#016 更衣室の視線④

 その後、俺は愛一あいいちから恋人を犠牲にして撮った貴重な幽霊の写真を転送して貰った。

 まあ、愛一の事だから恋人の一人や二人、またいつの間にか作っていつの間にかフラれている事だろう。


 そして翌日、俺は来海くるみと合流した。

 部室で互いの成果を報告し合う。

 俺はまず自分の方の情報は伏せて、来海の話から聞く事にした。

 

「――で、そっちはどうだった? 何か目ぼしいスキルは有ったか?」

「そうね。S⁶シックスの資料に残っているスキルの記録をざっと洗ってみたけれど――」


 と言って、来海はタブレット端末をこちらにも見える様に、会議机の上に置いた。

 俺はそれを覗き込む。

 そこには、来海が調べて来たであろうスキルのリスト――おそらく、S⁶シックスの資料をそのままコピーして持って来たのだと思われる、記録の羅列があった。


「……おい、これそのまま持って来て大丈夫な奴なのか?」

「大丈夫よ。この端末、MGC製だから見た目は授業用の物と一緒だけれど、S⁶シックスの備品だからハッキングされたりなんて事も無いわ」

「おお、そうなのか」


 てっきり、授業用のタブレット端末にデータをコピーして来たのかと思った。

 いや、来海に限ってそんな雑な仕事はしないか。

 

「さて、どれどれ……」


 俺はタブレット端末を自分の方に寄せて、そのリストを見て行く。

 ご丁寧に“透視”や”千里眼”、“透明化”なんかの目ぼしいスキルには、ツールの機能で蛍光色で線が引かれてマークされている。“幽体離脱”のスキルなんかは、まさに幽霊騒動に持ってこいだ。

 これらは来海が調べながら覗きに使えそうなスキルをチェックしていたのだろう。


 そして、それ以外のスキルのデータも丸ごとコピーされていたので、折角なので見てみる事にした。

 ソート機能が有ったので、日付順に見て行く。


 “大気操作”、“発火能力”、“精神干渉”、“念動力”、“千里眼”、などなど。

 俺が適当にスクロールしながら流し見していると、来海が口を開いた。


「ねえ、それで、そっちの方は?」


 ああ、スキルリスト夢中になっていて、そう言えばこっちの報告がまだだった。

 よく見れば来海は少しむすっとした様子で腕を組んで、こちらを睨んでいる。


 これ以上機嫌を損ねても良い事は無いので、タブレット端末を置いて、俺は答える。


「ええと、そうだな。俺の方は山について調べていた」

「はあ、山、ね……。……はあ?」


 面白いくらい“何言ってんだこいつ”という反応が返って来た。

 俺はそのまま続ける。


「だから、ハイキングデートに行こう」

「ハイキング、デート……」


 来海は言葉の意味が分かっていない様に、俺の言葉を反芻する。

 そして、一拍置いた後。


「はあっ!? デート!?」


 来海は驚いて、ガタリと椅子を揺らして立ち上がった。

 いいリアクションだ。

 


「――それで、あなたの友人がハイキングデート中に、この山で幽霊らしき人影を見たって事なのね」

「まあ、そういう話だな。俺はそいつこそが例の“更衣室の視線”の正体なんじゃないかと踏んでいる」

「全く、それならそうと先にそう説明しなさいよね。何よ、デートに行こうって。馬鹿じゃないの」

「いやなに、頭の中の情報が整理出来ずにそのまま口から出てしまったんだ、そう怒るなって」

「別に、怒ってないわよ」

 

 そう言いながらも、来海はポニーテールを揺らしながらずんずんと前を進んで行く。


 俺たちは今、学院の裏手に有る例の山を登っていた。

 舗装された山道は歩きやすいと言えるが、だからと言って俺は来海ほど健脚ではない。気を抜けばすぐに置いて行かれそうだ。

 周囲を見渡せば草葉の茂みと木々に囲まれていて、風はやや肌寒いくらいだ。空気も心なしか美味しい気さえする。

 

 歩きながら、再び来海が口を開く。


「でも、この写真。幽霊っていうよりも、普通に人間っぽく見えるのだけれど」


 と、来海が歩く足は止めないままこちらを振り向きつつ、スマートフォンの画面を見せて来る。

 俺の方からだと小さくて見えないが、俺が転送した愛一あいいちから貰った幽霊の写真が映し出されているのだろう。


 俺は答える。


「俺にもそう見える。というか、俺の友人もそう思って俺にこの写真をくれたんだろうさ」

「……? ええと、つまり?」


 と言ったところで、目的の場所へと到着だ。


「着いたぞ」


 俺がそう言えば、来海は手元のスマートフォンに表示された写真と目の前の景色を照らし合わせて、


「うん。この人影を見た場所はここね。木の形がそのままよ」

「そして、だ――」


 俺は屈みこみ、足元の草葉の茂みを手で分ける。


「何してるのよ」

「この辺り、写真だと分かりにくかったが、誰かが踏み荒した形跡がある。一応気持ちカモフラージュしている様だが、それにも限界はある。ここなんて、折れた草がそのままだ」

 

 俺が指す先、明らかに靴で踏んだことによって出来た折れ目がくっきりと残っていた。


「ほんとね。じゃあやっぱり、ここに居たのは幽霊なんかじゃなくって――」

「ああ、人間だ。きっと、この先に居る」

「もしかして、潜伏している戦線メンバー……?」


 俺は首肯する。


「可能性は有るだろう。何せ、こんな山の中だ。隠れ潜むにはもってこいじゃないか」


 来海はスマートフォンを仕舞い、スカートの奥からクナイを取り出した。


「――じゃあ、行くわよ、“ローゲ”」

「ああ。もしもの場合は頼むぞ、“ウォールナット”」


 本当に戦線メンバーが居た場合、MGCの時の様に戦闘沙汰となる可能性がある。そうなれば、来海が頼りだ。

 俺のスキルはこんな所では使えたものじゃない。

 

 そうして、俺たちは山道を反れて、草葉を踏みしめて、林の先へと進んで行った。

 やがて、周囲の様子に変化が表れて来る。


「これはもう、決定的じゃないかしら」


 足元が歩き難い草葉から、踏みしめられ潰れた草葉へ、そして平坦な地面へと変わる。

 つまり、この辺りは明らかに“人が何度も通っている”。人が靴で踏んで歩く事で、地面は自然と道の様になっているのだ。

 ここまで誰かが来るとは思っていなかったのだろう、カモフラージュもされていないので一目瞭然だ。

 

 そして、その踏まれ出来た道に沿って進んで行くと、誰かの気配が有った。

 俺たちは互いに目を見合わせ、そのアイコンタクトだけで認識を交わす。

 身をかがめて、息を殺し、木の影へ。


 そして、木の影から気配の正体を探る。すると、そこに居たのは――。

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