#011 文芸部①
それから、
驚くべきことに、
帰りの車内では
俺が寮の自室に帰り着いた頃には、もうすっかり真夜中だった。
色々な事が有り過ぎて、流石に疲れていたのか、その日は深い眠りに付いた――。
日曜日の半分を睡眠と、もう半分を襲撃事件についてのヒアリングで潰されて無為にして、今日は月曜日。
さて、エージェントとして頑張りますか! と、それなりにやる気で肩を回していたものの、特に
来海からの接触も無いので、今日の放課後にでも二年の教室を探しに行ってみようか、なんて思いつつ教室でぼうっとしていた所、いつものあいつが声を掛けて来る。
「いやー、災難だったね、
我が友人、
「まさか職場見学の日に丁度レジスタンス団体の襲撃を受けるだなんて、一体前世でどんな悪行を働いたんだよ?」
「おいおい、失礼な奴だな。むしろ俺の前世は生粋の善人だったはずだ。何せ、俺はその襲撃事件の最中社内で迷子になっていて、その事件に全く関与していなかったんだからな」
俺はぬけぬけと口から出まかせを並べる。
迷子になっていたのは嘘では無いが、俺はその日事件の中心に居た。
しかし
なので、記録上、俺は襲撃事件の最中ずっと社内をうろうろと彷徨っていた間抜けという事になっているのだ。
愛一が呆れた様に溜息を吐く。
「あのねえ、桐裕。それはそんな誇る様に言う事でもないし、前世の善行の結果馬鹿みたいな迷子になるんだったら、それは善行のし損だぜ」
「ほっとけって」
「でも、それじゃあ桐裕は解放戦線? だっけ? その襲撃者も見てない訳だ」
「そうなるな」
「ちぇー。折角当事者の話を聞こうと思ったのに」
愛一は唇を尖らせて、わざとらしく不服をアピールする。
「そんなに面白い話でもないだろ」
「それがさ、聞いてよ! 煙が突然もわーって立ち込めて、それで機動隊が突入した時には、襲撃者は皆眠るみたいに倒れていたんだって! おかしいと思わない?」
なるほど、それで愛一は興味を示していたのか。
それは勿論俺と来海、つまり
しかし、勿論それを正直に言う訳にもいかないの適当に誤魔化す。
「まあ、眠かったんじゃないか。夜更かしでもしたんだろ」
「面白くないなあ。ま、いいや。方向音痴の桐裕は役に立たないし、他を当たろうっと」
「おい」
愛一は好き放題言った後、手をひらひらと振りながら去って行った。
この間も噂の幽霊を見に行きたいだの言っていたし、全く野次馬根性の座った奴だ。
それから、放課後。
俺は二年の教室を覗いてみる事にした。
六専学院の高等部は1クラス30名前後で、クラス数は1学年あたり3~4クラス程度だ。
二年の教室フロアは俺たち一年のフロアの1つ上階に有るので、気軽に階段を上がって行けば良いだけ。
俺は1クラスずつ、教室の中を見て行く。
他所の教室、しかも上級生のというのもあって少し気後れしたが、途中編入の多いこの学院においての先輩後輩的上下関係は単に年齢差だけではないので、その点で言えば俺は堂々としていても問題無い。
見慣れない奴がうろついているなというじろじろと見られる視線に耐えつつも全てのクラスを覗いて行った。
しかし、結局どこのクラスにも来海の姿は無かった。
「……こんな事なら、連絡先聞いとけばよかったな」
怒涛の一日だったから、ついうっかり抜けていた。
秘密組織に加入したは良いが、こちらからコンタクトを取る手段が無い。
いや、逆にこちらから簡単に連絡を取れてしまったら、それはそれで情報漏洩のリスクが有るだろう。
そう考えると、聞いても教えてくれなかったかもしれない。
なんて思いつつも、俺は居心地の悪い二年のフロアを後にして、足は自然と文芸部の部室へと向かっていた。
校舎棟から渡り廊下を伝って、部室棟へ。
二階の階段のすぐ隣にある一室が、我らが――いや、部員は一名なので、我が文芸部の部室だ。
軽くノックすると、声が返って来る。
「はーい」
真白先生の声だ。
そういえば、あんな事件の後だというのにケロリと何でもない風に出勤して来ていた。
スキルという自衛手段も無く、力も弱い女性なのだから、精神的に堪えてもおかしくないと思うが、まあその辺りは流石大人と言う事なのだろうか。
俺は扉を開けて、部室に入る。
「ども」
「あ、遅いじゃない! 桐裕!」
……うん?
おかしい。真白先生ではない声に迎えられた。
視線を部室の奥へと向ける。
縦に2つ並べた会議机の一番奥、上座に腕組みをして腰掛けているのは――、
「――
「どうしてって、あなたを待ってたのよ。話があるわ」
そう言って、我が物顔で茶を一口啜る。
ああ、そうだ。俺が文芸部所属である事はあの夜の時点で既にバレていたのだった。なら、待ち伏せされているのも頷ける。
しかし、真白先生も居ると言うのになんと図太いやつ……。
慌てて真白先生の方を見れば、先生は手元のノートパソコンから顔を上げた。
「
「どうって、何でこいつ……」
「ああ、天野さんですか? うちに入部してくれたんですよ」
「入部!?」
驚天動地。
「はい。ついさっき」
「さっき!?」
俺は崩れ落ち、膝を付いた。
ついに安寧の地が脅かされてしまった。
「何やってるの、あなた……?」
「……お前、本とか読んだり、ましてや書いたりするタイプじゃないだろ」
「ええ、そうね。でも、ここなら誰にも邪魔されないでしょう?」
「それは、そうだが……」
来海は我が文芸部を
俺はもう一度真白先生の方を見る。
真白先生はにこりと微笑んで、
「二人共、仲が良いのは良い事ですが、部室であまり変な事しちゃ駄目ですよ?」
「ちょっ……」
真白先生は盛大に勘違いをしていた。
決して俺と来海はそういう仲ではない。からかわないでくれ。
「ち、違います、先生! そういうんじゃ有りません!」
流石の来海も慌てて弁明しているが、真白先生は聞いているのか聞いていないのか、ころころと笑っているだけだ。
やれやれどうしたものかと思っていると、真白先生はぱたんとノートパソコンを閉じて、席を立つ。
「それでは、若いお二人のお邪魔でしょうし、わたしはこれで失礼しますね」
「だから、そういうんじゃ有りませんってば!」
「まあまあ、照れない照れない。嵌めを外しすぎない程度に、青春を謳歌してください」
聞く耳を全く持たない真白先生は、そのまま部室を去って行ってしまった。
……まあ、いいか。
来海も真白先生の早とちりは諦めたのか、小さく溜息を吐いて座り直す。
「……はぁ。じゃ、そういう事だから」
「何がだよ」
「言ったでしょう、話が有るって。“仕事”の話よ」
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