#031 相談箱の投書①

 その後、ある日の授業終わり。

 教壇に立つ真白ましろ先生がこう言った。


「あ、そうそう。皆さん、以前から出ている夜間外出の制限に関してですが、本日を持ちまして解除となります。部活動に所属している皆さんは、縮小していた活動を再開しても構いません」


 すると、教室中からどよめきが起こる。


「真白ちゃん先生、それ本当!?」

「って事は、不審者捕まったの?」

「もしかして、この前のショッピングモールの騒動がそれだったり……」


 ショッピングモールでの一件は、公には災害用設備の誤作動という事になっていた。

 防火用のシャッターが下り、スプリンクラーが暴発したと、なんともそれらしいが、それを好奇心旺盛な学生たちが信じるかと言えばまた話は違ってくるだろう。


 真白先生はあわあわとしながら、皆を宥める。


「もう、皆さん落ち着いてください! 不審船の調査がひと段落付いて、何事も無かっただけです。でも、外出制限が解けたからと言って羽目を外しすぎてはいけませんよ?」

「はぁーい」


 そんなこんなで、六専特区での夜間外出制限が解除された。

 ショッピングモールの一件によって、“おそらく不審船の乗組員は死亡しているだろう”という一旦の予測の元の制限解除なのだろう。

 半月近くも外出制限を出していると島民の不安も広がる。これ以上の引き延ばしは難しいとの判断も有ったのだろうと思われる。

 ともかく、これでおかしな事件は終わってくれれば良いが――。

 

 

 休み時間、俺の席に一人の男がやって来て、声を掛けて来る。


火室かむろ殿~」


 ふくよか体形で額にはバンダナ、最近出来た我が友人の林森森はやし しげる殿だ。

 今日は愛一あいいちではなかった様だ。何となく教室内にざっと視線を流しても、愛一は居ない。


 軽く手を挙げて挨拶を返す。


「おお、林殿。どうした?」

「いやなに。例のショッピングモール、火室殿たちも居たんでござろう?」

「まあ、な」


 なんで林殿がそれを知っているんだと思いつつも、曖昧に答える。


「いやあ、折角のデートに水を差されて、残念でござったなあ」

「そういうんじゃないからな? からかいに来ただけなら、あっち行った」


 俺は大げさにしっしっと手で振り払う動作をする。


 「いや失礼、野暮でござったな。それよりも、実は最近特訓の末、少しずつ遠隔透視スキルの腕が上がって、より遠くまで見える様になったのでござるよ」


 どうやら林殿はスキルの上達を自慢しに来ただけらしい。

 同じ様に自分のスキルで悩む者同士、それはとても喜ばしい事だ。

 しかし、その言い分から1つ気になる事が有った。


「それはめでたいな。しかし、肝心の近くの方は……?」

「それは……で、ござるな……」


 どうやら駄目な様だ。

 まあドンマイだ。まだこれからだろう。


「でもでも! この特区を越えて、本島の方まで見渡せる様になったんでござるよ!」

「それは普通に凄いな、おい」


 ピーキーで扱いが難しい分、その出力の最大値は大きいという事なのだろう。

 ここまで高出力なスキルとなると、第六感症候群研究の非検体として国外拉致されそうなくらいのレアケースな気もする。



 そうして、放課後。

 部室に向かう前に、俺は玄関口に設置してある相談箱の確認をして行く事にした。

 どうせ相談の連絡はメールフォームに送られてくるので、誰も使っていない飾りの様な物だが、設置させてもらっている手前、一応数日に1回ほど確認している。


 手作り感満載の箱を手に取って持ち上げて、上下に振る。

 いつもなら、何の音も手応えも無く、そのまま置いて立ち去るところなのだが――、


 ――がさり。


「うん?」


 中に何か有る。

 

 しかし、相談の投書だとは限らない。

 偶にレシートのゴミなんかを中に捨てる不届き者も居るので、まあ今回もその類だろう。

 そう思い、すこしげんなりしつつ箱を裏返して、中身を出す。


 すると、レシートとは違う材質の4つ折りにされた紙が一枚、落ちて来た。

 拾い上げて見て見れば、どうやらそれはノートの切れ端の様だ。


 部室に戻ってから来海と一緒に見ても良かったのだが、なんとなく俺はそれを開いて、中を見て見る事にした。


「……?」


 そこには署名等も無く、ただ一言だけが書かれていた。


 ――“今夜、一人で橋の下まで来てください”。


 手書きだが、筆跡は丸文字でやや女子っぽく感じる。断定する根拠は無いので主観だが、おそらくそうだろう。

 そんな事よりも――と、幾つか疑問が浮かぶ。


 今夜とはいつの事なのか。何故一人でなのか。橋の下とはどこの橋の下なのか。何故署名が無いのか。この投書によって何をして欲しいのか。

 それらの事が全く何も分からない。

 

「悪戯か……?」


 しかし、何の為に。

 裏面を見ても、他には何も書かれていない。

 ともかく、一度部室に持って行って、来海に相談するべきだろう。

 ……一人でって書いてあるけど、まあ良いよな。

 

 

 部室。

 先に来ていた来海が、何か真白ましろ先生と話していた。


「――それで……あ、桐祐きりゅう


 俺の来訪に気付いた来海くるみは、話をそこで切る。


「それじゃあ、わたしはこれで」

「はい、ありがとうございました。真白先生」

「天野さんも、真白ちゃん先生って呼んでも良いんですよ?」

「い、いえ。遠慮しておきます」


 そう会話を交わした後、真白先生は俺の横を過ぎて部室を出て行く。


「火室君も、また」

「はい、お疲れ様です」


 俺は定位置のパイプ椅子を引いて腰を下ろし、来海に声を掛ける。


「なんか邪魔したか?」

「いいえ、大丈夫よ。……それで?」


 顔に出ていただろうか。まあ話が早いのは助かる。

 俺はポケットに入れていた先程の紙片を取り出し、机の上に滑らせる。


「さっき、相談箱に投書されていた。まあ見て見てくれ」


 来海は紙片を摘まみ上げ、開いた後しげしげと見つめる。

 表を見て、裏を見て、天井のライトに透かせて、それから丁寧に元の位置に戻す。


「どう思う?」


 そう問えば、来海の口からは意外な回答が返って来た。

 

「どうって、私宛の――多分、告白でもしたいんじゃないかしら?」

「え?」


 思わず素っ頓狂な反応をしてしまう。


「いや待て待て、何か暗号が隠されているだとか、戦線メンバーからの宣戦布告だとか……」

「はあ。この文面を見てそういう発想になるって……あなた、なかなか毒され来たわね」


 来海に呆れられてしまった。

 そう言われて、改めて紙片を見てみる。

 

 ――“今夜、一人で橋の下まで来てください”。


 確かに、来海の言葉を聞いた後だと、校舎裏に呼び出して告白みたいなベタなシチュエーションに読める。

 時間と場所の指定が少し特殊だが、来海の容姿は客観的に見て美人だと言える。ラブレターの1つや2つ貰ってもおかしくはない。

 しかし、1つ頭に引っ掛かった。

 

「でも、これ書いたのって女子だよな?」

「何言ってるのよ。これ書いたの、男子でしょう?」


 この丸文字はどう見ても女子の書いた物だ。

 そう思っていたがしかし、またしても来海と意見が食い違う。

 

 理解不能と言った俺を見かねて、来海はまた呆れた様に溜息を吐いた後、説明してくれる。

 

「あのね、女の子が手紙を出す時って、どうすると思う?」

「どうって……?」


 分からない。


「普通はもっと可愛い便箋を使うのよ。好意を寄せる相手に送るなら、尚更ね。なのに、何よノートの切れ端って、馬鹿にしてるの?」

「な、なるほど……」


 そういったところは同じ女子の方が理解度が高いのだろう。俺には無い視点だった。

 そう言われてみると、確かにノートの切れ端にメッセージを書いて送るなんて杜撰ずさんな事をするのは男子かもしれない。

 俺も来海も、どちらの意見もやや偏見に寄ったものだが、来海の方が一定の理がある様に思う。


 ともかく、来海宛ての呼び出しなら俺には関係無いだろう。

 来海に問う。

 

「それで、どうするんだ、これ?」

「どうするって……行かないわよ? 名前も書いてないし、夜に呼び出すなんて非常識、ノートの切れ端で送って来るっていうのもナンセンスだわ。そういう男は無しね」

「そ、そうか……」


 来海の言はもっともだが、バッサリと容赦なく切られた差出人が少し可哀想だ。


「でも、もし差出人が一晩中橋の下で待っていたら、なんか気の毒だな」


 なんとなく軽い同情の気持ちで、ぽろりとそんな事を漏らせば、来海がこう言った。

 

「じゃあ、桐祐が行って、代わりに断って来てよ」


 ……ええ?

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