#020 明滅する幽霊②

 第二寮のロビーには、既に林殿の姿があった。

 元々ふくよかな体躯がダウンジャケットで着膨れして、遠目で見るシルエットは更に大きく見える。

 彼のトレードマークたるバンダナも、いつもの様にきちんと額に――と思ったら、あれはヘアバンドだ!

 いつもの派手めでちょっとダサいバンダナではなく、白くてもこもこで可愛いらしい、女子が付ける様な風呂上がりにするタイプの、ちょっと洒落たヘアバンドを付けていた。


 俺は開口一番、それに触れずにはいられなかった。

 軽く手を挙げて挨拶の代わりとしつつ、声を掛ける。

 

「いいもの持ってるな」

「お、火室かむろ殿! これの事でしたら、これから行くコンビニに売っているでござるよ」


 そう言って、親指でヘアバンドを引っ掛けて、バチンを額に当てた。



 辺りはすっかり真っ暗だが、街灯の灯りが明るく道を照らしてくれている。

 数分歩けば、すぐにコンビニに到着。

 しかし俺も林殿も風呂上りに夜風を浴びるという愚かな行為に及んでしまった所為で、すっかり身体は冷えてしまった。

 

「うぅ……、寒かったでござる」

「帰ったらもっかい風呂入るか」

「ござる」


 そんな話をしながら、店内を物色。

 林殿は幾つかのスナック菓子の袋と、プリンやケーキ、ジュース、その他色々をすぐにカゴの中を山盛りにしていた。

 まあ、まさか一晩で食べてしまう訳ではあるまい。

 

 俺もポテトチップス辺りを適当に買って、レジへ向かう。

 レジ奥には大人の店員が一人居るだけで、レジも全部セルフ式の、カゴを台に置くだけで勝手に中身を認識してモニターに料金が表示される仕組み。つまり今の彼の仕事はレジ横のホットスナックを取り出す事くらいだ。

 なので、俺はその店員さんに肉まんを2つ注文して仕事を増やす。すぐに小さな返事と共に、俺の元へ2つの包みが提供された。

 特区内専用の電子マネーで手早く会計を済ませて、先に買い物を終え雑誌コーナーで立ち読みをしていた林殿の元へと向かう。

 

「林殿、お待たせ」

「む、では戻るでござるか」


 店の外に出てから、俺は肉まんを1つ林殿へと放り渡し、自分の分も封を開ける。


「ほい。寒いし食べながら帰ろうぜ」

「おお、悪いでござるな。では、拙者からはこれを――」


 と、何故かお礼にチーかまが渡された。

 無言で受け取って、そのまま手首のスナップだけで林殿の袋にシュート。見事ゴールイン。


「ああっ! なんでっ!」


 林殿の声が虚しく夜に響く。いや、要らん要らん。


 

 二人で肉まん片手にだらだらと歩きながら、帰路に付く。

 一口齧り付けば、白い蒸気が夜空に立ち昇る。

 そうしてコンビニから寮までの道を歩いていた、その時だった――。

 

 静かな夜。二人の足音。チカチカと、街灯が明滅。

 林殿の口から白い蒸気が昇る。林殿はその蒸気を視線で追って、その視線は道を照らす街灯の上で、ぴたりと止まった。

 そして――、


「か、火室かむろ殿!! あれ!!」


 と、街灯の上に指を指す。

 その興奮した声色で、ただ事ではないと察して俺も刺す方を見る。


 白。――白い何者かが、そこに佇んでいた。

 

「――白い、幽霊!?」

「ござる!!」


 噂の白い幽霊、そう表現するのが最も適切だと言える存在が現れたのだ。

 その幽霊は俺たちの存在に付いたのか、一瞬だけ首を捻ってこちらを窺う。そして、再びチカチカと街灯が明滅。

 それと同時に、幽霊の姿もチカチカとその輪郭ブレさせる様に明滅。

 そして――、


「消え、た……?」


 一瞬の間。タンと軽く跳んだかと思うと、その瞬き程の僅かな間に、俺たちの目の前から白い幽霊は姿を消してしまった。

 

 事態を呑み込めず、静かな夜の道に、二人はしばらく呆然と立ち尽くす。

 やがて、手に持った食べかけの肉まんは冷めてしまっていた――。

 

 

 翌日、部室。


「――って事が有ったんだ。あれは間違いなく幽霊だった」


 と、俺は昨晩の出来事を来海くるみに話してやった。

 俺の話を聞き終えると、来海は呆れた様に溜息交じりに口を開く。


「……あなた、幽霊なんて信じていないんじゃなかったの?」

「それはそうなんだが、しかし実際この目で見た訳で……」

「裏山の幽霊も、林君――つまり、スキルホルダーだったわ。なら、その幽霊だって、何らかのスキルで幽霊に見えていただけじゃないの?」


 ふむ。林殿と一緒に実際にこの目で見て、その興奮したテンションのまま来海に話してしまったが、確かによく考えればその方が倫理的だ。

 冷や水を掛けられて冷静になってきた。

 

「だとすれば、あの幽霊は夜間外出の制限を破ってまで、スキルを使っていた事になるな」


 来海と視線が合う。

 重ねて問う。


「何をしていたんだと思う?」

「――つまり、あなたはこう言いたい訳ね。“幽霊の正体はスキルホルダー解放戦線メンバーの可能性がある”、と」


 俺は首肯する。


「ああ。夜中に一人でこそこそと不審な動きをしている、学生寮の近くに出没している、この二点だけでも疑う価値は有るだろう。それに、裏山に痕跡が有ったんだ。こっちまで移動して来ていても不思議じゃない――」


 学院の裏手にある山で痕跡が見つかった以上、そこから近い学生寮のマンションに出没する可能性もゼロではない。

 と、そこまで考えてもう1つの可能性に思い至る。


「――いや、そうだ。学生寮の周囲をうろついていたという事は、生徒の中に戦線の内通者が居るという事の証左じゃないか」


 そこまで言えば、来海も俺の言わんとするところを理解した様だ。表情が険しくなる。

 俺は続けて、推測を述べる。


「不審船の乗組員だった戦線メンバーは、戦線の内通者である生徒の部屋を拠点としていて、何かしら事を起こす為、外出の制限に乗じて夜間に行動している」

「なら、寮の部屋を片っ端から家宅捜索――と、いう訳にもいかないわね」

「数が多すぎるな。そんな事やってると途中で勘付かれて逃げられるだろうし、何より一般生徒にはそんな許可が下りない。勝手に忍び込む訳にも行かんだろう」

S⁶シックスの力を使って裏から動いて――というにも、ちょっと規模が大き過ぎるし、あまり事を荒立てるのも良くないわ」

 

 では、どうするか。

 自ずと最終的な結論は決まった。


「――張り込みだ。同じ時間、同じ場所で、待ち構えていれば、もう一度奴に遭遇するかもしれない」


 学生寮の一室を拠点としている、目的を持って夜間に行動している、という推測が正しいのならば、必ず奴はまた現れる。

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