#041 プラスエス①

 シロ――アルファが拉致されてから、2時間程が経過した。

 今、俺は来海くるみと共に、真白ましろ先生の運転する車に乗って黒のワゴン車の後を追っている。


「どうだ、来海」

「待って、今解析結果が出たわ。さすがうちの技術班、早いわね」

 

 隣で来海がタブレット端末を操作し、マップを表示する。

 マップ上には数か所、点滅する赤い丸印。

 これは林殿はやしどのから貰った追跡データをS⁶シックスの技術班に送り解析した上で割り出した、スキルホルダー解放戦線の本部アジトだと思われる建物の位置情報だ。

 

 真白先生の車のナビには、導く道の先が途切れている不完全な地図――つまり、今来海が開いた物よりも古いマップデータが表示されている。

 こっちは林殿の送ってくれた元データだ。

 

 

 ――今から少し前の事、俺はワゴン車が天の架け橋ヘヴンリーブリッジを通った辺りで、林殿に連絡をした。

 超高出力の遠隔透視のスキルで追跡してもらう為だ。


 俺は電話を繋いだまま、遠隔透視の邪魔をしないように静かに待つ。

 すると、電話口の向こうから、


「――すまんでござる! 途中で見失った!」


 元々林殿はスキルのコントロールが得意ではない。

 その上、特定の対象を追えだなんて無茶な願いを聞いてくれた。途中まで追えただけでも充分だ。

 かなりの集中力を使うからか、荒い息遣いも聞こえて来る。

 

「大丈夫だ、ありがとう。追えた所まででいいから、マップアプリにデータを送ってくれ!」

「承知!」


 短い返事で電話が切られ、そのまま数秒後に通知が来る。


「仕事が早いな」


 今度お礼をしなくては。S⁶シックスから給料も出るだろうから、本島の良い店に肉でも食いに行こう。

 俺はそのままデータを来海に転送し、技術班に送ってもらう。

 

 そうしていると、突如爆走するオープンカーが走って来て俺たちの隣でドリフトして止まり、タイヤとアスファルトの擦れる音が響き渡る。

 こんな時に新手か――と思ったがしかし、それはよく知った顔だった。


火室かむろ君! 天野あまのさん!」


 黒髪ロングにフチなし眼鏡。

 

「真白先生!?」


 オープンカーの運転席に居たのは、我らが文芸部顧問である真白先生。頼りになる女性教師だった。

 確かに真白先生宅に車庫は有ったが、まさかオープンカーだったとは。見た目の柔和な印象とは程遠いが、


「どうしてここに!?」

「第二区画でワゴン車が暴走してると聞いて、心配になって――」


 と、真白先生は辺りを見回す。


「――あの、シロちゃんは?」

「……そのワゴン車の奴らに、連れ去られたわ」

 

 来海が答えれば、真白先生の瞳が驚きに大きく見開かれる。

 しかし、真白先生は一度深呼吸した後、すぐに声を上げた。


「乗って下さい! 早く!」



 ――と、そんな訳で、ほぼ最速でスキルホルダー解放戦線のワゴン車を追うことが出来た。

 来海がタブレット端末の画面をスワイプし、真白先生の車のナビに最新の情報を送る。


「先生、この赤い印のポイントに向かってください」


 真白先生がちらりとナビの画面に視線を送る。


「……幾つかある様ですが?」

「どれか分かんないから、片っ端から!」


 すると、真白先生はいきなり片手でナビの画面を操作して、いくつかの印を消して行く。


「ちょっと――」


 来海が口を挟む間もなく次々と予測地点は消されて行き、そして最後に1つだけが残った。


「――ここです、行きましょう」

 


 やがて、真白先生が選んだ地点へと到着。

 そこは打ち捨てられた廃ビル。元はホテルだった建物だ。


「本当に、ここに……?」

桐祐きりゅう、あれ!」


 半信半疑で辺りを見回す。

 すると、来海の指す方を見れば、例の黒のワゴン車を発見した。

 間違いない、この場所だ。

 

 すぐさま飛び出せば、背中から心配する真白先生の声。


「火室君!」

「大丈夫です! 真白先生は安全なところに!」

「――はい! 気を付けて!」


 真白先生は何かを言いたげだったが、ぐっと呑み込んで送り出してくれた。

 

 俺と来海――ウォールナットは、共に廃ビルの中へと進んで行った。

 

 今は細かい事情を説明してはいられないし、戦闘になった際、スキルホルダーではない先生は足手まといだ。

 ここまで何も言わず連れて来てくれただけで充分だ。


「――ここから先は、俺たちS⁶シックスの仕事だ!!」



 暗い建物内を進んで行く。

 足元にはゴミや瓦礫なんかが転がっていて、壁にはスプレーの落書き。

 頻繁に人間の出入りしている形跡がある。


 電機は通っている様だが、蛍光灯を変えていないから、まともに照明が点いている箇所の方が少ない。

 奥にはエレベーターも有る様だ。


 来海はクナイを構え、黒のタートルネックを口元まで上げた忍者の様なエージェントスタイル。

 俺もいつでもスキルを使えるように意識を集中。

 

「あいつら、どこかしら……?」

「おかしい。人の気配が、しない……」


 一階フロアに、誰も居ない。

 ついさっきまで誰かが居たであろう形跡は有るのだが、当のスキルホルダー解放戦線メンバーの姿が見えないのだ。


 やがて、階段の目の前まで到着。


「見て、これ」

「足跡だな。まだ新しい」


 埃の積もった階段の上を踏み荒らした、真新しい靴の後。

 足跡は地下へと続いている。


「余程急いで向かう必要があったみたいね。つまり――」

「――この先に、シロが居る」

 

 目を見合わせ、共に頷く。

 一歩、また一歩。俺たちは地下へと続く階段を降りて行った。


 

 そして、地下を進んで行けば、不自然に一か所だけ閉まり切っておらず、隙間から光の漏れる扉を発見した。

 俺たちは目配せで合図を交わし――、

 

「――動くな!!」

S⁶シックスよ! シロを返しなさい!!」


 一気に扉を蹴り開け、突入。


 まず目に入って来たのは、部屋の奥に置かれた破れたソファ。

 その奥には同じく破れて小汚いカーテン。

 タイル張りの床も一部捲れあがっている。


 そして、そのタイル張りの床に、倒れる二人の男の姿。金髪と茶髪。

 他には誰も居ない。


「おい、こいつらって――」

「――ええ。シロを拉致した奴らに違いないわ!」


 藍原あいばらと同じ作業着を着ていた。

 しかし、シロの姿が見当たらない。

 それに、どうしてこの男たちは倒れているんだ……?

 

 俺が倒れる男たちを監視している内に、来海がカーテンの奥まで確認しに行く。

 しかし、やはり他には誰も居ない。


 「もう、どうして……!」

 

 まさかの空振りに、来海が毒づく。


 俺は足元に転がる男たちを揺すり、呼びかける。


「おい、お前ら! シロを――アルファをどこへやった!?」


 すると、金髪の方が意識を取り戻し、痛みに悶えながら訴えかけて来る。


「あ、アルファ様が……連れ去られた……」

「そうよ! あんたたちに――」

「ち、違う……」


 来海が食って掛かろうとするが、茶髪の男も目を覚まし、言葉を続ける。


「アルファ様が、ナンバーツーに、連れ去られた……」


 ナンバーツー。同じ解放戦線の仲間が、何故?

 その答えは、男の口からすぐに返って来た。


「――ナンバーツー、あいつは“プラスエス残党の一人だった”!! アルファ様が危ねえ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る