 つまり、ナンバーツーがプラスエスでやり残した事の続き――。


 来海も頭は回る。俺と同じかそれ以上に。

 少しの沈黙の後、すぐに俺と同じ結論に達したのか、青い顔で口を開く。

 

「ねえ、ローゲ。まさかとは思うけれど――」


 俺は頷き、至った結論を口にする。


「――ナンバーツーの目的は、スキルホルダーを産み出すウイルス薬の開発だ!」

 

 ボスはまだ開発されていないと言っていた。しかし、それは完成とは程遠いとという意味ではないだろう。

 各組織は情報を隠匿している。なら、知らない所で開発が進んでいてもおかしくなかったのだ。

 もっと言えば、スキルホルダー解放戦線が実質的にプラスエスだったのなら、その開発はもはや最終段階まで来ているのではないだろうか?

 

 その薬をどう使うのか。

 そこら中に適当に散布するだけでも阿鼻叫喚だ。

 

 今は二十歳にも満たない子供だけのスキルホルダー。

 しかし、その力を大人が手に入れてしまえば――例えば、ナンバーツーの様な卑劣な人間が手に入れてしまえば、どうなってしまうか。

 考えるだけでも恐ろしい。


 そして、その一歩先に思考を進める。


「――例えば、例えばの話だ。ウイルス薬が完成したとして、その薬をスキルホルダーに投与したとする。……どうなると思う?」

「分からないわ。そんなの前代未聞よ。どんな結果になるか、想像も付かないわ」


 そうだ、前代未聞だ。

 もしも、その新薬の実験の非検体に、ナンバーツーがアルファを選んだのだとしたら。


「……シロが危ない」


 こんな所で足を止めている訳にはいかない。

 俺と来海はすぐにナンバーツーの後を追おうと、部屋を出ようとする。

 そこに、茶髪が声を掛けて来る。


「おい! あんたら! 危ないって……アルファ様、大丈夫なのかよ!? なあ!!」

「分かんないわよ! 大体、あの子がこんな目に遭ったのは、あんたたちの所為でしょう!」


 来海が声を荒げる。

 無理もない。今ここでチンピラみたいな戦線メンバーに構ってやっている暇は無いのだ。

 

 すると、今度は金髪。


「なあ、待ってくれよあんたら」


 それでも茶髪が食って掛からんとするが、金髪が「落ち着けブラザー」と宥める。

 そして、


「ナンバーツーが使ってた執務室が有る。俺たちはナンバーツーがどこへ行ったのか分かんねえ。でもよ、もしかしたら、そこに何かアルファ様を助けられる手掛かりがあるんじゃねえかって……」

「何よ、急に」

「悪ぃ。あんたの言う通り、アルファ様が連れ去られたのは俺たちの所為だ。だからって訳じゃ無いが、少しくらい協力させてくれ」


 これには茶髪も続く。


「そ、そうだ! 俺たちブラザーはナンバーツーの手駒じゃねえ! アルファ様に付いて行くって決めてんだ!」


 愚直だが、悪い奴らでは無さそうだ。

 俺が目配せすれば、来海は大きな溜息。


「はあ……、分かったわ。一緒に来て、そのナンバーツーの執務室まで案内しなさい」


 と、その時だった。


「――はい、こちらウォールナット」


 来海が耳元に手を当てて、通信に出る。

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