#036 白銀の少女④

 その日、スーパーマーケットから帰った俺たちは、そのまま真白先生のお宅にお邪魔して、真白先生、シロ、来海と夕食を共にした。

 

 俺が食事を作った分、食器は来海くるみが洗うと仕事を取り上げられてしまったので、今は真白邸のリビング、ソファに座って、シロに絵本の読み聞かせをしていた。


「――そして、魔王の手から世界を救った勇者と魔女は、幸せに暮らしましたとさ」

「ぱちぱちぱち」


 シロは小さな手で控えめに、賞賛の拍手をくれる。ご清聴感謝。

 すると、シロは読み終わった絵本のページをぺらぺらと捲り、あるシーンで手を止めた。

 そこはこの物語のクライマックス手前、魔王が襲った王都に火の手が上がっているワンシーンのイラストだ。


「ここが気に入ったのか?」

「……こくり」


 シロはそのページをじっと見つめて、それからぽつりと呟いた。


「……べーた……」

「うん?」


 何か記憶に引っかかる物でも有ったのだろうか。しかし、なんと言ったのか上手く聞き取れなかった。

 どうやらシロも無意識だったのか、俺が聞き返してもこてんと首を傾げるばかりだ。


 

 それから、遅くまで居座っても悪いので、片付けも終われば早々に寮へと帰宅する。


「それでは、ごちそうさまでした。もう暗いですから、帰り道は気を付けてくださいね」

「はい。お邪魔しました」


 真白先生に挨拶してから、シロに向き直る。

 シロは犬を抱っこしたまま、真白先生の隣に居る。


「じゃあ、また明日な」

「……こくり」


 少し寂し気に、躊躇いがちに頷くシロ。

 出来れば一緒に居てやりたいが、そういう訳にもいかない。

 来海を伴って、真白先生宅を後にした。


 

 翌日以降も、昼の間は犬とシロは部室で待機し、夕食は真白先生宅で俺たちもご一緒させてもらっていた。

 さすがに毎日オムライスという訳にもいかないので、ハンバーグやカレーライスや、子供の好きそうなものを作ってやった。

 真白先生の食事まで同じ物になってしまうのは申し訳が、シロの身元が分かるまでしばらくこの生活は続くだろう。


 来海まで一緒に来なくても良いんじゃないかと思わなくも無いが、律儀に毎日付いて来てくれている。

 もしかすると記憶を取り戻したシロがどういう行動を起こすのか、真白先生の身を案じて警戒しているのかもしれないし、普通に夕飯目当てかも知れない――というのは、自惚れが過ぎるだろうか。

 ともかく、そんな日々が数日過ぎた頃。


 コンコンと、部室の扉が叩かれる。

 まあどうせ真白先生だろうといつもの感じで「どうぞー」と気の抜けた返事を返せば、扉が開く。

 

「――すんまへん、ここ、文芸部?」


 おや? 知らない人、糸目と栗色の髪が特徴的な男子生徒だ。

 今この部屋には俺と来海、そしてシロと犬という学院内に相応しくないであろう自由空間が広がっている。

 ちょっとまずいかなと思っていると、その不安は的中。


「うぇ!? え、なんでや、ええ!?」


 男子生徒は狼狽えていた。

 いや、まあそういう反応になるだろう。いきなり学院内に犬と戯れる白ワンピースの少女が居るのだ。

 しかも、部室内には漫画本や絵本やらが山積みされていて、パーティー開けしたお菓子の袋やジュースが堂々と広げられている。

 

 さて、そのまま廊下で騒がれても面倒なので、俺は男子生徒を招き入れる。


「まあ座って。お茶位なら出せるんで。俺は一年の火室かむろ

「あ、ああ……。自分は三年の猫田ねこたや、よろしゅう」


 男子生徒は部室内のシロと犬をじろじろと見つつも、手を差し出して名乗ってくれる。

 猫田というらしい。

 

「先輩でしたか。それで猫田先輩、どういったご用件で?」


 握手を求められたので、俺はそれに応じる。

 すると、猫田の表情が少し変わる。


「――へえ。あんた発火能力者パイロキネシストか、面白いなあ」

「!?」


 俺は慌てて、手を離して数歩後退。

 こいつ、俺のスキルを――何故!?

 傍観していた来海もがたりと立ち上がり、手を背に回して構える。


 すると、猫田はくっくっと喉を鳴らして笑う。

 敵意は、無い……?

 ゆっくりと身体の力を抜いて行く。


「ごめんな、なんや驚かされたんで、その仕返しや」

「……それが、あなたのスキルですか」

「せや。自分、“サイコメトラー”やねん」

 


 長机を挟んでパイプ椅子に座り、改めて猫田と向かい合う。

 シロは初対面の相手に警戒心剝き出しで、俺の後ろにすっぽりと隠れてしまっている。


「それで、どういったご用件で?」


 少し不機嫌そうに来海が問えば、猫田は答える。


「いやな、あんたの貼っとったポスター見て来たねん。いや、正確には見たというか触ったんやけど」


 触った。つまり、そのスキル――“サイコメトリー”によって、触れてポスターの残留思念を読み取ったのだ。

 

「サイコメトリー。触った人や物から、記憶のイメージを読み取るスキルね。それで、掲示板のポスターから私たちの拠点が文芸部であると読み取って、わざわざ足を運んで来た、と……」

「せやせや。まあ相談箱? に突っ込んで来ても良かったんやけど、なんやおもろそうやったしなあ」

 

 あのポスターには文芸部について何も記述されていない。

 それはこの来海の奉仕活動擬きの真の目的は、学院内でのS⁶シックスの活動の補助の為というのが裏に有る。

 依頼を何でも受け入れるという訳では無く、S⁶の活動に関わりの有りそうな案件を選別しているのだ。その為のワンクッションとしての相談箱とメールフォームだ。

 しかし、スキルを使ってそのワンクッションを飛び越えて来られては、どうしようもない。


 俺は内心溜息を吐きつつも、用件を促す。


「それで?」

「ああ、そうそう。これなんやけど――」


 と、猫田はポケットから小さな棒状の――おそらく、ペンであろう物を取り出し、机の上に置いた。


「これは?」

「落とし物や」


 いや……ええ?

 どんな面倒な用件かと思えば、普通の落とし物。

 しかし、普通に困ってしまった。

 

「……それは、普通に学院の落とし物として届け出した方がいいのでは?」


 すると、猫田はまたくっくっと笑う。


「それがな、これ触った時に、見てしまってん」

「何を?」


 すると、猫田は俺を指差す。


「……俺?」

「そ! なんか見た事ある顔やなーって思って、ほんで、どこで見たっけなーって思い出したら、このポスターやんけ! って感じや」

「な、なるほど……」


 猫田曰く、持ち主本人に届けに来たくらいのつもりらしい。

 しかし、残念ながらこのペンは俺の持ち物ではない。


 なんとなく手に取って見てみる。捻ればペン先が飛び出る仕組みの、玩具のボールペンという感じだ。

 ……うん? どこかでそんな話を聞いた様な……?


「ほな、落とし物は返したさかい、お暇させてもらうわ」


 猫田は立ち上がり、一仕事終えたという感じで満足気に、さっさと帰って行く。


「ちょ、待っ――」

「もう無くさんようにな~」


 猫田は退室時、やっぱり最後まで気になっていたのか、シロたちの方をちらりと見てから、扉を閉めた。

 嵐の様に現れて、そして去って行った。


 来海が大きな溜息を吐く。


「もう、何だったのよ、全く……。桐祐きりゅうも、落とし物なんて不用心ね」

「いや、それ俺のじゃないんだよなあ……」

「あれ? そうなの? でもさっき、あの人、あなたの顔をサイコメトったって」


 なんだその動詞は。

 しかし何だっただろうか、何か覚えがあるのだが、ド忘れしてしまっ――、


「――ああ! そうだ!」

「ちょっと、急に大声出さないでよ」

「あ、いや、すまん」


 シロもびくりと驚いて離れてしまった。胸が痛む。

 

 いやしかし、思い出したぞ。これは愛一の落とし物ではないだろうか?

 確か、玩具みたいなペンを無くしたと言っていた。つい最近の話だと言うのに、結構ごたごたしていた所為ですっかり忘れていた。

 

「それで、どうしたの?」

「ああ。このペン、多分友達の物だ」

「そう。それで一緒に居たであろうあなたの顔がメトられた訳ね」


 どんどん略されて言いやすい動詞にされていく。


「だろうな。まあ、明日にでも返しておくよ」

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