#014 更衣室の視線②

「早かったな」

「ええ。昼休みの時間も有るし、それに、私が見れば一発よ」

「それで、結果は?」


 来海くるみの後ろから、ひょっこりと月乃峰が顔を覗かせる。


「あはは……」


 どこか気まずそうな笑いを見せられ、“まあそうだろうな”という結果を何となく察する事が出来た。

 ともかく、と来海が口を開く。

 

「一旦、拠点に戻りましょうか」


 部室を拠点と呼ぶな、と思いつつも、俺たちは一度文芸部の部室へと戻る事となった。



 月乃峰は自分のクラスへと戻り、部室へと戻って来た俺と来海は会議机を挟んで座る。

 

「で、どうだった?」

「何も無かったわ。視線なんて感じなかったし、カメラも盗聴器も無い。エージェントの私が見たのだから、間違いはないわ。これは戦線絡みじゃ無さそうね」

「まあ、そうだろうな。というか、スキルホルダー解放戦線と銘打って覗きなんてやってたら笑い話だ」


 そう言って、パイプ椅子の背に体重を預ける。


「そうね。でも、例えば隠し部屋への通路が更衣室にあるだとか、窓から見える先に潜伏先が有ってそこから見られている気がするだとか、そういうパターンもあるかもしれないわ」

「でも、隠し部屋も無かったんだろ?」

「ええ、勿論よ。でも、普段るいるいたちが視線を感じるのは放課後よ。盗撮の線は消えたけれど、覗きの可能性はまだ有るわ。もし覗きなんてしている輩がいるのなら、女の敵よ。とっちめてやるんだから」


 しかし、覗きの線はほぼほぼ無いだろうと俺は思っていた。

 六専学院の施設、部屋の構造はどこも一律で同じだ。それは中等部と高等部でも然程変わりはない。

 もし女子の方だけ部屋の構造が違った場合はともかく、俺の知る限り男子更衣室に窓は天井近くに空気の入れ替え用の小さな磨りガラスの物が有るだけで、そこから覗きを働くのは難しい。

 また、更衣室内に潜んでいるのだとすれば、それはすぐにバレてしまううだろう。


 それに、この学院の生徒は皆スキルホルダーだ。

 例えば、バレー部の誰かが精神干渉系のスキル――それこそ、心を読んだりするスキルを持っていれば、天井裏に潜もうがロッカーの中に潜もうが存在を暴かれてしまうだろう。


 俺は来海に問う。

 

「何か策でも有るのか?」

「ひとまず、放課後に部活の助っ人って名目で、いつも着替えをしている時間に私も更衣室を利用してみるわ」

「おとり捜査って事か」

「そ。多分そのままバレー部に顔出すから――報告は明日になるわね」

「おう。じゃあまた」


 その日は、それで解散となった。



 翌日。部室で昼食を食べながら、来海からの報告を聞く。

 

 そう言えば、こいつが来てから愛一あいいちに構ってやれていない。

 あいつは口では色々と言ってはいるが引く手数多な奴なので、元々俺だって毎日の様につるんでいた訳でも無いのだが、だからといって全く相手してやらないのは自分でもどうかと思う。

 唯一の友人に愛想を尽かされない様にその内埋め合わせはしておこうと内心思いつつ、来海の話に耳を傾ける。

 

「じゃあ、取り敢えず昨日の結果を報告するわ」


 と、そんな言葉を枕詞として、来海の話は始まった。


「るいるいが視線を感じると言っていた意味――あれね、よく分かったわ」

「分かったって……つまり、話通り、視線を感じたって事か?」

「ええ。あれは“視線を感じる”としか表現出来ないわ。種も仕掛けも分からないけれど、勘違いや思い込みじゃない……と、思うわ」


 来海は自分でも信じられないと言った風だが、エージェントである彼女がここまで言うのなら間違いはないのだろう。

 つまり、女子更衣室の視線は間違いなく存在した。しかし、その原因を特定する事は出来なかった。と、いう事だ。

 

「まさかとは思うが、“幽霊”だなんて事、無いだろうな」

「それこそまさかよ」

「でも、視線だけ感じるのに、それ以外何も無いんだろう?」

「それは、そうなのだけれど……」


 まあ、俺だって本気で幽霊の所為だなんて言うつもりは無い。

 しかし、来海もそれを強く否定出来ない。そんなオカルト沙汰なのではと一瞬でも思ってしまうくらいに、更衣室には証拠も手がかりも無かったのだ。

 いつもつんとした調子で自信満々といった来海だが、どうやら手詰まりの様に見える。


 そんな来海の様子を見て、再び俺は口を開く。


「しかし、だ。俺も、そしてお前も信じているオカルトが1つだけ有る」


 正確には、元オカルトだ。

 それを聞いて、俺の言いたい事を理解した様だ。来海が言葉尻を取る。

 

「――スキル、って事ね?」

「ああ。ここはスキルホルダーの為の教育機関、六専学院だ」

「私だって、その可能性も考慮して、色々調べたわ。でも、更衣室の中には誰も居なかったし、何も無かった」


 ふむ。俺は一度考えてから、もう一度口を開く。


「更衣室の窓は、あれか。磨りガラスの――」

「ええ。あなたが知っているのと同じだと思うわ。壁の上の方に小さいのが有るだけよ」


 やはり、実質的に更衣室の内側に犯人が潜める場所も無ければ、中を覗くことが出来る隙間も無い。

 なら、可能性が有るとすれば――、


「――外、か」

 


 放課後、俺はまたあの更衣室の前まで来ていた。

 来海はS⁶シックスのデータベースを洗って、覗き行為を行えそうなスキルに当たりを付けると言って、どこかへ行ってしまった。

 なので、今俺は一人だ。

 

 今はもう運動部の生徒たちは着替えを済ませ終わった頃を見計らって来たので、更衣室の辺りに人気ひとけは無い。

 しかし勿論女子更衣室の中へ入る訳にはいかないので、俺はその前の廊下、つまり更衣室の外を調べてみる。

 

 一歩、二歩とゆっくりと歩いて、怪しい箇所は無いかと目を凝らしながら、女子更衣室の前を通り過ぎようとする。

 すると、ある一か所を通り過ぎようとした時、肌を刺す様な違和を感じた。


「これか」


 確かに、この感覚は“視線を感じる”と表現できる。

 誰かにじろじろと見られている時の様な、そんな肌を刺す感覚が確かに在った。

 既に更衣室の中で着替えをしている生徒は居ないはずだが、今まさに誰かが覗いているのだ。

 

 俺はその場で足を止めたまま、周囲を見回す。


「何も、無い」


 来海の調査通りだ。不審な人も、物も無い。

 俺はもう一歩、前へと進む。すると、肌を刺す視線は消える。


「……うん?」


 続いて、一歩後方へ下がる。すると、また視線。

 もう一歩下がってみる。


「……消えた」


 丁度女子更衣室の前を通る時の、ある一点にだけ“視線”と呼べる違和が存在したのだ。

 今度は左右に動いてみるが、違和を感じるまま。前後に動いた際だけ、その感覚は消える。

 つまり、おそらくこの感覚が直線状に更衣室の中まで続いているのだろうと推測できる。

 

 俺は違和を感じる一点で足を止めて、もう一度辺りを良く観察してみる。

 右手には更衣室。正面と後ろには一本に伸びる廊下。そして、左手には窓。

 窓の外は、以前にも俺がここへ来た時にも見た、木々の生い茂る山が見えるだけの景色が広がっていた。


「窓……。いや、外か……」


 外――更衣室の外、廊下ではなく、更にもう1つ外側。

 更衣室の中にも、そして廊下にも何もないとあれば、おそらくタネが有るとすれば窓の外――つまり、“校舎の外側”だ。

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