#054 天の光信仰教会①

 どうして忘れてしまっていたのだろうか?

 林殿も存在を忘れてしまっていたみたいだし、俺も写真を見るまで完全に記憶から抜け落ちていた。

 

 俺は思い出した後、自分の知る雨上愛一あまがみ あいいちについて、来海と林殿に話して行った。

 そうすれば、二人も愛一について何か知っていた事を思い出してくれると思ったからだ。

 しかし、結果として二人は俺が何を言っているのか分からない様子だった。


 来海は学年もクラスも違うし、接点も無かったから仕方がないかもしれない。

 しかし、俺は何度か来海の前でも愛一について話題に出した事も有ったはずだ。なのに、全く掠りもしない。


 林殿だって、小学生時代の友人だったはずなのに、全く他人の様。

 なんなら、今同じクラスじゃないかと、そう言ったところ、林殿はこう言ったのだ。


「――火室殿、うちのクラスに、雨上あまがみという人物は居ないでござるよ」

 

 

 それから、特区に帰った俺は真っ先に愛一の痕跡を探した。

 しかし、雨上愛一あまがみ あいいちという人物の存在したという証拠はどこにも無く。

 誰も知らず、記憶にも記録にも残ってはいなかった。


 俺のスマートフォンからも連絡先が消えており、代わりに文字化けした元は何だったのか分からない連絡先のデータが有るだけだった。


「おかしい。絶対に、俺たちは何者かスキルホルダーからの攻撃を受けている……」

「まだ言ってるの、それ?」


 深刻に思い悩む俺に対して、来海は呆れた様に一蹴する。


「だから、愛一は居たんだって!」

「林君だって覚えていなかったし、学院の生徒名簿にもそんな生徒居なかったでしょう?」

「それはそうなんだが、それがおかしい訳で」

「私たちからすれば、おかしいは桐祐の方に見えるけれどね。まあ、エージェントとして警戒心を持っておくのは大事だけれど、そう神経質になっていては持たないわよ?」

 

 もはや俺が林殿の昔の写真を見て突然疑心暗鬼に陥った変人扱いだ。

 と、そこでポケットに手を入れようとして、何かに手が当たって、思い出した。


「そうだ! 落とし物のペン!」

「落とし物?」

「覚えていないか? 前に――ええと、誰だったか……ともかく、前に落とし物として玩具のボールペンが届けられただろう」


 と言って、俺は持っていたペンを取り出して、来海に見せる。


「ああ、それね。確か、桐祐が拾って来たんじゃなかったかしら?」

「あれ? そう、だったか……?」

「確かね」

「まあ、どっちでもいい。それで、その時に持ち主に覚えがあると話したはずだ」

「そんな話もしていたかもしれないわね」

「それが、愛一の事なんだ!」

「……そう」


 駄目だった。

 可哀想な人を見る目だ。


 ああ、もう。どうすればいいんだ、愛一本人もどこへ行ってしまったんだ。

 そう頭を抱えていると、俺と来海のスマートフォンが同時に鳴った。


「……ボスからね。至急の呼び出しよ」



 呼び出されたのは、俺たちも入院していた警察病院だった。

 S⁶シックスの息の掛かった特別病棟。


 送られて来たメールの内容は、端的にこう書かれていた。


 ――『シロちゃんたちがやられた、君たちも来てくれ』

 

 俺たちは急ぎ足で病室へと向かい、勢いよく扉を開け放つ。


「シロっ!!」

「大丈夫か、シロ!?」


 病室にはシロ、音也おとやけむるの三人が並んでベッドに泣かされていて、その傍には壁にもたれ掛かっているボスの姿も有った。


 俺たちの姿を見たシロは、安心させる様に柔らかい少女の微笑みを見せ、口を開いた。


「きりゅー、ごめん、しくじった」

「そんな事は良い。でも、何があったんだ!?」


 見た所、怪我をして包帯を巻いているが、致命的に大きな怪我はない様だ。

 隣で眠るアルファブラザーズの方がよっぽど怪我が酷い様で、おそらく身を挺してシロを守ったのだろう。

 

 しかし、ほぼ最強格のスキルホルダーであるシロが居て、何故――、


「――それには、僕から答えよう」


 俺の問いに、ボスが口を開く。


「まずそもそも、どうして病み上がりのシロが早速駆り出されてるのよ!」

「それも含めて、一度説明するから、まあ聞いてくれよ」


 ボスは食って掛かる来海も軽くいなして、俺たちをベッドサイドのパイプ椅子に座る様促した。

 静かになったのを見計らって、ボスは話始める。


「まず、事の発端は天の結晶の出現だ。また君たちに回収を頼んでも良かったんだが、折角加入してくれたコードネーム:アルファ、A-001、A-002の三名――まあ、アルファトリオに経験を積ませようと思って、声を掛けたんだ。

 

 勘違いしないで欲しいんだが、当初はシロちゃんのスキル頼りで戦闘させようって話じゃ無かった。

 何せ、もう天の結晶を狙う対抗組織であるプラスエスもスキルホルダー解放戦線も存在しないからねえ。

 

 だから簡単な任務だと思って、舎弟君たちの回収任務をシロちゃんに見学しといてもらおうっていう話から、今回彼らの任務は始まったんだ」

 

 触りだけで大体の事情を察した来海が、口を挟む。

 

「でも、その任務にイレギュラーが有った訳ね」


 ボスは頷く。


「――回収任務の最中、正体不明の者たちに襲われた。そして、相手は“大人のスキルホルダー”だった」

「それって――」


 スキル――第六感症候群とは本来、天の光現象によって降り注いだ光の雨を浴びた母体から産まれた子にのみ発症する。

 

 現時点で最年長は今の高等部三年生の代になるので、大人のスキルホルダーという表現が出て来る事自体おかしい。――ただ一つの可能性を除いては。


「――後天性第六感症候群発症薬、プラスエス」


 俺の言葉に、ボスは首を横に振る。

 

「いいや。あのウイルス薬はナンバーツーの手から全て回収した」

「回収漏れが有ったり、既に流出していた可能性はないんですか?」

「ゼロとは言えないが、あの組織が他所に大事な薬を流すとは思えない。それに、うちで回収した分も厳重に管理していて決して表には出ない」


 そして、 ボスは指を三本立てた。


「他にも今回の件がプラスエスと無関係だと考えられる理由が有る。あのウイルス薬は、うちの技術班で解析した所、3種類有ったんだ。

 まず1つ、青い薬は“大気操作”のスキルを発症させるアルファベースと呼ばれる物。

 そして、赤い薬は“発火能力”を発症させるベータベース。緑の薬は“精神干渉”を発症させるガンマベースだ。


 それぞれ、名前を冠した彼らのスキルのデータを元に作成してあり、これら3種類の薬がナンバーツーから押収したトランクケースに入っていたウイルス薬の全てだ。

 と言っても、アルファベース以外の2つはデータ不足で、効力は弱いみたいだけどねえ」


 シロももぞりとベッドの上で動いて、ボスの言葉に口添えする。


「しろもみた。ふねのうえでおそってきたやつ、がんまのすきるだった」

「船の上、海上抗争の時か。ガンマのスキル――精神干渉か」

「こくこく。ぷらすえす、がんまのすきる、つかってきた」


 ボスも頷く。


「そして君たちも見た通り、ナンバーツーは大気操作を発症させていた。ウイルス薬の効果は間違いない。

 しかしだ、今回アルファトリオを襲って来たスキルは、“そのどれにも該当しないスキルだった”。4種類目のウイルス薬は存在しえない。つまり、プラスエスではない何者かの手の者が介入して来た」


 と、そこで眠っていたアルファブラザーズの兄の方、金髪の煙が小さく唸り声をあげ、目を覚ました。


「おい、大丈夫か!?」

「ああ、問題ないぜ。それよりも、大事な話が有る……」


 痛む身体を抑えながらも、けむるは身体を起こした。


「オレたちを襲ったやつらは、同じシンボルの首飾りを下げていた。オレはけむに巻くのは得意だからよ、隙を見て1つくすねて来た」


 煙は入院着の下から、円の上に放射状の三本線が重ねられた様なデザインのシルバアクセサリーを取り出した。


「これは……」


 どこかで見た事ある様な、そんなシンボルだ。

 それを見た来海は、口を開き、ボスはタブレット端末を取り出して調べ物を始めた。


「それ、“天の光信仰教会”のシンボルじゃない!」

「前にも話に出ていた組織だよな。でも、あいつらってただの宗教団体じゃなかったのか?」

「そのはずよ」


 天の光信仰教会――天の光現象を神格化して崇拝し、第六感症候群を神通力として、まるで神からの祝福ギフトの様に扱う宗教団体だ。

 

 しかし、以前にボスから聞いた話だと所詮は宗教団体であり、プラスエスの様にウイルス薬の開発なんて科学力も無く、解放戦線の様にスキルホルダーを擁していたりもせず、銃火器など武力を行使出来るはずもないはずだ。


 すると、ボスはわざとらしく大きく溜息を吐き、皆の注意を惹く。


「――ともかく、だ。天の光信仰教会がどういった方法でスキルを行使していたのかは現状不明。

 しかし、シロちゃんたちを襲ったのが彼らだと分かったのなら、やる事は1つだ。

 

 ローゲ、ウォールナット。病み上がりのところ済まないが、人手不足でね。

 二人にはベータとガンマの捜索をお願いするという話だったが、並行してこちらにも当たってもらおうと思う」


 来海の方を見れば、小さく頷く。


「もちろんよ。シロを傷つけたっていうのなら、許せないわ」

「他のエージェントに任せるって言われても、無理やりにでも首を突っ込むつもりでしたよ。やらせてください」


 ボスは「うん、頼もしいね」と満足げに頷いた後、タブレット端末を裏返して、こちらへと見せて来る。


「じゃ、これに行ってもらおっか」

 

 そこに表示されていたのは、『天の光信仰教会、家族の会』の案内だった。


「……これは?」

 

「天の光信仰教会は表向きには違法行為に手を染めてなどいない普通の――というものおかしいが、政治家や大富豪なんかの信者も擁する宗教団体だ。奴らは信者たちの事を家族と呼んでいるらしいねえ。

 

 で、これはその家族の会――つまり、信者たちを集めたパーティーだ。それが近日開催されるらしい――って、インターネットの公式サイトに案内が載っていたよ」


 なんとも胡散臭いが、つまりボスはこう言いたい訳だ。


「……潜入任務って事ですね」

「その通り! 二人にはこのパーティーに潜入して、奴らの尻尾を掴んで貰いたい」


 という事で、俺たちはシロたちの仇討ちをするべく、胡散臭い宗教団体のパーティーへ赴く事になった。

 

「これまでに比べれば、随分簡単な任務ね」

「と言っても、相手はシロちゃんと戦えるような強力なスキルを隠し持っている。くれぐれも気を付けてくれ」

「きりゅー、くるみ、きをつけてね」

「姉御の分まで、頼んだぜ」

 

 ボス、シロ、煙の言葉を受け、俺たちは病室を後にした。


 愛一の事も気になるし、ベータとガンマ捜索もまだこれからだ。

 しかし、まずは天の光信仰教会を調べ、片を付けなくてはならない。

 

 それに、どうしてだろうか。これらの同時期に起こった様々な事件が、どこかで繋がっている様な気がした。


 そして、任務当日――。

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