#035 白銀の少女③

 白銀の少女、シロは不審船の乗組員――つまり、スキルホルダー解放戦線のメンバーなのではないか。

 そんな不安が、胸中を過る。


「やっぱり、そう思う? でも、こんなに小さな女の子よ……?」

「でも、スキルホルダーだった」

「あの、景色を歪ませるっていう? でも、あれ以降一度も見ていないでしょう?」

「そうなんだよなあ。でも、記憶喪失というのがフェイクで、俺たちに近づいて寝首を掻く為に相談箱に投書した、なんて筋書きも……いや、無いか」


 自分で言っていて、笑えて来た。


 「無いわね。まず私たちがそうだっていう情報を彼らは持っていないし、相談箱を利用する意味も分からないし、そもそも戦線メンバーが学院内だけにしかない相談箱の存在を知っている訳も無い。何より寝首を掻こうっていうなら、もっと効率的な手段がいくらでもあるわ」


 ごもっともで。

 それに――と、俺たちの視線は、自然とシロの方へと向いていた。


 そこには、真白先生と犬と一緒に、薄く微笑む小さな女の子の姿。

 あれが人を謀ろうとしている様にはとても見えなかった。俺には彼女から悪意や敵意を感じられない。

 仮に不審船の関係者だったとしても、今はただの幼気な少女だという事は疑いようもない。


 そうして一通り来海との情報交換も終わった頃、真白先生が声を掛けて来た。


「ところで、今日はどうします? シロちゃん、うちで預かっておきましょうか?」


 確かに、俺の――というか、男子の部屋にずっと置いておく訳にもいかないだろう。


「じゃあ、お願い出来ますか? 犬に続いてで申し訳ないですけど」

「それは構いませんよ。シロちゃんもわんちゃんと仲良しみたいですし。部屋も余っていますし」

 

 そして、真白先生はシロに向き直り、屈みこんで目線を合わせて話しかける。


「シロちゃんも、それでいいですよね?」

「……ふるふる」


 おや?


「あれ? わたしのお家は嫌ですか?」

「……こくり」

「ほ、ほら、わんちゃんも居ますよ?」

「……おむ、らいす」

「お、おむ、らいす……?」


 悲しそうに振り返った真白先生と目が合った。

 どうやら胃袋を掴んでしまったらしい、記憶喪失少女は昨晩のオムライスをご所望だ。

 

 俺はやれやれと思いつつも、シロに話しかける。


「オムライス、気に入ったのか」

「こくこく」

「じゃあ、真白先生の所でいい子にしてたら、また作ってやるよ」

「……ふるふるふる」


 ええ……。強めに拒否されてしまった。

 しかし、だからと言ってうちに連れて帰りますという訳にもいかない。

 さて、どうしたものかと頭を悩ませていると、来海が割って入って来た。


「じゃあ、桐祐きりゅうが真白先生の所に作りに行けば良いじゃない」

「ええ……?」

「他でもないシロちゃんの頼みよ。それに――」


 と、来海が俺にだけ聞こえる様に、耳元に唇を寄せて来る。


「――それに、もしあの子が解放戦線と何か関りが有った場合、どうするのよ。万が一を考えて、警護出来る様にしておいた方が良いわ」


 確かに、真白先生とシロの身の安全も考えれば、S⁶シックスのエージェントとして放課後にも様子を見に行けた方が、何かと都合が良いかもしれない。

 そう思い直して、俺は改めてシロに向き直る。


「分かった。じゃあ夕飯は作りに行ってやるから、それで良いか?」

「こくこくこく」

「ちゃんと真白先生の所でいい子にするんだぞ」

「こくこくこく」


 強く頷いてくれた。

 続いて、真白先生に許可を取る。


「真白先生も、それで大丈夫ですか?」

「はい。今はうちにはわたし以外居ませんから、来て頂いて大丈夫ですよ。わたしもオムライス、楽しみです」


 

 そんな訳で、今日の夕飯は真白先生宅にお邪魔して、シロリクエストのオムライスを作る事になった。

 有難い事に、材料費は真白先生が持ってくれるとの事だったので、お言葉に甘えさせて頂き、今は来海とシロを伴って第二区画にスーパーマーケットへと来ていた。

 

 カートを押すのを来海に任せつつ、俺は材料を品定め。

 隣にはシロがくっ付いてきている。餌付けしたからか、懐かれてしまった。


「うーん、今日はデミグラスにするか」

「こくこく」


 デミグラスが何か分かってるのか分かっていないのか、ともかく美味しそうだという事は伝わった様で、シロは頷いてくれる。


 そんな風に三人で買い物をしていると、シロがお菓子コーナーに興味を示してとてとてと歩いて行った。

 俺もそれを追いかける。

 

「おやつも買って行くか?」

「こくこく」

 

 シロは自分の背より少し高いお菓子コーナーの棚を見て吟味し、1つの大きな袋を手に取って、俺の元へと持って来た。


「……うん? これって――」


 それはシロの体躯には似合わない、ビッグサイズのスナック菓子だ。

 そのパッケージには見覚えが有った。これは我が友人が一人、林殿のお気に入りの商品と同じ物だ。

 そして、それと同じ物を最近他の場所でも見た。――あの橋の下で、犬の傍に落ちていた。

 

 林殿に確認した所、それが自分の物だったかどうかまでは分からないと言っていたが、しかし同じ種類の商品である事は間違いは無かった。

 製造日等から照合した結果、おそらく裏山の秘密基地から持ち去られた物だっただろうと当たりも付いている。


「これが良いのか?」

「こくこく」


 白は相変わらず頷くだけ――と思ったら、小さく口を開いた。


「……わんちゃん、これ」

「わんちゃん?」

「こくこく」


 犬にあげたいという事だろうか?


「犬にスナック菓子はあんま良くないぞ、あいつにはあいつ用のドッグフードが有るんだ。だから、シロの食べたいやつを選びな」


 俺がそうやんわりと宥めると、シロは急にしゅんとしてしまった。

 言い方がまずかっただろうか?


「ええと……」


 俺が困っていると、来海がカートを押しながら近づいて来た。


「どうしたの?」

「いや、それが――」


 と、先程の状況を説明する。

 すると、来海は少し考え込んでから、しゃがんでシロと視線を合わせて話しかけた。


「ねえ、シロちゃん」

「……?」

「シロちゃんは、前にもこれを食べた事があるの?」

「こくり」

「それは、どこかで拾ったり?」

「……うーん」


 肯定とも否定とも取れない様な、曖昧な返事。


「じゃあ、わんちゃんと一緒に食べた?」

「……こくり」

「美味しかった?」

「こくこく」


 来海が優しく微笑む。

 

「そ、ありがと。じゃあ、これにしましょうか。でも、いっぱい入っているから、一気に全部食べちゃ駄目よ?」

「こくこくこく」


 来海が最後にシロの頭を撫でてやれば、その頃にはもうしゅんとしていたシロはどこへやら、スナック菓子の袋を抱いて機嫌も良さげだ。

 しかし、なるほど。来海の考えていた事、シロに問うていた内容の意味。それらはつまり、そういう事だ。


 スーパーマーケットからの帰り際、俺はシロに聞こえない様に、来海にそっと耳打ちする。


「なあ、もしかして、シロが……」

「ええ。裏山で見つけた形跡も、橋の下で見つけた菓子の袋も、あの子の仕業みたいね」

「じゃあ、俺たちが追っていた幽霊――つまり、不審船の乗組員の正体は――」

「――シロ。やっぱりあの子は、解放戦線絡みだわ」

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