#025 天の結晶①
後日、俺たちはある人の元を訪ねた。
事前にアポを取り、休みの日に家まで押し掛ける。
ちなみに、アポを取った際の連絡は、
「迷い犬の保護をしたいんですけど、寮には連れ込めなくて。飼い主が見つかるまでの間、先生のところでお願い出来ませんか」
「はい、いいですよ」
という二つ返事だった。
豪邸という訳では無いが、一人暮らしするには少し広いかなというくらいの家だ。もしかすると、家族も一緒に住んでいるのかもしれない。
玄関チャイムを鳴らせば、すぐに出迎えてくれた。
長居する予定でもないので、上がり込むまでもなく玄関前で応対してもらう。
さて、俺が頼ったのは他でもないあの人。
黒髪ロングと眼鏡が目を引く女性教師、文芸部顧問でお馴染の真白先生だ。
部室を俺と共に半ば私室として合法占拠している様な緩い先生だが、だからこそこういう時の相談相手として相応しいだろうという判断だった。
その判断は間違っていなかったとすぐに思わせてくれる即断っぷり、非常にありがたい限りだ。
「お休みのところすみません。――で、それがこいつなんですけど」
と、俺は挨拶もそこそこに、後方に控えていた来海が抱き抱えている犬を紹介する。
小さなポメラニアンだ。
「まあ、可愛らしい子ですね! この子、どこで拾って来たんですか?」
「第二区画に行く橋の下で、
「そうですか。まあ、そうですよね。確か小等部の寮でも犬を飼っていましたけど、その子は柴犬ですし。ペットを飼っているのなんて第二区画の誰かでしょう」
真白先生はそのまま来海の手から犬を受け取り、抱き抱える。
「――分かりました。それでは、この子はうちで責任を持って預かります」
「よろしくお願いします。飼い主探しは俺たちもやってるんで、先生も何か情報が有れば教えてください」
そうして犬を真白先生に託し、帰ろうとしたタイミング。
最後に、先生から声を掛けられた。
「あ、
「はい、なんでしょう?」
真白先生はにこりと微笑んで、
「あまり危ない事はしちゃ駄目ですよ? ――“夜道は危険ですから”」
「はい、分かってますよ」
それから、俺たちは迷い犬の飼い主探しを並行しつつ、当初の目的である“不審船の乗組員”を探していた。
と言っても、俺たちは第二区画方面に伝手が有る訳でも無いので、出来る事といえば目撃証言など手がかりでもないかと学院内にポスターを貼らせて貰うくらいだ。
そんなある日の事、部室で本のページを捲ってゆったりと過ごしていると、来海がやって来た。
ノックも無く、唐突にガラリと扉が開かれる。
俺は本にしおりを挟んで机に置き、声を掛ける。
「おう、何か進展はあったか?」
「いいえ。犬も幽霊も、それに戦線メンバーも、何もないわ」
「そうか」
しかし、何もないと言う割には何か用事があるらしく、机を挟んで俺の前まで来て立ち止まり、椅子にも座らずにスマートフォンを取り出して画面を見せて来る。
「でもね、
来海のスマートフォンの画面には、“上野さん”という人物からの着信履歴が表示されていた。
悪戯電話だろうか? 通話時間を見る限りワン切りだ。
「いや、誰だよ」
「私たちの上司よ、分かるでしょう? 任務の要請よ。本部へ行きましょう」
なるほど。確かにボスのコードネームや本名で連絡先を登録する訳にもいかないし、重要な任務の内容を場所を選ばずベラベラと話していては盗聴の危険もあり、メールに文面で残すのなんてもっての外だろう。
このワン切りはそういうセキュリティ面を考えてのエージェントが見た時だけ分かる合図であり、表示されているのはカモフラージュ用の偽名だったという訳だ。
そんな訳で、俺は来海に連れられて、MGC襲撃事件の日以来の
外出届を出してから、バスに乗って離島である六専特区と本島とを繋ぐ大きな橋、通称“
車内には俺と来海の他に、夫婦であろう男女が居るだけでガラガラだ。
あの夫婦はきっと特区に我が子の顔を見に来た帰りなのだろう。両親が存命であり、その上第六感症候群の発症が確認され、スキルホルダーとなってしまった後も愛されているというのは貴重な事だ、少し羨ましい……と言う資格は、俺には無いだろうか。
来海は腕を組んだまま、隣に座っている。
結局乗車して来る客もこれ以上居らず、車内は空いているのだから離れて座っても良いのだが、今更移動するのもおかしいだろうと互いに動く機を逸してしまった。
ここで任務について話す訳にもいかないので、特に会話も無い。
窓外を見れば、相変わらず逆光で翼のデザインは見えなかった。
最寄り駅で降りてから、例のオフィスを目指す。
その間、何となく間を持たせようと来海に話を振ってみた。
「来海の実家って、この辺?」
「いいえ、違うわ。ここからだと結構離れているわね」
「へえ、ご家族は存命で?」
「そうね。ママと、お手伝いの姉さんと、あと――まあ、一応父親が居るわ」
お手伝いさんが居るなんてお嬢様だったんだなという感想と、何で父親がそのお手伝いさんの後なんだよという感想が同時に出て来て、さてどちらから話を広げようかと思っていると、来海はそのまま話を続ける。
「小さい私をママと姉さんに押し付けたままどこかへ行って、突然帰って来たと思えばまたどこかへ行って、ふらふらと何やってるのか分からない酷い男だけれどね」
そういえば、以前に来海は苗字で呼ばれる事を嫌っていたのを思い出す。話しぶりからするに、ずっと父親との関係は良好ではないのだろう。
そう思っていると、その間を何か勘違いしたのか、唐突に来海の表情が少し曇る。
「ああ……ごめんなさい。あなたの前で、親の悪口なんて言うものじゃ無かったわね……」
ああ。以前に俺の家族の話をしたからか。
俺は慌てて訂正する。
「いや、気にしないでくれ。気を遣われる方が居心地が悪い。そういうのは人によるというか、それぞれの事情が有るだろう」
別に、家族が居るのだから大事にしろだとか仲良くしろなんて俺には言えない。
「……そうね。でも、やっぱり今のは少し無神経だったわ」
困ったな。来海にはいつもの様にもっと無遠慮に接してくれた方がやりやすいのだが。
俺は大げさに手を振って、無理やり話題を変える。
「いいっていいって。それより――そうだ、じゃあその姉さんの話聞かせてくれよ」
すると、来海はふっと笑っていつもの調子に戻ってくれた。
「そうね。姉さんは凄いのよ。家事だけじゃなくって何でもできて、私のスキルだって姉さんに特訓に付き合って貰ったおかげで――」
と、本当にその姉さんが好きなんだなという事が話しぶりから伝わって来る様で、聞いていて俺まで少し嬉しくなってしまった。
そうして適当に話しつつ歩いていると、目的地であるオフィスビル――
やっぱりどこからどう見ても普通の会社だ。
俺はもう何階のどこの部屋だったかも覚えていないので、来海の後を付いてエレベーターに乗り、上階へ。
やがて、来海が立ち止まった部屋には“社長室”と書かれた表札があった。ここがボスの部屋なのだろう。
コンコンと軽くノックすれば、
「どうぞお」
と声が返って来る。
来海が扉を開けて入り、俺も後に続く――。
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