#013 更衣室の視線①

「――ねえ、桐裕きりゅう


 文芸部の部室――いや、半ば乗っ取られた今はもはや“元”が頭に付くだろうか。

 ともかく、俺と来海くるみは二人で、さっきまでは特に会話をする訳でも無くそこに居た。

 早々に昼食の弁当を食べ終えた俺は読書に耽り、来海はパンを1つ齧った後はずっとスマートフォンを触って、誰かと連絡を取ったりしている様だった。

 

 今日はまだ真白先生は顔を見せていない。というか、来海が入部してから露骨に顔を見せる回数が減った。

 どうやら変な勘繰りをされている様だが、必死になって弁解しようとすると余計に真っぽくなってしまうので俺はもう半ば諦めているし、来海は多分気にしていない――というか、俺の存在など歯牙にも掛けていないだろう。


 そんな風に各々が好きなように過ごしていた時に、唐突に来海が声を掛けて来たのだ。

 俺は読んでいた本から顔を上げる。


「うん?」

「あなたって、どうして話を受けたの?」


 唐突な質問に、一瞬面食らう。

 

「それって、なんでエージェントになったのかって事か?」

「そう。だって、あなたにとって、さしたるメリットも無い話だったはずでしょう?」

「……バイト代くらいは出るだろ」

「そうだけど、そういう話じゃなくって」


 来海がやけに突っかかって来るので、俺は仕方なしと本に栞を挟んで机に置き、会話の体勢に入った。

 どうやら俺が共に行動する仲間として相応しいかどうか、その資質を試しているらしい。

 さて、どう言ったものか。

 俺は少し考えた後、口を開く。


「そうだな、S⁶シックス仕事内容を魅力的に思ったから、じゃあ駄目か」

「ふぅん。あなたがそんな正義の味方みたいな質には見えないけれど」

「そうだな、そういうのは柄じゃない。ただ――」


 一度、言うべきかどうか悩み、ここで口を噤んだ所でどうせ今更だと思い直す。


「――ただ、スキルなんてものが原因で誰かが傷付くのを見たくないっていう、それだけだ。誰かの為とか、正義の精神とかじゃなくて、俺が嫌だから。つまり、自分の為だ」


 来海は俺の表情を窺う様にじっと見つめた後、


「――そ。じゃあ、良いわ」


 と、満足したのか、それだけ言って、椅子を引いて立ち上がる。

 その手にはスマートフォン。

 そして、こんな事を言い出した。


「じゃ、行くわよ」

「行くって、どこに?」


 来海はスマートフォンの画面をこちらへと向ける。

 開かれているのは、メールの受信フォルダの様だ。

 どうやら例の奉仕活動の告知ポスターに捨てアドレスを記載しておいたらしい。

 

 六専特区の現代っ子たちにとっては、相談箱に投書するよりもメールを1つ送信する方がハードルが低いのだろう。

 相談箱とポスターという目立つシンボルマークが功を奏したのか、依頼のメールが幾つか届いていた。

 メールの内容はゴミ拾いや失せ物探しと言った、“特区に潜伏している戦線メンバーの捜索”という俺たちの任務とは全く関係無さそうな物ばかりだが、その内の1つ、来海の指の先に有った一件が目に付いた。

 

 ――“視線を感じる”。


「仕事よ。早速、相談が舞い込んで来たわ」

 


 来海の後ろを付いて、部室棟から校舎棟へ。

 そのまま付いて行けば、二年の教室のあるフロアまでやって来ていた。

 

「どこまで行くんだ」

「ここ。私のクラスよ」


 そう言って来海は自分のクラスの扉を開けて、今度は中へ向かって声を掛ける。


「るいるいー、居る―?」


 すると、教室の奥から一人の女子生徒が顔を出した。


「あ、来海ちゃん! わざわざごめんね~」

「いいのよ。こっちもそういう話を集めてたから、助かったわ。でも、直接言ってくれても良かったのに」

「教室だとなかなか言い出し辛くてね~」

「ま、それもそうね」

 

 るいるいと呼ばれた女子生徒は、見るからに快活で爽やかそうな印象を受ける。

 来海のやつ、編入して早々もうあだ名で呼ぶ程の仲の良い友達が出来たのかと少し驚いたが、もしかすると普段の彼女はこのくらい砕けた感じなのかもしれない。もしくは、同性相手だからか。

 もっとも、出会って間もない俺には、この砕けた雰囲気の来海と、ウォールナットとしてのツンツンとした態度、どちらが素なのかなんて分かりようもない事だ。

 

 るいるいは俺の存在に気付くと軽くぺこりと会釈だけを送って来たので、俺も同じ様に返しておく。

 来海はちらりと俺の方を窺ってから、


「こっちは火室桐裕かむろ きりゅう、私と同じ文芸部で、一年よ。――で、こっちが月乃峰つきのみねるいちゃん、バレー部よ」


 と、両者を紹介してくれた。

 俺と月乃峰は互いにもう一度、どうもどうもと会釈を交わす。

 

「じゃ、るいるい。例の話の現場、確認しに行こっか」

「昼休みの間で、時間大丈夫?」

「問題ないわ。もしあれだったら、下見だけでも構わないし」

「うん、分かった。それじゃあ、付いて来て~」


 そして、るいるいに連れられてやって来たのは――、


「――って、ここ、女子更衣室じゃないか!」


 来海と月乃峰の言う現場とは、まさかの女子更衣室。

 男の俺にとっては気まずいどころの騒ぎではない。


「そ。なんでもね、最近更衣室を使っている時、“視線を感じる”んだってさ」

「視線、ねえ……。それって盗撮とか、覗きみたいな」

「わかんないわ。もしかすると、この前言っていた幽霊だったりして」


 来海はわざとらしく、両の手をぶらりと下げたお化けのポーズで脅かす様に月乃峰に絡みに行く。


「もう、やめてよ来海ちゃん! 本当に困ってるんだから~」

「ごめんなさい。ちゃんと調査するから、任せてちょうだい」

「うん。お願いね」


 女子二人が黄色い声できゃいきゃいとじゃれているが、1つ気になった事が有ったので、俺はそこに口を挟む。


「なあ、1つ良いか?」


 月乃峰が応える。

 

「うん。なあに?」

「もし仮に盗撮とかの類だったとして、それなら来海なんかよりも、教師に言った方が良いんじゃないか?」

「あー、それね。実はもう一度顧問の先生にも相談して、見てもらったのよ。でもね――」


 ああ、なるほど。

 合点のいった俺はそのまま言葉尻を取る。


「――何も異常は無かった。でも、視線は感じるまま」


 月乃峰は頷く。


「うん、そう。先生もちゃんとひっくり返して捜索してくれたんだけどね、何も無かったの。何だっけ、集団心理? とかで、誰かが言い出したのが伝播して、そう感じる気がするだけだろうって結論になって」

「気の所為や思い込みって事か」

「そうそう。今の所直接害が有る訳でもないし、そう何度も先生に頼むのも……ね。でもね、やっぱり気になっちゃって」

 

 それで、来海の出番という訳か。

 普通、文芸部の部室を根城としている謎の奉仕団体に依頼をしようなんて思わないだろうが、月乃峰は来海のクラスメイトであり友人。

 そういう接点が有ったからこその、ダメ元での依頼という訳だ。


 俺と月乃峰の話が切れた間を見て、来海が口を開く。


「じゃ、そういう事だから。桐裕は廊下で待機して、捜査中他の生徒や先生が入って来ないか見張っておいて」

「おう、了解」

 

 そうして、来海と月乃峰の二人は連れ立って更衣室の中へと入って行く。

 

 さて、俺は女子更衣室の中へ入る訳にも行かないので、来海の指示通り外で待機だ。

 廊下の窓際に体重を預けて、外の景色を眺めてぼうっと時間を潰す。

 見えるのは六専学院の裏手にある木々の生い茂る山。

 日差しが温かい。


「うーん、平和だ……」


 そのまま日向ぼっこをして待っていると、15分程経った頃だろうか、割と直ぐに来海たちは更衣室から出て来た。

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