#015 更衣室の視線③
俺は自分のクラスに戻り、ある人物の姿を探す。
ざっと見たところ、用のある相手は見つからない。
「流石に、もう帰ったか……」
出直すか、と思い振り返ると――、
「おっと」
「わあっ!」
丁度誰かが教室に入ろうとしていたのか、振り返った拍子にぶつかってしまった。
ぶつかった相手は一、二歩ほど後退した後、顔を上げた。
「ごめんなさ――って、なーんだ、
「なんだとはなんだ――って、そうじゃない。お前を探していたんだ、
くすんだ草色の髪の男。憎たらしい程に顔立ちの整った、いかにも女にモテそうな可愛い系男子。
しかしナイスタイミングだ。丁度探していた人物、愛一とぶつかった。
「え? 僕を? 最近女に現を抜かして、お昼も一緒してくれない桐裕が?」
「うぐ……。それは悪いと思っているが、しかし別に
「へえ、来海ちゃんって言うんだ。名前で呼び合うなんて、そういう仲だって言ってるようなもんだぜ?」
ああ言えばこう言う。本当にこいつは……まあいい。
このまま茶化されていると愛一のペースになってしまうので、俺は無理やり話題を打ち切る。
「それより、ちょっと聞きたい事が有るんだ」
「ふぅん。ま、いいよ。じゃあ、廊下で立ち話もなんだし――」
「ああ。ジュース一本くらいなら奢るぞ」
「やった、そう来なくっちゃ!」
俺たちは途中の自販機でジュースと、何故かアイスまで買わされて、中庭へ。
丁度木陰のベンチが空いていたのでそこに並んで座り、缶ジュースを脇に置いて、溶けない内にまずはアイスを舐める。
俺は普通のバニラで、愛一はチョコミントだ。
愛一は機嫌良さ気に一口、アイスを口に入れてから口を開く。
「それで、聞きたい事って何の話? それこそ、件の来海ちゃん絡みかな?」
「まあ、そんな所だ。実は――」
と、俺はまず愛一に事前情報として、今置かれている事情を説明した。
勿論秘密組織である
合法的に個室運用していた文芸部が来海の襲来で、安寧の地では無くなってしまったという事。
そしてその流れで来海の奉仕活動の様なあれやこれやを手伝う事となり、今は女子更衣室の視線について調査しているという事。
更衣室で感じると言う視線と同じ物を廊下でも感じたという事。
そして――、
「――それで、聞きたい事っていうのは、その更衣室前の廊下から見える“山”についてだ」
「山? その話からどうして山の話になるって言うんだ。来海ちゃんと登山デートでもするのかい?」
愛一はまたからかって来る。
全く、しばらくこうやって弄られ続けるかと思うとげんなりして、俺は口に含んでいたバニラアイスを飲み込んで、もはや投げやりに答える。
「だからそういうんじゃ――いや、まあ場合によってはあいつを連れて登山する事にはなるんだろうが。しかし、そういう話じゃない。
あの山について、正確には例の“白い幽霊”があの山でも確認されていないか、そういう類の話が知りたいんだ。そういうのはお前、詳しいだろ」
愛一はチョコミントアイスの最後の一口、コーンの先を口に放り込んで答える。
「へえ。前に夜の幽霊捜索をしようって誘った時は興味無さそうだったのに、どうしてまた幽霊――いや、そういう事か」
愛一も俺がどういう推理をしているのか分かったらしい。
こういう所の察しの良さは、さすが我が友だ。
「ああ、そういう事だ。で、どうだ?」
「うん、そうだね。あの山って小等部の頃に遠足――まあ、遠出って程じゃないからプチハイキング的な奴だったけど、それで行ったんだよね。懐かしいなあ」
「それは俺もそうだ。それで?」
「それで、幽霊の噂だよね。うん、有るよ」
ビンゴだ。噂好きの愛一の事だ、幽霊絡みの何かが有れば、きっと知っているだろうと思っていた。
俺は先を促す。
「桐裕もご存知の通り、大した高さのある山じゃあない。小学生の遠足で登る程度の山だから山道もちゃんと舗装されているし、運動がてらの軽い気持ちで登って、頂上からの景色を堪能してその日の内に帰れるくらいだ。
それでね、ここからが本題、幽霊の話だ。幽霊を見たのはある男女カップルでね、デートがてらハイキングに行ったらしいんだ。で、談笑しながら舗装された山道を歩いていると、その脇の生い茂った草と木々の先に人影が有った」
そこで、俺は一度話を遮った。
「ちょっと待て。デートでハイキングって事は、それって昼、もしくは遅くても夕方の事だよな。確かに夜に山の上から星空ってのもロマンチックではあるが、今は夜間外出の制限も出ているからな」
「そうだね。桐裕の言う通り、その人影を見たのはまだ日の高い内だったよ。まあ、言いたい事は分かる。昼間に幽霊ってのは確かにミスマッチだけど、それは更衣室も同じさ。まあ、聞いてよ」
愛一は続ける。
「その茂みの奥の大きな人影を見た瞬間、確信した。これが噂の幽霊なんだってね。それで、女の子の方は怖がってたんだけど、男の方は面白がって写真を撮った」
と言って、愛一はポケットからスマートフォンを取り出して、画面に一枚の写真を表示した。
「そして、これがその写真だ」
俺は画面を覗き込む。
確かに、そこには緑の茂みの奥に映る、大きな“黒い”人影が在った。
しかし――、
「――なあ、これ……黒いよな」
「まあ、木の陰になってるからね。暗くはなってるよ」
「確か、お前が最初に話してくれた幽霊って、“白い幽霊”だったよな」
俺がそう話の矛盾を突っつけば、愛一は詰まらなさそうに唇を尖らせる。
「……まあ、そうだね。でも、幽霊だからっていう先入観でどこかで話に尾ひれが付いて白になってたのかもしれないし、それか、白と黒で二人居るのかも」
「それは、まあ分からんな」
と、そこで愛一が手の中のスマートフォンをひらひらとこれ見よがしに揺らしているのが目に入った。
愛一の表情を窺えば、何やらにやにやと嫌らしい目つきでこちらを見ている。
さて、何か面白い事でも有っただろうかと考えてみれば、なんてことは無かった。
「おい、愛一」
「うん? どうしたんだい、桐裕」
「……それ撮ったの、お前だな」
「へへ、バレたか」
全く、くだらない。
そう、なんて事は無い。こいつは会話運びで自分がその男女カップルの男の方だという事を伏せて話し、俺がそれにいつ気付くだろうかとほくそ笑みながら試していたのだ。
愛一が幽霊の写真を持っていたのも、それを自分が撮ったからというだけの事。
ともかく、欲しい情報は手に入った。
俺はアイスの棒を口に咥えたまま、立ち上がる。
「ま、ありがとな、助かった」
「どういたしまして」
「で、その彼女とは上手くやってるのか?」
「ううん。彼女をほったらかして一人幽霊に興奮してたもんだから、愛想尽かされてフラれちゃった」
愛一は本当に何でもない様に、なんの感慨も無くそう言った。
怖がっている女の子の横で、けらけらと笑いながらスマートフォンを構えている愛一の姿が目に浮かぶ。
全く、こいつらしいな。
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