#Another side ■■■■

 (――全く、あんな厄介なもん、関わってたまるかいな)


 六専学院三年、猫田ねこたは夕暮れの校舎、一人階段を降りる。


 今朝、猫田は小さなボールペンを拾った。

 そして、その持ち主の記憶イメージの一部を、自身のスキル“サイコメトリー”によって覗いてしまった。

 そこで見たビジョンは、火室桐裕かむろきりゅうの姿や文芸部のイメージだけでは無かった。

 

 あのボールペンは間違いなく雨上愛一あまがみあいいちの持ち物だ。そのはずだった。

 だというのに、どこかで他の何者かがペンに触れたのか、猫田の見たビジョンには全く違うものも混じっていた。


 猫田はその混じっていた謎の記憶のビジョンを恐れ、厄介払いする様にペンを火室桐裕に押し付けたのだ。

 

(――自分は何も知らへん、見てへん。なんか有ったら、全部火室君の責任や)

 

 猫田はこれで肩の荷が下りたと言わんばかりの軽い足取りで、一段、また一段と階段を降りる。

 そして、ポケットからスマートフォンを取り出して、連絡帳の画面をスクロールして目的の相手を探す。


(――いやしかし、厄介なもん拾うて不運や思てたけど、そうでもあらへん。まさかの収穫やったなあ。なんでうちの学院に居るんか分からんけど、これはさすがに“ナンバーツー”に知らせなあかんやろなあ)

 

 猫田は部室で見たあの白銀の少女を思い出していた。

 向こうは覚えていないだろうが、猫田は彼女を知っていた。

 

 そして、スクロールの指を止め、緑の受話器のマークへと指を伸ばす――その瞬間だった。


「――サイコメトリー……ね」


 その声は猫田の背後から。

 振り返れば、そこには知らない男の姿。


「誰や、あんた!?」

「別に、誰でもないよ。でも、まさかそんな落とし物1つから足が付くとは思わなかったなあ……でも、まあ普通に僕の危機管理不足だよね」

「な、何を言うてるんや……? 何の話や!?」

「だから、僕は誰でもないし、これもただの独り言さ。――お前だって、もう誰でも無くなるんだぜ?」

 

 直後、猫田の身体が硬直。

 意識も朦朧とし、思考が定まらない。


「な、なん……、おま、えは……」


 男は猫田の横をゆっくりと横切って行く。

 猫田はなんとか眼球だけを動かして、それを追う。

 しかし、やがてその意識は完全に暗転した――。


 そして、猫田はがくりと項垂れた後、虚ろな瞳で目を開いた。

 男が声を掛ける。


「それじゃあ行くよ。あ、それ、没収ね」


 男が手を出せば、猫田はその手に自身のスマートフォンを差し出す。

 そして、猫田は虚ろなまま、男の後を付いて行った。


 男はぽつりと、独り言つ。

 

「……はあ。そろそろ潮時かな。うーん、どうだろう? まだ僕は僕で居られるのかな? ま、でも結局それもあいつら次第だよねえ。結構楽しかったんだけど、残念だなあ。

 ――でも、彼女は無事みたいだし、それで良いよね。僕はやる事やったって事で。……ね、ベータ」


 その後、学院内で猫田の姿を見た者は居ない。

 それどころか、生徒名簿に猫田という名前は存在していなかった。

 

 誰も知らない、どこにも居ない。

 彼はもう、“誰でも無くなった”のだ。

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