#012 文芸部②
「まず、この間はありがとう。一応お礼を言っておくわ」
「おう。まあ、こっちこそ助かった」
どう見てもその不遜な姿は礼を言う人間の態度では無いが、どうせ社交辞令なので俺もそれに倣っておく。
「それで、私の――いえ、私たちの任務についてだけれど、あなた、何も聞いてないわよね?」
来海は“私たちの”と不服気に言い直す。
俺は答える。
「そりゃあな。
「まあ、そういう組織よ。直に慣れるわ」
そして、来海は溜息混じりに本題へと入る。
「じゃ、最初からね。まず、四月の頭の事よ。この
「ああ。それは俺も知ってるぞ」
その所為で夜間の外出制限が出ているという話を真白先生から聞いた。
「そうね。それで、その船は“スキルホルダー解放戦線”と“プラスエスの残党”の2つの組織の抗争によって損傷して、流れ着いた船なんじゃないかっていう調査結果が出ているの」
「そのプラスエスっていうのは?」
「第六感症候群先進研究機関“プラスエス”。ずっと昔に――そう、丁度スキルホルダーが確認され始めた頃に在った、スキルホルダーの違法な人体実験なんかをしていたイカれた研究機関よ」
来海はそう言いながら人差し指一本を立てて、空にプラスを表す十字とS字を書く。
しかし、スキルホルダーの人体実験か……。
「ふぅん。そりゃあ穏やかじゃないな」
「ええ。でももうとっくの昔に解体されているから、その残党ね。勿論そんな奴らは解放戦線からすると目の仇な訳で、それで海上で抗争が起こったんじゃないかしら」
「なるほどな」
「でも、面倒なのが解放戦線の奴らって、私たち
来海はこれまで仕事を手こずらせてきた奴らを思い出したのか、そう吐き捨てる様に毒付く。
そのまま来海の愚痴を聞くだけになりそうだったので、俺が身振り手振りで先を促せば、来海はこほんとわざとらしく先払いをして、先を続けた。
「……それでね、その特区で見つかった船とは別にもう一隻、本島の方でも乗り捨てられた船が見つかったのよ。そして、その船はプラスエスの残党の物だと確認されたわ」
「船は二隻在った。本島で見つかったのはその残党の船。つまり、特区側に漂着したその船はその抗戦相手――、スキルホルダー解放戦線の船なんじゃないかって話か」
「そ。元々特区内にも開放戦線の手の者が紛れ込んでいるっていう話も出ていたから、そいつが手を引いて不審船の乗組員を特区内に匿っているんじゃないかって」
知らない、しかも身近な話が出て来て、俺は身を乗り出す。
「まさか、学生の中に居るのか?」
「あなたも見たでしょう、MGCの襲撃者の中にもスキルホルダーが居たのを。ま、特区内には施設で働く大人も居るから、そうと断定は出来ないけれど、その可能性は高いでしょうね」
「なるほどな。それで、あの夜も――」
あの夜、来海と出会った日。
彼女は戦線メンバーを探していた。そして、部室で眠りこけてしまっていた俺はそれと間違えられて襲われかけたのだ。
「そういう事。つまり、私たちの任務は“六専特区内に隠れ潜む戦線メンバーの特定と確保”よ」
と、来海は任務についての話を締めつつ、
「分かったかしら、ローゲ?」
と、不服そうにコードネームで俺を呼ぶ。
そういえば、そんなコードネームを貰ったな。
全く、ボスも酔狂と言うか、やはりウォールナットと比べると回りくどい。
「はいはい。分かったよ、ウォールナット」
「全く、あなたなんてナンバーネームで充分なのに……」
「それ、ウォールナットの部下って事だろ? こき使われるのはちょっとな。仲良くしようぜ、女神様?」
「何よ、それ。どういう意味?」
来海は俺の言っている意味が分かっていないのか、むっと顔をしかめてご立腹気味だ。
そのままからかってやるのも面白いだろうが、本格的に腹を立てて何処かへ行かれても面倒なので、適当に流す。
「そのままの意味だ。まあそれより、今後の話をしようぜ」
「ぐぬぬ……。まあ、そうね」
「おう。それで、どうやってその特区内の潜伏メンバーを見つけるつもりだ?」
「そうよ、その話だったわ。それなら、私に1つ考えが有るの」
ほう。と、俺は先を促す。
「特区内での違和に一番敏感なのは、やっぱり中の住人よ。来たばかりの私よりも、ずっとね」
「そりゃそうだ。だから俺がウォールナットのサポートとして居るんだろう」
「ええ、そうね。でも、ローゲ一人よりも、もっと多くの手を借りた方が、ずっと効率的だと思わない?」
「人海戦術か。確かにそれはそうだが、
すると、来海は不敵に笑い、そして立ち上がり、
「そこで、これよ!」
と、来海は段ボール箱にコピー用紙を貼り、そこに黒のマジックで“何でも相談箱”と書いただけの何かを取り出した。
小学生の工作レベルの何かだ。
「なんだ、それは」
「作って来たのよ! これに生徒たちの悩みとか、身近で起こったおかしな出来事とか、そんな感じの色々を書いて投書して貰うの。その中から、きっと潜伏メンバーに繋がるヒントが見つかるはずよ!」
突然の戯言に、俺は暫しの間、口を開けたまま固まってしまった。
慌てて頭を振る。
「待て待て、ここは文芸部であってオカ研でも奉仕部ではないぞ」
「いいじゃない。どうせ、私とローゲしか居ないんだから」
来海はぬけぬけとそんな事を言い放つ。
「……許可は取ったのか?」
「ええ、勿論取ったわ。さっき、真白先生に。文芸部の部室も好きに使っていいって言ってたわよ」
くそう、顧問がフリーダムなばかりに……。
「あなたも何かこれは怪しいんじゃないかって事とか、気付いた事が有ったら、私に教えなさい」
「まあ、それは勿論、エージェントとして尽力させてもらうが――」
と、言いかけて、何かが頭に引っ掛かった。
そうだ。そう言われると、1つだけ思い当たる話が有るじゃないか。
「――そうだ」
「早速何かあるの?」
「ああ。これは友達から聞いた話なんだがな――」
という前置きから、俺は
そんな俺の話を聞き終えた来海の第一声は、
「あなた、友達居たのね」
だった。
「失礼な、友達くらい居る。……一人だけな」
「別に、どっちでもいいわよ。それで、その幽霊が戦線絡みだって言うの?」
「知らん。だが、その噂を聞いたのは、確か真白先生から不審船の漂着が理由での夜間外出の制限の通達の在った日だった。不審船が発見されたのはその数日前とかだろうが、漂着自体はそれよりも更に何日か前の事だろう」
「つまり、こう言いたい訳ね。“幽霊の正体は、潜伏している戦線メンバーかもしれない”って」
俺は首肯する。
「まあ幽霊なんて眉唾だろうが、今俺からぱっと出て来る情報はこれくらいだな」
「なるほどね。ありがと、心に留めておくわ」
「ああ」
すると、来海は手作りの箱を持ったまま、立ち上がる。
「じゃ、話は終わり! ひとまず、この相談箱の宣伝しなくちゃ!」
そう言って、今度は手書きのポスターまで持ち出してきた。
「……それ、どこに置くんだよ」
「わかんないわ。あなたの方が、ここに詳しいでしょう? 手伝って、ローゲ」
「ええ……」
結局、その日は来海――ウォールナットに連れまわされて、相談箱の設置場所を探し回る羽目になった。
本当にこの女は優秀なのだろうか、あの日クナイを巧みに操り戦っていたのと同一人物なのだろうか、俺は所属する組織を間違えただろうか、と少し不安になった一日だった。
肝心の相談箱は、結局真白先生に頼んで校舎棟の玄関口に、そしてポスターも掲示板に貼らせて貰える事になった。
文芸部の活動として全くもって不適当なのだが、何故か申請が通ってしまったのが不思議で仕方ない。
そんなこんなで、部室という俺の安寧の地は失われ、平穏な学院生活は終わりを告げた。
静かな水面に一粒の胡桃が落とされ、小さな波紋が起こる。その小さな波紋はやがて広がって行き、大きな波と成るだろう――。
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