#018 更衣室の視線⑥

 クラスメイトの林森森はやし しげると遅すぎる初めましてをしたところで、話は本題に。


「それで、お前はこの秘密基地を――痛え!」


 来海に足を踏まれる。


「違うでしょ。問題なのは、彼がここから覗きなんてしていたという事よ!」


 びしっと、来海は林殿はやしどのに向かって指を指す。

 しかし、林殿は慌てて頭を振る。


「先程から来海くるみ殿は人を覗き魔だと決めつけているでござるが、拙者には何の話だか、さっぱりでござるよ」

「じゃあ、あなたはここで何をしていたのよ! 女子更衣室で視線を感じるって、バレー部の子達が困ってたのよ!」

「じょ、女子更衣室……?」


 ふむ。やはり林殿は何も知らない様子だ。

 そのままやったやってないの平行線の問答になりそうだったので、俺は間に割って入る。


「待った、来海。林殿は嘘を吐いていない」

「……その“殿”とか“ござる”って何よ……いえ、まあ、いいわ。じゃあ、何? 彼が幽霊でも覗き魔でもないのなら、戦線メンバーだって言うの? 確かに潜伏するには持って来いの生活空間みたいなものはあるけれど――」


 来海はじろりと林殿を睨む。

 潜伏出来そうな空間にはなっているが、奇声を発しながらダブルピースで目からビームのポーズをしている訳が無い。それはそう。

 いや、それも含めて全てがフェイクで本当に林殿がスキルホルダー解放戦線のメンバーだった場合、もう完敗で良いだろう。

 しかしその心配も無用というか、林殿は戦線メンバーという単語にもピンと来ていない様子だ。


 林殿は教師に当てられた時の様に、挙手して答える。


「拙者は、この秘密基地でスキルの特訓をしていたのでござる」


 来海はやはり信じられないと突っかかる。

 

「特訓? 覗きの言い訳じゃなくて?」

「滅相もござらん! 女子の着替えを覗くなど、紳士の風上にも置けぬでござるよ」

「じゃあ、あなたのスキルって? 見せて貰おうじゃないの」

「うぅむ……」


 すると林殿は渋々と立ち上がり、額に上げていたバンダナを降ろし、また自分に目隠しをする。

 訝しむ来海を他所に、そのまま例のポーズ――つまり、目元で横向きダブルピースのポーズ。


「はああああぁぁぁぁ~~~!!」


 そのまま、奇声と共に俺たちの方へ目からビームを飛ばす。

 比喩表現ではない。林殿の目からは、“視線という名のビーム”が飛んで来ていたのだ。


 予想はしていたが、俺も少し驚いた。

 

「これは、あの更衣室前で感じたのと同じ……」

「やっぱり、あなたの仕業じゃない!」


 来海はその視線のビームから逃れる様にガタリと切り株の椅子から立ち上がり、自分の身を抱くようにして身体の前で腕を組む。

 しかし、来海が思っている様な事は起こっていないだろう。きっと林殿の視界には来海も俺も映ってはいない。

 

 ピースは揃っている。


 林殿が最初にビームを送っていた報告は、学院の校舎――更衣室のある方向。

 更衣室前で感じたものと同一の視線のビーム。

 林殿はこの秘密基地でスキルの特訓をしていた。

 押し倒された林殿は“地面の中”しか見えていなかった。


 俺は口を開く。

 

「――林殿のスキルは、“遠隔透視”だな」


 林殿は頷く。


「で、ござる。もっと言えば、“出力が強すぎる遠隔透視”なのでござるよ」

「どういう事よ?」


 まだいまいち要領を得ない来海に、俺は説明する。


「遠隔透視――普通の透視や千里眼とも同一視されやすいが、少し違う。視線上にある物を透過して、その先の奥の、より遠くに有る物を視認する事が出来る超能力スキルだ」

「じゃあ、やっぱりその透視能力で更衣室を覗けるじゃない」


 まあ、そうなるよな。

 ただこれは、同じく一般生徒っである俺には分かる事だ。


「多分なんだが、林殿は透過して見たい対象のコントロールが効かないんだ。さっき言っていただろう、“ここでスキルの特訓をしていた”と」


 林殿はうんうんと激しく首を縦に振る。


「そんなの、信じろって?」

「出力が強すぎてコントロール出来ないスキルっていうのは0か100――つまり、蛇口を少し捻ると激しく水が噴き出す様な物だ。

 さっき取り押さえられた時も、林殿は“地面の中しか見えていない”と言っていた。それは来海に突然襲い掛かられた動揺から感情が高ぶって、つい遥か遠方まで見通してしまったからだ。

 目隠しとしてバンダナをしていたのも、多分見え過ぎない様にする為だよな?」


 俺が問えば、林殿は肯定する。


「そうなのでござるよ。ただ、これも気休め程度でござる。今の拙者だと“全く何も透視出来ない”か、“島の端の方までスケスケにしてしまうか”の二択で、丁度良い塩梅に出来ないなのでござるからして……」


 しおしおと、少し悲しそうにそう語る。

 来海は渋々ながら、理解を示した様子。しかしそのまま念のためと言った風に、更に重ねて問う。


「本当に、更衣室を覗いていた訳じゃ無いのね?」

「も、勿論でござる。神に誓って、そんな気は毛頭ござらん! しかし、もし拙者のスキルで迷惑を掛けていたのであれば、それは大変申し訳ないでござる。謝るでござる。もうあちらの方へ向かって練習はせぬでござるよ!」

「そう、なら良いわ。悪かったわね。バレー部の子達には私から適当に上手く説明しておくわ」

「かたじけないでござるぅ……」

 

 やれやれ。更衣室の視線事件は一件落着だろうか。

 その正体は幽霊でも戦線メンバーでも無かったが、まあしかしバレー部諸君の学院生活に平穏が訪れるのであれば、良かったと言えるだろう。

 

 それにしても、今回の一件、来海一人ではなく俺が居て良かったと心底思う。

 もし仮に来海が一人でここへ来て林殿を見つけた場合、彼はそれこそ覗き魔として突き出されていた事だろう。

 

 しかし、来海が理解しにくいのも無理はないのだ。

 来海は完璧と言って良い程にスキルをコントロール出来てしまっている。我々一般生徒の様にスキルの扱いに悩み苦しむという事自体、彼女にとっては日常とは少し遠い所にあるのだ。

 しかし誰が悪いとか誰が間違っているという話ではなく、我々一般生徒とエージェントたる来海の生きて来た人生の道が違っていたというだけの事。


 

 その後も、何となく俺たちは林殿の秘密基地で珈琲と菓子を頂きつつ談笑していた。

 捜査も終わり、俺の興味は終始秘密基地に向いていた。


「林殿、この秘密基地はいつからここに?」

「フフフ、火室かむろ殿も男子でござるなあ。実はでござるな、これは拙者が友人たちと幼少の頃に作ったのでござるよ」

「ほうほう。じゃあ、ここを知っているのはその友人たちも」


 すると、林殿の表情が少し陰る。


「……のでござるが、実は過去に仲違いしてしまってでござるな、その、もうここに足を運ぶのは拙者ただ一人なのでござるよ……」

「そうだったのか、それは何とも、寂しいな」

「で、ござる。して、火室殿には是非、今後も足を運んで欲しいのでござる!」


 つぶらな瞳をキラキラとさせながら、そんな事を言って来る。

 俺と林殿はそのまま握手を交わす。


「良かったじゃない、友達が出来て」


 来海は興味無さそうに片手でスマートフォンを操作しつつ、もう片手で菓子を摘まんでいる。

 そしてまた袋の中の菓子へと手を伸ばそうとして、そのまま袋の中を弄って、ひっくり返して上下に振る。

 どうやら、全て食べてしまった様だ。

 三人で一袋を食べていたのだから、思っていたよりもすぐに無くなってしまったのだろう。


 林殿が口を開く。

 

「ああ、申し訳無いでござる。それが最後の一袋なのでござるよ」

「別に、構わないわよ。食べちゃってごめんなさい」

「それは全然。友人たちに食べてもらえるのなら、お菓子も喜んでいるでござるよ」


 それはどうだろうか。非捕食者側は嬉しくないと思うが。


「しかしでござるな、間が悪かったのでござるよ。本当はもっと沢山クーラーボックスの中に備蓄があったのでござるが――」

「全部食べてしまったのか?」

「違うでござる! 確かに少しふくよかな成りをしてはいるでござるが、そこまで食い意地が張ってはござらんよ! ただ、少し前に備蓄していた菓子がごっそり無くなった事がありましてな」

「ああ、それで間が悪かったと」

「で、ござる。ま、きっと野生動物が来て食べてしまったのでござろうな! ハハハハ!」


 俺と林殿がそう談笑している横で、その話を横で聞いていた来海がスマートフォンから顔を上げた。

 どうしたのだろうか、少し難しい顔をしている。


「……ねえ、そのお菓子が無くなったのって、つい最近?」

「そうでござる」

「もしかして、“不審船が漂着した以降の事”だったりするかしら?」


 すると、林殿はまるで今気付いた様に声を上げた。


「おお! そうでござる! 確か、夜間外出禁止の話が出た直後くらいでござっ、た……で、ござるで、ござるが……」


 途中で質問の意図を察したのか、次第に言葉尻は萎んで行く。

 なるほど。俺も問うてみる。


「そのお菓子が無くなった日、菓子の袋や食べ散らかしたゴミなんかは落ちてたか?」

「……落ちて、無かったでござる。綺麗さっぱり、ごっそりと……」

 

 やがて、溜息混じりに来海が言った。

 

「運が良かったわね、林君。でも、しばらくこの秘密基地には一人で来ない方が良いかもしれないわ」

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