#017 更衣室の視線⑤
俺と
そこに居たのは――、
「……ねえ、
来海がややげんなりとしながら問うて来る。
俺は溜息と共に答える。
「そうだな。端的に一言で表すとすれば――“変態”だろうな」
草葉の茂みと木々を分けた先、そこにはそこそこの開けた空間が在った。
そして、その空間に居たのは一人の男だった。
彼こそが
男はやや小太りで頭髪は短め、俺たちと同じ六専学院の制服である学ランを着ている。
まあそれだけであれば普通の男子生徒なのだが、その恰好がなんとも珍妙。
男はダサいバンダナで目隠しをして、横向きダブルピースを目元に構え、虚空に向かってまるで目からビームを発射しているの様なポーズをしている変態だったのだ。
こんな変態的な恰好をしている男が戦線メンバーなはずも無い。
よく耳をすませば、小鳥の囀りや木々が風に吹かれて枝葉を揺らす心地良い音に紛れて、男の声が聞こえて来る。
「はああああぁぁぁぁ~~~!!」
小さく、気合の掛け声の様な奇声を発している。
しかし、そのバッチリと決まったポーズに反してビームが発射される事は無い。虚しく林にその声が薄っすらと響くのみ。
俺と来海は目を見合わせる。
「……どうする?」
「どうするって、あなたの話だと、アレが視線の正体――つまり、覗き魔なのよね?」
俺は首を縦に振り頷く。
「まあ、そうなるな。おそらくあいつは今何らかのスキルを使っているはずだ。見ろ、あいつの目からビームの先――」
「め、目からビーム……?」
おっと、俺の勝手な呼称が漏れ出てしまった。
まあ伝わるだろうと、咳払いで誤魔化しつつそのまま続ける。
「ともかく、だ。あいつの視線の先」
俺の指す方を、来海も見る。
頭の中で特区の地図を思い浮かべているのか少しの間の後、合点のいった様子で、
「ああ、そういう事ね。あの変態の視線の先には――校舎があるわ」
と、答えた。
さすがエージェントらしく、頭の回転も悪くない。
俺は首肯する。
「来海が持って来てくれた
と、言いつつ、周囲一帯の情報をより詳細に取ろうと視線を動かしかけた、その時。
来海が動いた。
「ちょっ――」
俺の制止も間に合わず、来海は変態目からビーム男に組みかかる。
「観念しなさい! 覗き魔!!」
「な、なんでござるか、お主!? 誰でござるか!?」
そのまま地べたに押し倒されたビーム男は、目隠しをしている所為で状況も分からないまま、ばたばたと抵抗している。
さすがにそのままにはしておけないので、俺も遅れて飛び出した。
「ストップ! ストップだ来海! 離してやれ!」
「離したら逃げられちゃうじゃない」
そう言いながら、来海は今にも手に持った蜂の針――麻痺毒をたっぷりと塗ってある愛用のクナイをぶすりと刺してしまいそうだ。
俺は来海の下敷きになっている男に話しかける。
「そこの目からビーム!」
「ぬ! 拙者の事でござるか!?」
ええい、キャラが濃い。どうして目からビームと呼ばれてこいつは即答出来るんだ。
しかし、今は気にしてられない。
「話が有る。何もやましい事が無いなら、俺たちは何もしない。だから、逃げるなよ?」
「いきなり押し倒して置いて、何もしないとはこれ如何に……」
「……それ以上は、何もしない。OK?」
「……おーけー、でござる」
ビームマンは渋々承諾し、身体から力を抜いた。
それを見て、来海も拘束を解き、上から退く。
俺は大きな溜息と共に、ダブルピースマンに手を差し伸べる。
「ほれ、悪かったな」
しかし、おろおろと目隠しをしたまま視線を彷徨わせて、その差し伸べた手は取られない。
バンダナ目隠し男はおずおずと答える。
「うむ……。しかし、少し待ってほしいのでござる。今、“地面の中”しか見えていないのでござるよ」
一段落して、俺たちはその場で石を積んだ上に木の板を置いた机を囲み、切り株の椅子に腰かけて向かい合った。
俺は推定覗き魔の男を睨みつける来海を他所に、この空間の様子に興味津々だった。
石を積んだ上に木の板を置いた手作りの机と、切り株の椅子。
奥には木々の枝に端を引っ掛けたビニールシートの屋根。その屋根には葉っぱや枝はを乗せてカモフラージュがされている。
その屋根の下には、大きなバスタオルを敷いた横に慣れる程のスペース。
鍋やガスコンロも置かれていて、俺たちはそれで珈琲を入れて貰って、机の上にはスチール製のカップが3つ置かれていて、湯気を立てている。
ああ、間違い。
ここは、男のロマン――秘密基地だ!!
目からビーム男はカップにふうふうと息を吹きかけて、熱々の珈琲を一口啜ろうとしてから、結局熱すぎて飲めず諦めて机に置いて、それから口を開く。
「それで、お主らは何なのでござる? いきなり押し倒されて――いや、
言いかけた男の顔の横を、物凄い勢いで小石が飛んで行き、後ろの樹の幹にめり込んだ。
来海の
驚異のコントロール力で、男に傷1つ付けないギリギリの距離感だ。
全く、怒っていても苛々していても、感情の起伏に影響されてスキルのコントロールが寸分も狂わないというのがどれ程凄い事か……。
男は「ヒイッ!?」と情けない声を上げて、固まってしまった。
放っておくと埒が明かないので、ひとまず俺が話の主導権を取る。
「とりあえず、自己紹介でもしようか。俺は一年の
隣に座る来海に睨まれた気がして、慌てて言い直す。
流れのまま苗字で紹介しそうになったが、そう言えば彼女は苗字で呼ばれる事を嫌っているのだった。
どうして俺が上級生の女子を名前呼びしていたのだろうと思い返してみれば、そんな理由だったのだと思い出す。
バンダナを額に上げたダブルピースマンも続けて名乗る。
「拙者はハヤシシゲル、火室殿と同じで一年ござる。というか、確か同じクラスでござるよ?」
「え、マジ……?」
思い返してみるが、愛一以外のクラスメイトの顔が一人も出て来なかった。
俺が普段どれだけ他人に興味を示していないのかがよく分かる。だから友達が居ないのだと言われれば、頷くしかない。
「……あなた、どうしてこんなにキャラの濃い男を覚えていないのよ」
と、来海からも刺される。
「いやなに、普通の名前だったから、印象に残らなかったんで、ござるよ?」
全く言い訳のしようも無いのだが、一応適当な事を言って誤魔化す。語尾が移ってしまった。
すると、ダブルピースハヤシは不思議そうに、
「火室殿は本当に拙者の事覚えていない――というか、全く知らんのでござるな。ほら」
と言って、自分の学生証を取り出した。
そこには、バンダナをしたまま写る彼の顔写真と、名前の欄には“林森森”と書かれていた。
……え?
「名前も、普通なのは読みだけでござるなあ」
どこか誇らしげに、
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