#034 白銀の少女②

「――全く、わんちゃんの次は女の子を拾って来るなんて……。火室かむろ君はそういう縁に恵まれているのでしょうか?」


 翌日、部室。

 真白ましろ先生は、俺が突然連れて来た白銀の少女を前に、困った様に眉を下げていた。


 恵まれているというか、呪われているというか……。

 ともかく、俺は先生に昨晩の事情を説明し、助けを求めた。


「あらあら、火室君と天野さんはもうそんな関係に――」

「話、聞いてました?」

「ふふっ、冗談ですよ。でも、そうですね。記憶喪失で迷子の女の子となると、心配ですね……」


 と、真白先生は少し考え込む。


「取り敢えず、授業を受けている間は部室で待っていてもらおうと思うんです」

「それは構いませんよ。わたしも小等部の方に迷子になった子が居ないか、確認を取ってみますね」

「はい、お願いします」


 さすが真白先生だ、細かい事を聞かずに許可をくれた。

 俺は少女に向き直る。

 

「それじゃあ、ここで待っていてくれるか? お菓子は好きに食べて良いし、漫画なんかも置いてあるから好きに読んで良いからな」

「こくこく」


 少女の返事は、昨日と同じ様にいじらしく頷くだけだ。

 

 少女が元々着ていた白いワンピースは汚れていたので、うちで洗濯中。

 今の服装は、家に有った白いブカブカのシャツを被り、腰の辺りをベルトで締めて良い感じにワンピースっぽくなっていて、履物はサンダルだ。これは来海が可愛くアレンジしてくれた。

 そんな小綺麗になった少女は、一人パイプ椅子に大人しく座っている。

 

 そんな少女の姿に多少後ろ髪を引かれつつも、お茶の入れ方やお菓子の収納場所、トイレの場所なんかを教えてやり、それから読めそうな漫画を幾らか見繕ってやってから、俺は教室に戻った。



 教室に戻れば、にやにやとした笑みを浮かべる我が友、愛一あいいちが出迎えてくれた。

 今日はやけにご機嫌だが、まあ理由も分かっている。

 

「やあ、桐祐きりゅう! 今日はまた、随分と面白い事になっていたじゃないか」

「……まあ、な」

「あの子、どうしたの? 親戚の子?」


 親戚の子――と言われると、なるほど。

 あの少女に世話を焼いてやりたくなるのは、どこか妹を思い出させるからなのかもしれない。

 今は亡き妹を、少女に重ねているのだ。


「……あれ? 桐祐? おーい!」


 感傷に浸っていると、愛一が顔を覗き込んでくる。

 俺は慌てて取り繕い、答える。


「いや、何でも無い。そういうんじゃない、ただの迷子の子だよ。ほら、うちの部室ってお菓子とか置いてあるだろ?」

「ああ、そういう。確かに託児所にはもってこいだ」


 託児所というほど幼い訳でもないだろうが……いや、愛一の言にも頷ける部分は有る。

 あの少女の受け答えの様子を見るに、見た目以上に幼い――もしくは、記憶喪失の影響で精神的に幼くなっているのかもしれない。


「……お前、意外と鋭いな」

「うん? 何の話?」

「いや、何でもない、こっちの話だ。ともかく、今日の昼は部室に様子を見に行くから、飯は――」

「何を今更、最近一緒に食堂行ってくれないじゃん。僕はこれでも結構寂しがりなんだぜ?」

 

 愛一は俺の断り文句を遮る様に、溜息と共に言葉を被せて来る。


「悪かったって、今度埋め合わせするって前にも言っただろ? 何なら、一緒に部室で食うか?」

「……んー、いいや。来海ちゃんとの時間を邪魔しても悪いしね~」


 今何か天秤にかけるような間が有ったな。

 こいつ、面識の無い年上の女子が一緒になる可能性を考慮して逃げたと見える。


「はいはい、言ってろ」

「ちぇー」


 と言ったところで、唐突に思い出した様に、


「あ、そうだ」


 と、愛一が話題を変える。

 

「どうした?」

「ペンを無くしちゃってさ、見てない?」

「ペン? どんな?」


 すると、愛一は人差し指を一本立てる。


「こんくらいのサイズの、可愛いやつ」

「微妙に短いペンだな」

「玩具みたいなボールペンなんだよねー。気に入ってたんだけど、どこかに落としちゃったみたいで」


 ふむ。友人の為に探すのを手伝ってやりたい所では有るが、生憎今日は――というか、しばらくは忙しくなりそうだ。


「悪いな、見てない」

「そっかあ。まあ古い物だし、諦めて新しいの買おっかな」

「まあ、見かけたら知らせるよ」

「うん。よろしく頼むぜ、親友」

 

 

 そうして、いつもの授業の時間は何事も無く過ぎて行き、昼休み。

 足早に部室へと向かうと、何やら室内が騒がしい様な……?

 既に真白先生か来海が来ているのかもしれない。

 

 恐る恐る扉を開けると、そこには――、


「なっ――!?」


 真白先生、来海、白銀の少女。

 そして、犬が居た。あの迷い犬のポメラニアンだ。


「あら、遅かったわね」

 

 パイプ椅子にもたれ掛かってパンを齧る来海が言う。

 

「きゃんきゃん!」

「……くすくす」


 犬は少女の膝に上で撫でられていて、少女は犬が身動ぎしてくすぐったいのか薄く笑っている。

 既に懐いている様だ。


 俺は奥に座る真白先生の方を見る。

 それに気づいた真白先生が口を開く。


「ああ、わんちゃんですか? シロちゃんが一人だと寂しいかなと思って、連れてきちゃいました」

「いつの間に……というか、シロちゃん?」

「はい。名前も憶えていないという事でしたので、呼びやすい様に勝手にそう呼ばせて貰ってます」


 なるほど。確かに少女だとか女の子という呼称では分かり難いだろう。

 おそらく少女の見た目からの連想と、真白ましろ先生の名前を取っての命名だろう。


「ね、シロちゃん」


 と、真白先生が白銀の少女――シロに声を掛ける。

 すると、いつもの様にこくこくと頷くのかと思えば、シロは口を開いた。


「……ね、ましろちゃん」

「きゃー! 可愛いです! もううちの子にしちゃいましょうか?」

「……ふるふる」

 

 ……この先生、駄目かもしれない。


 しかし、様子を見るにシロは大人しく良い子にしていたらしい。

 傍には読んだであろう漫画本の山と、お菓子のゴミ、お茶は口に合わなかったのか、後から真白先生が買って来たであろうジュースのペットボトルが置かれていた。

 それに、今は真白先生が相手してくれているおかげか、どこかシロの表情も柔らかい。


 俺は今の内に来海と話をする事にした。


「来海、何か分かったか?」


 俺が隣に座って問いかければ、パックのジュースを飲んでいた来海がストローから口を離して答える。


「そうね。まず、小等部に行方不明の子が居るかどうかね。結論から言って、そんな生徒は居なかったわ。これはうちの方の調べだけでなく、真白先生の方でも同じ結果だったから間違いないわ」


 さすが優秀なS⁶シックスのエージェントだ、仕事が早い。

「一応、中等部の方はどうだ? ちっこいだけでギリギリ中等部かもしれないぞ」

「そっちもうちで調べたわ。中等部の生徒名簿にも該当の生徒はナシ。こんな目立つ容姿の子だから、見落としも無いはずよ」


 俺は頷き、続きを促す。


「次に、入島記録ね。直近1か月の記録を洗って貰ったけれど、こっちも空振りよ。万に一つくらいの可能性で、第二区画に住む誰かの親戚の子なんて線も考えていたけれど、そういう訳でも無さそうね」

「……つまり、完全に正体不明って事か」

「ええ、そうなるわね。……やっぱり、今月の頭から噂になっている、幽霊騒動絡みな気がするのよね」


 今月の頭からの幽霊騒動。そして、同時期に起こった不審船の漂着。

 きっと、来海も同じ事を考えている事だろうが、俺はあえてそれを口にする。


「――不審船の乗組員」

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