#008 襲撃者②

 来海くるみの言う“私たち”とは、つまり――、


「さっき通信してたお仲間が来るって事か」

「そういう事。応援を呼んであるわ」


 しかし、刃物の携帯と言い、さっきの通信と言い、来海の背後には戦線メンバーを追っている謎の組織が存在するだろうことは想像に難くない。

 

「……お前、何者なんだ?」

「別に、ただの編入生よ」

「いや、それは流石に無理が有る」


 そんな話をしていると、ロビーの方から男の怒鳴り声が聞こえて来る。


「人質を殺されたくなかったら、アルファ様を返せ! お前らが拉致って特区に閉じ込めてんのは分かってんだよ!!」


 銃口を人質の方へと向け、よく分からない要求を叫んでいる。

 

「おい。あいつら、なんか返せって言ってるぞ」

「知らないわよ。何かと勘違いしてるんじゃないの?」

「勘違いで襲撃されてたまるかよ。それより、応援はまだなのか?」


 来海は気づいていないのかもしれない。しかし、急がないとまずい事になりそうだ。

 

「うるさいわね。黙ってそこで待ってなさいって」

「だって、ほら、見て見ろよ」


 俺はロビー中央で人質になっている学院の生徒たちの内の一人の男子生徒を見ていた。

 他の生徒たちと同じ様にロビーの床に座らされている。しかし、様子がおかしい。


「何よ、彼がどうかしたの?」

「あいつ、多分――」


 俺が言いかけた、その時。


「遅かったか」


 当の男子生徒が動いた。動いてしまった。


「や、やめろ、やめろ。いやだ、いやだ、いやだあああ!!! ああああああ!!!」


 男子生徒は突然立ち上がって、狂乱しながら戦線メンバーの内の一人、銃を持った男に向かって走り出した。

 瞳は血走り、焦点は合っていない。


「止まれ!!」


 戦線メンバーは銃を構える。しかし、男子生徒は止まらない。

 言葉にならない叫び声を上げながら、ふらふらとよろめきながらも襲い掛かる。


「ああああああッッ!!!」

「ぐ……、くそッ!!」


 戦線メンバーは引き金を引く。しかし、弾は発射されなかった。


「なッ……、こいつ、念動力か!!」


 戦線メンバーの持つ銃の銃身が、ぐにゃりと異常に捻じ曲がっていた。

 男子生徒はそのまま歪んだ銃身を片手で握りながら、戦線メンバーに掴みかかる。

 

 スキル研究室の職員も言っていた事だ。“スキルは感情の起伏が出力に影響を及ぼす”と。

 男子生徒はこの極度の緊張状態下に置かれる事で、激しく感情が振れ、過剰に出力が高まった。その結果、スキルを暴走させてしまったのだ。

 コントロールを失ったスキルは、どこにどう影響を及ぼすかも分からない。


「おい、来海!」


 状況が変わった。このままでは、死傷者が出る。あれは止めなくてはならない。

 そう思い、俺は横に居る来海へ顔を向ける。

 しかし――、


「――って、あれ? おい、どこ行った!?」


 そこには既に、来海の姿は無かった。

 そして、そのタイミングで、突如ロビーに白煙が立ち込める。


「まさか――」


 そのまさかだ。

 気付けば、来海は煙幕に紛れて、ロビーに躍り出ていた。

 顔を隠す為なのか、口元を黒いタートルのインナーを引き上げてマスクの様にして覆っている。


「なんだ!? 何事だ!?」


 戦線メンバーたちは突然の事態に警戒を強めるが、煙幕で周囲の様子を窺えず発砲も出来ない。

 来海はその隙に動く。

 

 クナイを投擲し、念動力のスキルで操り、戦線メンバーと男子生徒の肌を掠める。

 すると、両者途端に緊張していた筋肉が緩み、ぐったりとその場に倒れ込んだ。

 忍者の暗器はそれによって殺傷する訳ではない。


 ――これは、麻酔毒か。


 来海の念動力は、先程まで暴れていた男子生徒の大味で力任せな物とは全く違っていた。

 中空で軽やかに軌道を曲げ、まるで手足の様に操り、的確に表皮を掠めて、麻酔毒によって対象を過剰に傷つける事無く制圧。

 驚くほどに繊細で、これまで見てきたスキルのどれよりも卓越していた。

 スキルをコントロールするというのはまさにこの事なのだろう。

 煙幕の中を蝶の様に舞い、蜂のように刺す。まさに忍の如く。


 しかし、相手は十名以上。煙幕に紛れながら、そしていくら来海がスキルを使い熟しているとは言っても、相手だってスキルホルダーだ。どう考えても、一人では手に余る。

 俺の足は、頭でそう判断する前に既に動いていた。

 来海の後を追って、階段を駆け下りる。

 

「この女ッ!!」

「しまっ――」


 戦線メンバーの男が煙幕の隙間から覗く来海の姿を発見し、銃口を向ける。

 俺はその男に向かって、全力のタックルをぶちかます。


「はああああッ!!」


 俺と男は一緒にロビーの床に倒れ込み、その勢いで銃は取り落とされる。

 俺は馬乗りになって男の首根っこを掴み、押さえつける。


「来海ッ!!」


 俺の声に応えて、来海はまるで演奏の指揮をする様に腕を振って、クナイの軌道を曲げる。

 クナイは俺の下敷きになっている男の腿の辺りを切り付けた後、地面に突き刺さる。

 男の意識は強力な麻酔毒によって奪われ、そのままばたりを倒れ込んだ。

 

 俺はそのクナイを拾い上げてからすぐさま立ち上がり、来海と合流。

 背中合わせの形を取る。


「ちょっとあなた、なんで来てるのよ!」

「なんでって、どう考えても一人じゃ無茶だろ。それに、女一人戦わせて俺は見てるだけってのは、流石にな」

「……それ、私の事舐めてるの?」

「別に。でも、身体が動いてしまったんだから、仕方がないだろ」


 来海はほんの少しの間黙り込んだ後、小さく溜息を吐く。


「――ま、ありがと。助かったわ」


 なんだ、可愛い所も有るじゃないか。

 

「……それで、あとどれくらいだ!?」

「さっきので五人目よ」

「じゃあ、まだ半分も居るって事か……」


 ちらりと背後を見れば、来海と視線がかち合う。

 そのまま互いに無言で頷き、互いに動き出した。


 来海は何本ものクナイを操り、まるで働き蜂を使役する女王蜂の様に舞い踊る。


「動くなッ!!」


 戦線メンバーの男が来海に銃を向ける。


「引き金を引く勇気もないのなら、そんな物捨ててしまいなさい」

「何を、くそッ!」


 男はやけくそで引き金を引こうとする。

 しかし、指は動かない。


「遅いわ」


 既にクナイの切先が男の首元には突き立てられていた。

 男はそのままがくんと項垂れ、崩れ落ちる。


 俺も負けてはいられない。

 拝借したクナイを片手に、戦線メンバーに向かって走る。

 煙幕のおかげで、接近する事は難しくない――はずだった。


「そこよ! 撃って!!」


 煙の向こうから、女の声。

 そこから一拍遅れて、発砲音が二発。


 ――スキルホルダー!!


 相手は何らかのスキルを使って、俺の位置を特定した。

 発砲許可を出すという事は、敵味方の区別は付いているという事。

 であれば、熱源感知や聴覚能力拡張の様なものではなく、もっと別の――おそらく、読心テレパシーに類する能力。


 ならばと、俺も自分のスキルで応戦。

 何の予備動作も要らない。ただ、視界に入れるだけでいい。

 身体の奥底から何か熱い物が湧き上がって来る感覚。脳天が痺れ、神経が焼き切れそうになる。

 感情の昂りに呼応して、スキルが発動する。

 

 そして、俺へと届き致死に至らしめるはずだった鉛の弾は中空で勢いを殺し、消滅した。

 銃弾だったモノのカスだけがはらりと舞い落ちる。


「なんで!? 当たってない!?」

「ドンマイ。こっちもスキルホルダーだ」


 俺はまず銃を持った男の腕にクナイを突き立て無力化。そして、そのまま女の方も返しの刃で軽く切り付ける。

 悪いが、俺には来海の様に優しくしてやれる程の力量は無い。多少痛くても我慢してもらおう。


「く……そ……」

 

 ばたりと、二人が沈黙。

 そして、どうやら来海の方も順調な様だ。次々と敵を薙ぎ払い、丁度最後の一人を眠らせた所だった。


 俺は来海と合流して、軽く手を挙げて労いとする。

 

「お疲れ、意外と何とかなるもんだな」

「ええ、お疲れさま。まあ、こんなものね」


 しかし、その時だった。

 来海の背後に、黒い影――戦線メンバーだ。


「来海ッ!!」


 ――しまった。まだ奥に一人残っていたのか。

 

「てめェ。よくもおおおッ!!」

 

 戦線メンバーは警棒を振り上げ、来海に迫る。

 俺のスキルでは来海を巻き込みかねない。しかし、この距離では手を伸ばしても届かない。

 俺は地面を蹴る。

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