#Another side コードネーム:ウォールナット
更衣室の視線事件を解決した、その晩の事だ。
六専学院高等部二年、
来海は寝巻に身を包み、風呂上りの身体からは白い蒸気が立ち上っている。手元のテーブルの上には紅茶が一杯。
通話の相手は直属の上司であり、組織のトップ、“ボス”だ。
「――こちらウォールナット、定期連絡よ」
『こちらボス。いつもご苦労。それで、進展はあったかな?』
「早速だけど、1つ」
『ほぉう。さすが来海ちゃんだねえ、優秀だ』
またしても、コードネームではなく名前で呼ばれて来海は少しむっとした。
今は仕事の連絡の最中だ。いつまでも近所のおじさんの様な扱いをされては他のエージェントにも示しがつかない。
いつもの様に訂正を入れる。
「ウォールナット!」
『あー、ごめんねえ。それでそれで? 何が分かったのか、おじさんに聞かせておくれよお』
全く改善する気ではないボスに半ば呆れて大きな溜息吐きつつも、仕事なのでと来海は報告を続ける。
「……報告よ。スキルホルダー解放戦線、その潜伏メンバーの物と思われる形跡が見つかったわ。場所は学院の裏手に有る山、その中腹程に位置する林の奥に作られた秘密基地ね。
六専学院一年、
一息で来海が報告を終えると、電話口の向こうからボスの考え事をするような感嘆が聞こえて来る。
一拍の間の後、再びボスの声。
『なるほどねえ。潜伏メンバーが食うに困って、見つけたお菓子を食べちゃったって推理かな』
「そうね。野生動物の仕業の場合、菓子類のゴミが散乱しているでしょうけど、そういった形跡も無く、袋ごと持ち去られていたわ」
『まあ、他の生徒って可能性も無くは無いけど、特区の学生なら、その辺に置いてあるお菓子を全部持って行っちゃおうなんて食い意地張ってないよねえ』
「私もそう考えているわ。放置されている菓子なんて何が入ってるかも分からないし、仮に手に取ったとしても1つか2つでしょう」
『そうだねえ。まあ確定とはいかないまでも、時期的にも充分そうだろうとして捜査を進めて良いと僕も思うよお。じゃあ、その辺りの監視カメラの映像を重点的に拾っていって貰うよう、情報班に指示を出しておくねえ』
「ええ、お願いするわ」
一区切りのタイミングで来海は紅茶を一口含み、殿を潤す。
『じゃあ、報告は以上かなあ。お疲れさん』
「あ、最後に1つ」
電話を切ろうとするボスを、来海は引き留める。
『なんだよお。おじさんと長電話しても楽しくないでしょお』
「仕事の話よ!」
『はいはい。それで?』
「――
電話口の向こうで、ボスが息を呑んだ様な気がした。
『ローゲがどうかしたのかい? 彼は上手くやってる?』
「ええ、それなりに。でも、彼と共に行動するに当たって、私は知らない事が多すぎるわ。例えば――“彼のスキル”について、とか」
ボスは言い淀む。
『それはさあ……ほら、本人に直接聞いてみると良いんじゃないかなあ』
「彼は答えてくれないわよ、多分」
学院のスキルホルダー同士、自分の強みであると同時に弱点にもなり得るスキルを敢えて他人にひけらかす事は無い。
そんな暗黙の了解は勿論だが、桐裕の普段の様子から、彼はどこか自分のスキルに自信が無い――もしくは、何か裏が有るのではと来海は踏んでいた。
来海の知る限り、火室桐裕が自分の前でスキルを使ったのは、ただの一度切りだ。
渋るボスに、来海は言葉を重ねる。
「MGCでの一件で彼はスキルを使用していたわ。煙幕越しではっきりとそれを視認する事は出来なかったけれど、間違いない。“彼はスキルで銃弾を防いでいたわ”。私はその発砲音を聞いた。でも、その放たれた銃弾が彼に届く事はなかったわ」
『それは、まあ報告書にも上がってた内容だねえ』
「ボスは初めから彼を買っていた様だったから、きっとそのスキルの正体が何なのか、知っているのよね」
『……まあ、ねえ』
「彼は自分のスキルに自信が無い――様に思うわ。でも、強力なスキルである事は疑いようも無いわ。なら、共に行動する私もそれを知っておくべきだわ。折角切り札を握っているのに、それを適切な場面で切れない様なら、その所為で今後の任務において機を逃すかもしれない」
来海はそう圧を掛け、ボスに詰め寄る。
一拍置いた後、電話口の向こうから大きな溜息が聞こえて来た。
そして――、
『はあ。これを僕が喋ったって事は、ローゲには秘密だよ――』
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