#037 ラプラスの悪魔①
白銀の少女、仮称シロを保護してから一週間が経過した。
気づけば、学院内で流行していた幽霊の噂はすっかり納まりを見せていた。
語り部たちが飽きてしまったのかもしれないし、実際に見ていた幽霊が居なくなったのかもしれない。
後者の場合、それはおそらく幽霊の正体だったであろうシロが保護された事によるものだろう。
どちらにせよ、そんなオカルト的な噂話の流行など一過性の物だ。
しかし、若者たちはそんな一過性の噂話が大好きな様で、今はまた別の噂が持ち上がっていた。
「――ラプラスの悪魔?」
「そ。そういう占い師が居るんだって、るいるいが教えてくれたわ」
シロの身元捜索と犬の飼い主探し、どちらも並行しつつ、投書の主の正体も分からぬまま。
色々と行き詰まるという停滞の極みの状況に、
ちなみに、るいるいとは来海のクラスメイト、
「占い師なんて、解放戦線絡みでも無いだろう。来海、そういう話好きだったっけ?」
「違うわよ。でもね、なんでもその占い師、的中率百パーセントでどんな真実でも見通してしまうんですって。だからね、その占い師に頼んで、シロとわんちゃんの元居た場所を見つけてもらおうかなって思うのよ」
犬とボールで遊んでいたシロも自分の名前を呼ばれたのに気づいて、手を止めて来海を注視する。
ふむ。確かに
「――その占い師、スキルホルダーか」
「ええ。だって、ここはスキルホルダーの集う、天下の六専学院よ? ただの占いな訳ないじゃない」
ごもっとも。
「それで、その占い師――ラプラスの悪魔か。そいつは、どこに行けば会えるんだ?」
「それが、分からないの」
「分からない……?」
俺が腕を組んだまま首を傾げれば、隣でシロが同じポーズを真似してみせる。
来海がそれを見てくすりと笑った後、答える。
「運が良ければ、会えるらしいわ」
来海の話をまとめると、こんな感じだった。
“ラプラスの悪魔”――性別学年共に不詳の六専学院の生徒。いつも放課後になると、学院内の空き教室のどこかに現れるのだと言う。
完全先着制で、見つけることが出来た者だけがラプラスの悪魔に占って貰えるのだとか。
その噂は現在二年の女生徒の間で主に広がっている様で、その内他の学年にも広がるだろうから、利用するなら早めの方が良いだろうとの事だった。
確かに、悪魔に占いを頼もうという人数が増えれば増える程、競争率は上がり不利になる。
なんなら空き教室の数なんて限られているのだから、人海戦術で探し当てられて複数人に押し掛けられる様になれば、密かにやっている占い業なんてすぐに廃業してしまうだろう。
ラプラスの悪魔が本当に何でも見通す事の出来るスキルホルダーであるのなら、これほど今の俺たちにとって頼りになる存在も居まい。
「それじゃあ早速、今日の放課後探してみましょう」
そう言って立ち上がる来海を、俺は制止する。
「まあ待て」
「何よ?」
「闇雲に探しても、無駄足を踏む確率の方が高いだろう」
ご存じの通り、この我らが文芸部は元々俺一人の部員数で部室を貰っている。
その例からも分かる通り、この六専学院にはスキルホルダーたちに少しでも明るい将来の道を切り開いてもらおうという理念の元、ありとあらゆる部活動が存在している。
しかし一般の学校よりも少ない生徒数の関係と、結局人気の運動部系に人数が集中するという理由から、その殆どが幽霊部活となって名前だけ存在するのだ。
それでも予め部活動用の教室だけは用意されている為、部室棟の半分ほどは空き教室。校舎棟の各学年の階にも空き教室は1つか2つは存在している。
つまり、下校時間まで学校中を歩き回っても見つからない、あるいは競争相手に先に見つけられてしまうだろうという話だ。
こういうのは、そういうのに詳しい奴にコツでも聞いて――と思ったが、そんな都合の良い奴居る訳が無いか。
ともかく、それでも頭を捻ればやりようはある。
来海はつまらなさそうに唇を尖らせる。
「しょうがないじゃない、運なんだから」
「馬鹿正直に運任せにしなくても、確率を絞れば良いと言う話だ。つまり、ズルしてしまおうぜ――ってな」
放課後、タブレット端末に学院の見取り図を表示ながら、来海と犬を抱き抱えるシロを引き連れて、部室棟の階段を上る。
「
「そうか? いきなりクナイ突き付けて脅して来るのと比べると、そうでもないと思うが……」
「それ、忘れなさいよ」
まあ、その後俺も
ともかく、俺のやった事は簡単な事だ。
階段を上り、1つ上の階のフロアに出る。
そのフロアの教室の扉、その全てには張り紙がされていた。
――“点検中につき、本日使用禁止”。
そう。何をやったかと言えば、授業を一コマさぼってシロと一緒に部室棟の最上階以外の空き教室全てに同じ張り紙を貼っただけだ。
シロは何かの遊びだと思って楽しそうに手伝ってくれた。
張り紙の原本は
頼んだら二つ返事でくれたが、真白先生はもっとちゃんとした方が良いと思う。
「――ま、校舎棟の方は手が付けられなかったが、そもそも見に来る生徒数が多く見つかりやすい校舎棟でわざわざ占い屋を構えたりはしないだろう。そして、状況を知らない他の奴らが部室棟の最上階まで見に来るのは最後だろうが、俺たちは最上階だけは張り紙が無い事を知っているから、最速で辿り着けるという訳だ」
部室棟の最上階まで階段で登るのは大変だからな。
その点、最初から校舎棟の選択肢を捨てていて、張り紙を貼った犯人である俺たちは、二階の文芸部でシロを拾ってその足でそのまま上るだけだ。
「そう上手く行くといいけれど。ラプラスの悪魔が最上階まで確認せずに、空き教室自体が無いと思って今日は休業するかもしれないわよ」
「それなら、諦めて部室に戻っていつも通りシロと遊んでようぜ」
「
来海が呆れた声を漏らす。
すると、シロがそれを真似して、
「……きりゅー」
と呟いた。可愛い。
やがて、くだらない話をしながら登っていればすぐに最上階に到着。
「さて、じゃあ端から見て行くか」
東側から順に教室の扉に手を掛けて行く。
力を加えても抵抗を感じるだけ。勿論、空き教室なので施錠されているからだ。
そうして1つずつ教室を見て行き、最後に最西端の一室。
その扉に手を掛ければ――すっと抵抗なく、扉は動いた。
俺と来海は目を見合わせる。
ビンゴだ。扉が開いているという事は、中に誰かが居るという事。
「開けるぞ」
「ええ」
シロが俺の服の裾をぎゅっと握る。
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