#026 天の結晶②

「失礼します」

「おう、お疲れさん。わざわざ来て貰って悪いねえ」


 入室すれば、座り心地の良さそうな革製の社長椅子にどっしりと深く腰を下ろしたボスが迎えてくれた。

 外と同じ様に中も普通の社長室に偽装されている。

 

「まあ、座って座って」


 促されるまま、俺たちは応接ソファに腰を下ろす。

 来海くるみはもう実家の様にリラックスしてどさりとソファに沈み込むが、俺はそういう訳にもいかない。やや控えめに背中も付けずに座った。

 そして役者も揃ったところで、早速仕事の話だ。

 

「それで、ボス。今回わざわざ呼び出したって事は、それ相応の極秘任務って事よね」

「ああ。それもそうだし、任務に当たって渡しておきたい物も有るんだよねえ。ま、それも含めて、今回の任務について説明しよう」


 ボスは居住まいを正し、デスクの上で肘をつき手を組み合わせる。


「――まず初めに、君たちもご存知、“スキルホルダー解放戦線”と“プラスエス残党”による海上抗争についての続報だ」


 それは俺たちの現在進行形の任務である、“六専特区に潜む戦線メンバーの捜索”の発端となった事件だ。

 プラスエス残党側の船は本島側に、そして解放戦線側の船は特区に漂着した。その所為で、今特区では夜間外出の制限が出ている。


 ボスは続ける。


「海上抗争の発端が何だったのか、調査によってそれが発覚した」

「そんなの、両組織が犬猿の仲だからじゃないの?」


 来海が口を挟むが、ボスは首を横に振る。


「いんや。まあそれも有るんだろうが、今回はもっと具体的な目的が両者にあったんだ。――それが、“天の結晶”だ」


 天の結晶、俺は初めて聞く単語だ。

 しかし、来海の方を見れば何か察した様な素振りを見せている。


 俺は問う。


「それは、どういった物なんですか?」

「天の結晶――名前から想像は付くと思うけど、それは君らスキルホルダーを産み出した原因たる、かの有名な“天の光現象”、あの光の雨と同質のエネルギーの集積した結晶体……と、されている」


 と、ボスは少し引っ掛かる物言いをした。


「……と、されている?」

「うむ。まあローゲも知っての通り、天の光現象と第六感症候群についてはまだ解明されていない事の方が多い。つまりだ、未だ世界を漂っている天の光現象のエネルギーが一定の基準値以上滞留すると、結晶体となって現れる、という仮説なんだよねえ」

「……そんな話、授業でも習いませんでしたよ」

「そりゃあもう、超重要機密だからねえ」


 と、ボスはにやりと不敵に笑い、言葉を続ける。


「考えてもみてくれよ、あの光の雨と同質のエネルギーっていう事はさ、つまり“第六感症候群を意図的に発症させるウイルス薬”にもなり得るって事なんだよ」


 その恐ろしい事実に、俺は絶句してしまった。

 第六感症候群を意図的に発症させる、つまりスキルホルダーを無限に増やす事が出来る……?

 スキルというものの恐ろしさを、俺はよく知っている。使い方を誤れば、人の命を簡単に奪う事だって出来る。

 そして、そんな物をMGCを襲撃するような組織たちが狙っているというのだ。


「――そんなもの!!」


 俺は堪らず、声を上げて立ち上がってしまった。


「ちょっと、桐裕きりゅう……?」


 来海が戸惑い声を掛けて来るが、俺の視線はボスの方を向いていた。

 ボスはそんな俺に対しても冷静に、淡々と言葉を続ける。


「そうだよねえ、恐ろしいよねえ。でも、安心してくれよ。どの国のどんな機関も、どこもかしこもが我先に成果を上げようとほんの僅かな情報すらも隠匿しているせいで、技術の進歩は牛歩の如く。つまり、まだそのウイルス薬は開発されていない」


 その言葉を聞いて、俺の強張っていた身体から少し力が抜ける。


「それに、天の結晶自体が滅多に現れないし、仮に現れたとしても、それをS⁶シックスが回収している」

「……つまり、今回の俺たちの任務は――」


 言葉尻をボスが繋ぐ。


「――ああ。君たちの任務は、再び現れた“天の結晶の回収”だ」


 確かに、それは超重要任務だ。

 俺の様な新人に任せていいのだろうかと思わなくも無いが、その分来海――ウォールナットが実力を買われているのだろう。

 と、そう思っていると、来海が口を開いた。


「それは分かったわ、ボス。でも、1つ気になる事があるわね」

「うん、なんだい?」

「その海上抗争の発端となった方の天の結晶、そっちはどこに行ったの?」

「いやあ。良いところに気が付くねえ、ウォールナット」


 ボスは溜息を1つ吐いて、答える。


「天の結晶の所在は確認されていない。おそらく抗争に巻き込まれて、砕かれ霧散したのだろうねえ」

「ちょっと、それ大丈夫なの……?」

「そうだねえ。でも、考えてもみてくれよ。今回君たちに回収してきてもらう天の結晶と、海上に現れた結晶。こんなに直近で2つ目の結晶が現れるなんて、おかしいとは思わないかい?」


 ――なるほど、そういう事か。

 

「……天の結晶自体、滅多に現れない。つまり――」


 俺が先程のボスの言葉を反復すれば、ボスは正解と言わんばかりに、パンと叩く。


「そう! つまり、だ。今回再び現れた天の結晶は、その抗争の際に砕かれ霧散した天の結晶のエネルギーが再度集積したものだ。というのが、我々S⁶シックスの出した結論だ」


 ふむ。まあ専門のスタッフが精査し出した結論だというのならば、そうなのだろう。

 俺はそのままボスの言葉を呑み込む。


 そして、ボスは続ける。


「という訳で、君たちに言い渡す任務内容は“天の結晶の回収”、場所は特区第二区画にあるショッピングモール内だ。

 おそらく解放戦線や他の組織もそれを狙って動くはず。君たちには他組織の手を掻い潜り、結晶を回収してきてもらう必要がある」


 なるほど、海上で霧散したエネルギーが近くの特区内で再集積したという訳か。

 しかし、聞いた限りではかなりの高難易度任務に思えてならない。

 俺はボスに問う。


「その他の組織っていうのは、具体的には?」

「そうだねえ。解放戦線はまず間違いなく動くだろう。あとはプラスエスの残党と、もしかすると天の光信仰教会も噛んでくるかもしれない」

「プラスエス残党というのは、海上抗争の奴らですよね。それで、もう1つの――」

「天の光信仰教会――天の光現象を神格化して崇拝し、第六感症候群を神通力として、まるで神からの祝福ギフトの様に扱う宗教団体だよ」


 説明を受ければ、記憶の奥底からその組織名を思い出すことが出来た。

 テレビだったかネットだったか定かではないが、確か昔にそんな団体の名前を見聞きした事が有った気がする。

 しかし――、


祝福ギフトだなんて、とんでもない……こんなの、ただの病気ですよ」

「ああ、全くローゲの言う通りだよねえ。まあ、こいつらは天の結晶をご神体として崇めるだけでウイルス薬の開発なんて出来っこないし、解放戦線のように物騒な事も出来っこない。今のところ大して脅威にもならないだろう。

 それに、今回は特区内という事も有って彼らも手を出しづらいだろうから、まず首を突っ込んでは来ないはずさ」


 なるほど。任務の趣旨と要点は概ね理解した。

 

 「なら、実質的に解放戦線とプラスエス残党が相手ですか」

 「そうなるねえ。もしかすると、天の結晶に釣られて君たちに追って貰っている戦線メンバーの尻尾も掴めるかもしれない。気を引き締めて挑んでくれ――と、いう所で、君たちに渡したい物がある」


 と、ボスは自分のデスクの引き出しから、手のひら大のキューブ状の物体を取り出した。


「ほいっ」


 そして、そのまま俺たちの方へと放る。

 慌ててキャッチする俺と、念動力テレキネシスのスキルで中空で止めてから摘まみ取る来海。


「あの、これは……?」

「それを天の結晶に向けて投げれば、おっきくなってキューブ内に閉じ込めてくれる便利アイテムだよお。うちの技術班、エージェント:リボーンの自慢の品だ。まあ、分かんなかったら来海ちゃー―」


 来海がぎろりとボスを睨む。


「――こほん、ウォールナットに聞いてくれ。彼女は初めてじゃないからねえ」

「ま、そうね。任せてちょうだい。前と同じ様にすればいいんでしょう」

「うんうん。それじゃあ、よろしく頼むよ」

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