#055 天の光信仰教会②
「――なあ、本当にこれで行くのか?」
「何よ今更、怖気づいたの?」
「違うって。びびってるっていうよりは――」
エージェント:ローゲ、エージェント:ウォールナット。
天の光信仰教会の信者たちを集めたパーティー、”家族の会”に潜入する。
それが今回、俺たちに与えられた任務だ。
そんな訳で、変装してパーティーの参加者として潜入する事になったのだが――。
送迎の車内。隣に座る来海を見る。
「……? 何よ、どこかおかしい?」
「いや、大丈夫だ。似合っているぞ」
いつものポニーテールとセーラー服の下にタートルネックインナーとタイツで全身を黒で覆ったスタイルではなく、今日はパーティー会場の雰囲気に合わせてドレスコード。
今の
頬杖をついて足を組んで座っている様も堂々としていて、どこかのお嬢様みたいだ。
対して俺はというと、服に着られているという表現がぴったりの有様だ。
いつもは目元まで適当に下ろしている灰色の前髪を上げてみたりと努力はしたが、タキシードが似合わなさすぎる。格好がつかない。
来海はそんな俺を一瞥した後、ふっと小さく笑って、
「……まあ、あなたも悪くないわよ」
「嘘つけ、今笑っただろ!」
「それよりも、ちゃんと手筈は覚えているわね?」
「まあ、一応な。でも、この感じで夫婦には見えないと思うんだが……」
今回の作戦名は正面突破だ。
パーティーには政治家や大富豪、各界の大物たちも参加している。そんな中に、堂々と参加者面して入って行くのだ。
当初の予定では夫婦に偽装して紛れ込むつもりだった訳だが、俺のこの感じではどうにも様に成っていない。
「じゃあ、社長と秘書でもいいわよ。とにかく、もうすぐ着くわよ」
「くそう、心の準備が……」
いざとなったらスキル使っての戦闘が想定される以上仕方がないのだが、俺なんかよりもボスを連れて来た方が余程紛れ込みやすかっただろうに。
ともかく、殆どぶっつけ本番ではあるが、ここまで来たらやるしかない。
やがて、送迎車が止まり、扉が開く。
来海が先導して降車し、俺も後を続く。
場所は本島にあるホテル、そこの大きなホールだった。
“天の光信仰教会、家族の会”の案内板が見える。
ホール一口前には受付が設置されていて、スーツ姿の若い男が居た。
もしや、これはまずいのでは?
来海に耳打ちする。
「おい、受付があるぞ」
「当たり前でしょう?」
「よく見ろ、机の上に名簿が有る。名前を聞かれたら詰みじゃないか?」
すると、来海は特に顔色一つ変える事無く、こう言った。
「大丈夫よ、任せておきなさい。……多分ね」
ずかずかと受付に向かって歩いて行くので、俺も急いで着いてく。
「お疲れ様です。MGC社長、
すごい。口から出る事全部が出まかせだ。誰だよそいつらは。
しかし、何故か堂々としていて説得力がある。
「MGC社長代理ですか。これはこれは、ご足労ありがとうございます。ですが……はて、MGC社長様にご案内を出していたでしょうか?」
受付の男は不思議そうに首を捻って、名簿に視線を這わす。
おい、やっぱり駄目じゃないか!
そう思った矢先、来海は答える。
「申し訳ございません。こちらの不手際で、参加承諾の返信が遅れてしまいました。その為、名簿に載っていないはずです。
ですが、お世話になっている天の光信仰教会様を無下には出来ません。多忙な社長に代わって
そう言って、来海はさっさと受付を抜けようと歩を進めだした。
俺は内心、拍手喝采だった。
それっぽい言い訳だし、有無を言わさず会場内へ入ってしまえば有耶無耶にできる。
何よりMGCというビッグネームを使う事で口答えをし辛くしているのだ。
……もちろんバレたら後が怖いが、ちょっと潜入してさっと帰る分には問題無いだろう。
来海が俺に向かって「どうだ見たか」といったような目配せを送って来たので、肩を竦めてそれに応えて、後に続いて入場しようとした――その時。
「あの、お連れの方。お名前をお伺いしても?」
「えっ」
受付の人に止められてしまった。
まずい。来海と俺の間には僅かに距離が生まれてしまった。
ここで俺の代わりに来海が答えるのは不自然だ、俺が上手くこの場をやり過ごさなくてはならない。
脳みそをフル回転させて、なんとか誤魔化す為の解を模索する。
しかし、テンパった俺の口から咄嗟に出て来た答えは、
「か、
「……ほう。カムロ様、ですね」
視界の端で、呆れた様に項垂れる来海の姿が見える。
咄嗟に出て来たのは本名だった。すまん、無理だった。
しかし、来海が名簿に名の無い社長代理として通過したのだから、俺がこの場で止められる事はあるまい。
ただ、これはバレた後が面倒な事になるなあなんて思いつつ、「それでは……」と受付を通り過ぎようとした時、また呼び止められた。
「お待ちください」
「は、はい」
挙動不審過ぎただろうか? やはり一見して怪しいと分かる程タキシードが似合っていなかっただろうか?
と、様々な不安が胸中を渦巻くがしかし、受付の男はにこやかに、こう言った。
「もしかして、
「あ、あ、あの……」
どうしてその名前がここで出て来るのか、分からなかった。
「もしかして、勘違いだったでしょうか?」
「あ、いえ。はい、そうですが。どうしてそれを?」
誤魔化した方が良かったかもしれない。
しかし、どうしても今母の名が出て来たのか気になって、聞かずにはいられなかった。
「どうして? おかしな事を仰るのですね。古株なら、
男はにこりと笑ってそこで言葉を切って、「次の方~」といつの間にか後方に並んでいた別の参加者に声を掛け、それ以上追求出来る感じでは無くなってしまった。
仕方なく、そのまま来海と合流。
すると、第一声。
「ばか、もう!」
そのまま脛を蹴られた。痛いけど、出会った時を思い出して懐かしい。
「いやすまん、咄嗟にいい感じの偽名が出て来なかった」
「全く……。それよりも、あなた、ここの奴らと親交があったの?」
「いや、知らん。でも、あいつは母さんを知っていた……。それに、俺の事も知っていた……」
「ふぅん。まさか、父親だけじゃなくて、母親まで?」
俺の父親はプラスエスの職員だった。まさか、母親が天の光信仰教会の……?
「でも、そんな話聞いたこと無いぞ」
「子供に全部話す訳無いでしょう。何か無いの? 小さい頃の記憶で思い出せること」
「うーん」
そう話していると、ウエイターの男が一人こちらへやって来て、ウエルカムドリンクを手渡して来る。
栗色の髪で糸目、先程の受付と比べると随分と若い男だ。俺たちと同年代くらいにも見える。
「今日は来てくれておおきに。ま、楽しんで行ってや」
「ども」
俺はすれ違って次の客の元へと向かうその男を横目で追いつつ、一口。
「うげ」
アルコールだった。
「あのねえ。敵地で出された物を不用心に呑まない」
そんな来海のお小言も、耳から抜けて行く。
「なあ、さっきのウエイター。見覚えないか?」
「うん? ……さあ、分からないわ。やっぱりあなた、何か知ってるんじゃないの?」
「いや、そうじゃないくて。最近会った気がするんだが――」
はて、どこで会っただろうか。頭の片隅に引っ掛かる。
「今関係のない事なら、後にしなさい。それよりも、情報収集よ」
「おう」
会場の奥には壇上が有り、参加者たちは皆その前に集まっている様だった。
俺たちもその壇上前へと向かう。
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