#019 明滅する幽霊①

 空振りに終わったかと思われた更衣室の視線事件は、最後に新たな展開を見せた。

 菓子を盗み出したのが戦線メンバーという可能性が浮上したのだ。

 現場の調査をしたが、少し前の事だったのもあり、既に片付けてしまっていて、有力な手掛かりは見つからなかった。

 しかし、この周辺に“菓子を盗み出す必要のあった何者か”が潜伏している事は、間違いないだろう。

 ともかく、一度この件は持ち帰り、更なる調査を進める必要が有る。


 そして事件の顛末。依頼主であるバレー部員、月乃峰には来海が説明したらしいが、なんと言ったのかまでは俺は知らない。

 幽霊を退治したとでも言ったのかもしれないし、やっぱり施設自体気のせいだったから大丈夫と言ったのかもしれない。

 どちらにせよ、もうあの視線のビームを感じなくなったのであれば、時期に記憶も風化し、忘れて行く様な事だろう。


 あとは、この一件を通して、俺に新たな友人が出来た。林森森はやし しげる殿。

 朝クラスで会えば挨拶をするし、休み時間に気が向けば適当に談笑するし、偶に一緒に飯を食う。それくらいの気安い関係に落ち着いた。

 一度だけ、もう一人の友人である愛一あいいちにも紹介しようと一緒に昼飯に誘ったが、愛一には「男ならパス」だとかで断られてしまった。

 林殿は乗り気だっただけに少し残念ではあったが、まあしかし、無理してその気の無い友人同士を会わせる意味も無いので、俺も一度断られれば無理強いもしない。



 それから、不審船の漂着時に六専特区に入り込んだという潜伏メンバーについて、進展も無いまま数日が過ぎた。

 ある夜の事だ。

 俺は風呂を上がり、さて読みかけの本でも読もうかと思っていたところ、机に置いていたスマートフォンが震える。

 バイブレーションがすぐに止む事は無かったので、誰かから電話がかかってきた様だと分かる。俺は大体いつもマナーモードにしている。

 

 誰だろうか――と言っても、俺に連絡してくる様な相手は限られている。

 スマートフォンを手に取って画面を見て見てみれば、そこには“林殿”と表示されていた。

 時計を見れば、20時半頃。電話をしてくるのは初めてではないが、こんな時間にというのは意外だった。


 電話を取る。


「もしもし?」

『おー、もしもし、火室かむろ殿。いやー、夜分遅くにすまぬでござる。今、寝ていたでざるか?』


 電話口の向こうからはいつもの調子の林殿の声が聞こえて来る。


「いや、本でも読もうかと思っていた所だ。というかその彼女と寝落ちもちもちの導入みたいなのやめろって」

『すまんでござる、つい』

「それで、どうかしたのか?」

『いやはや、実はですな、お恥ずかしい話なのでありますが……』


 やけに勿体ぶるな、俺は早く本の続きを読みたいのだが。


「よし、切るぞ」

『ええい、待たれよ! 実は、こんな時間に小腹が空いたものの冷蔵庫に何も無く、コンビニに行きたいのでござるよ!』

 

 勿体ぶった割には、本当にどうでもいい話だった。

 小腹が空いたという林殿の言葉に、裏山の秘密基地での一件を思い出す。お菓子を沢山買い込む姿が目に浮かぶようだ。


「はあ。別に好きにすれば――」


 と、言いかけて、何故林殿がわざわざそんな事で俺に電話して来たのか、その理由に思い至る。


「――って、そうか」

『で、ござる。今は夜間外出の制限が出ているのでござるよ』


 今月の上旬から、六専学院の生徒には20時以降の夜間外出の制限が出ていた。

 理由は離島である特区の裏手にある海岸に、不審船が漂着したからだ。

 

 元はもしその船に危険人物が乗っていた場合の為の措置という話だったのだが、俺はその不審船に乗っていたのがあのMGC本社ビルを襲撃した“スキルホルダー解放戦線”のメンバーなのではないかという話をS⁶シックスのエージェントとして聞いて知っている。

 あの時の戦線メンバーは銃火器を携帯していた。つまり、ちゃんと危険人物だ。

 教師陣はこの一件がスキルホルダー解放戦線絡みだという事までは知らないだろうが、夜間外出の制限自体は学院の上層部にS⁶の働きかけが有ったかもしれない。

 

 ともかく、そんな事情を知らなければこの林殿からの要請にも「1回くらい大丈夫だろ、勝手に行って来いよ」とでも言えたのだが、如何せん実際に危険を孕んでいると知ってしまっている以上、無下には出来ない。

 それに、林殿が折角律儀に“どうしても外出の必要がある場合二人以上で行動すること”というルールを守って俺を頼ってくれたのだから、応えてやらねばなるまい。友人としても、エージェントとしても。


 俺は答える。


「分かった、行こう」

『おお! 本当でござるか!』

「俺も丁度、読書のつまみに何か菓子でも欲しかったところだ」

『かたじけない! すぐに準備するでござる』

「ああ、そっちのロビーで待ち合わせで」


 俺は電話を切って、スマートフォンをポケットへ。

 適当に椅子に掛けてあった上着を羽織って、家を出た。


 俺たち六専学院の生徒は、基本的に寮暮らしだ。

 小等部までは集団生活中心の二人部屋だが、中等部からは豪勢に一人一部屋、マンションの一室が与えられている。

 だから、俺はこの部屋で暮らしてもう四年目だ。

 

 基本的には年齢順に、高等部の生徒は第一寮から第三寮に、中等部の生徒は第四寮以降にまとまって入居している。

 一部空き部屋で中等部の生徒が第一寮に居たり、編入の関係で第四寮以降に高等部の生徒が居たりはするが、概ね学院に籍を置いた順になっている。

 俺の部屋は第一寮の2階で、林殿は第二寮だ。

 

 俺の部屋が第一寮に有る背景には、1つ上の今の高三の世代がスキルホルダー第一世代というのが有る。

 当時はまだ先天性第六感症候群という病があまり正しく認知されていなかった。

 つまり、自分はスキルホルダーだと名乗り出て特区に保護されるというだけで、まるで犯罪者バケモノ扱いされるという様な当時の時代背景も有って、第一世代のスキルホルダーは未だにその事実を隠して本島で生活している人も少ないくない。

 

 もっとも、今でも本島へ行けばまだそういう偏見の目を向ける人だって居るが――というか、スキルホルダー解放戦線なんて馬鹿な事をやっている奴らが居る所為で、そういう偏見の目が無くならないのだ。

 彼らの活動は自分たちで自分たちの首を絞めていて、“スキルホルダーの解放”という活動目的と乖離している様に思う。

 その点、組織のトップはどういう方針を取っているのか不思議でならないが。

 

 ともかく、つまり第一世代の生徒は以降の世代よりも少し在籍人数が少ないので、二年ではあるが俺は繰り上がって第一寮に在籍している。

 ついでに、法則通りならこの時期に編入してきた来海は、おそらく第六寮辺りに居るんじゃないだろうか。


 そんな訳で、俺は自分の寮を出て、隣の第二寮のロビーへと向かった。

 四月に入ったとは言っても、まだ肌を撫でる夜風は冷たい。

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