#027 天の結晶③
翌日、特区へと戻った俺たちはボスの指令の元、第二区画にあるショッピングモールへと来ていた。
本屋でも服屋でも、フードコートでもゲームセンターでも、とにかく何でもある。俺たち学生が適当に遊びに来るにはうってつけの大型商業施設だ。
この施設内のどこかに、例の“天の結晶”が現れるらしい。
ショッピングモール内の客数はピーク時よりはやや少ないくらいだろうか。
平日だから学生の姿は見えない――と思ったが、ちらちらそれらしい姿が見て取れた。
まあ、大抵がサボりだろう。
第六感症候群の発症が確認された後、親や周囲から無理やり特区に連れて来られて、それに反発する様にグレてしまうなんてのもよく有る話だ。
誰しもが自分が
急を要する任務という事も有って、俺たちも授業を休む事になった訳だが、こちらはきちんと休みの届け出は出してある。
本島の方へ出た際に風邪を貰って来たことになっているらしい。まあ、何か不都合が出たら真白先生に言い感じに対応してもらおうという。
ともかくそんな感じで、俺はショッピングモール内を来海と二人で歩いている。
「――それで、例のブツはどこに?」
私服姿の
「さあ? 反応が有るのはこの施設内のどこかよ。知ってるでしょう、天の光現象は映像記録に残らない。だから、肉眼で視認するまで正確な位置は分からないわ。でも、だからこそ見たらすぐに――」
と、来海が突然言葉を切って立ち止まる。
「どうした?」
「見なさい、
と、来海は吹き抜けのフロアの中空の一点を指差す。
そこには、白い靄に包まれた半透明の結晶体がゆったりと回転しながら、重力に逆らって浮かんでいた。
靄の中にはキラキラとした輝く粒子が見える。
サイズ感は人間の頭部くらいで、持ち帰るには両手で腕の中に抱えなければいけないだろう。
「アレが、天の結晶……」
天の光エネルギーの集積体だと聞いていたので少し身構えていたが、なんてことはない。
見ても何も感じないし、まるでそこに在るのか無いのか分からない程に存在が希薄。意識しなければ見落としてしまいそうだ――と、思ったところで、俺は周囲の違和感に気付く。
「なあ、来海。どうして周りの客は、アレに見向きもしないんだ?」
ショッピングモールのど真ん中、吹き抜けの中空。そんな目立つ場所に、あんなおかしなモノが浮いている。
だというのに、誰一人としてそれに視線を向ける事も無く、素通りして行くのだ。
「見ようとしない者、観測しようとしない者、その存在を理解出来ない者、理解しようとしない者。そんな者たちにとって、アレは意識の死角に在る――存在していないも同然なのよ」
それで、さっき見落としてしまいそうだなんて思ったのか。
実際、俺も天の結晶の存在を事前に知っていなければ、他の客と同じ様に見落として素通りしてしまっていたのだろう。
「じゃあ、今ここでアレを指差して『あそこに何か有るぞ!』と叫べば、ここに居る人たちは存在に気付けるのか」
「理論上はそういう事ね。……やらないでよ?」
「分かってるよ、やらないって。そんな事すれば大パニックだ」
俺は来海を追い抜いて、懐からボスより託されたあのキューブを取り出す。
「ちょっと、桐祐。何をしているの?」
「何って、さっさとアレを回収して帰るんだよ――っと」
と、俺はキューブを投擲。
「――あれ?」
しかし、俺の投げたキューブは天の結晶へ向かう事は無く、逆方向――俺の背中側、つまり来海の方へと飛んで行き、そのまま来海の手の中に納まった。
来海のスキル、
「ちょ、何するんだよ!」
「待ちなさい。あれはまだ気体が集まっている途中の状態、完全に固体化していないわ。今、回収しようとしても、霧散してしまう可能性が高いわ」
「なんだそれ、今初めて聞いたぞ」
「これから言おうと思っていたの。――ともかく、あれはもうほとんど固体化しているけれど、それでもあと2~3時間くらいは待った方が良いわね。白い靄が見えなくなったくらいがタイミングよ」
「そんな、料理の工程みたいな……」
一晩寝かせて固まるのを待ちます。みたいなノリで言われてしまった。
しかしどうやら、話を聞く限り天の光エネルギーは水の様な性質を持っているらしい。
光の雨が液体、そして輝く粒子を含んだ白い靄がその気体であり、それが集積し凝固する事で固体――天の結晶へと成るのだろう。
「しかし、なら固体化を待つ間、どうする?」
「そうね。他の組織の手の者も来ているだろうから、そっちにも目を光らせつつ……でも、向こうだって今動いたって無駄なのは分かっているはず。だから――」
と、来海は少し考えた後、すぐに結論を出したのか、「よし!」と顔を上げた。
「――折角だし、時間までショッピングでも楽しみましょう!」
来海の手から、先程俺が投げたキューブが投げ返された。
俺はそれをまた仕舞い込み、背を向ける。
「じゃあ、俺は本屋に行って来る。また時間になったらここで合流って事で」
と、言って一旦来海と別れようとした。
しかし、すぐに首根っこを掴まれてしまう。
「ちょっと、桐祐。バラバラに行動していて、もしもの事があったらどうするの?」
……確かに。
そうして、今俺は来海に連れられてショッピングモール内を見て回っている。
「ふんふん、ふ~ん♪」
来海が鼻歌を歌いながら服を選んでいるのを、俺は暇しつつやや遠巻きに眺めていた。
普通にショッピングを楽しんでいるその姿は、任務中のエージェントだとは到底思えない。
「こんな事してて大丈夫なのだろうか……」
俺の口からはついそんな呟きが漏れ出る。
すると、いつの間にか近づいて来ていた来海が声を掛けて来る。
「あのねえ、桐祐。結晶の目の前で2時間も3時間もじっと突っ立っている方が、どう見ても怪しいでしょう? 自分たちはアレを狙っていますと言ってる様なものよ」
「まあ、それはそうかもしれないが……」
「それに、監視カメラ映像のジャックや、もしもの時の出入り口の封鎖の準備はうちの技術班がハッキングしてくれているわ。怪しい動きをする奴が居れば分かるし、逃げ場も無い」
技術班、ボスからもその名は出ていた。
今回の天の結晶回収任務にあたっても支給されたキューブも、その技術班のお手製なのだとか。
「なら、まあ大丈夫、なのか……?」
「ねえ、それよりも――」
と、来海が2着の服を目の前にずいと押し出して来る。
「どっちが良いと思うかしら?」
片や薄黄色、片や薄ピンク。どちらも春らしいカーディガン。
いや、どっちでもいい。
「好きな方にしろよ」
「選べないから、仕方なく聞いてるのよ」
「両方買えば良いんじゃないか」
「ううーん……」
これには渋い反応が返って来る。懐事情の問題なのだろうか。
面倒なので、適当な方を指す。
「……じゃあ、こっち」
「そ、分かったわ」
すると、来海は俺が指した薄ピンク――ではなく、逆の薄黄色の服を選んで、レジへ向かって行った。
……おい。
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