#051 炎の記憶
――パチリ、パチリ。
轟々と燃え盛る炎が火花を散らし、弾ける音が耳に障る。
熱い、熱い、呼吸が出来ない、苦しい。
丁度夕飯前の事、一瞬の出来事だった。
二階の自室にで眠っていた僕は、突然の轟音と揺れによって目を覚ました。
その後、感じる熱によってすぐに異常事態だと理解し、慌てて階段を降りた。
下には父さんと母さん、そして妹の
短い足で階段を駆け下りて、まず視界に入って来たのは真っ赤に燃え盛る炎。
熱風を受けて肌がじりじりと痛い、目を開けているのも辛い。でも、家族がまだ居るんだ。
父さん、母さん、鏡雅――。
本当は外へ避難するべきだったんだろうけれど、この時の僕はそんな冷静な判断を出来なかった。
家族の元へ向かおうとして、リビングの扉を開けた。
しかし、そこに居たのは期待していた人物ではなかった。
「――ああん? まだ一人残っていたのか」
そこに居たのは、真っ赤な髪の少女だった。
白くて薄い布一枚だけを纏っている。
「誰!? 母さんたちは、どこ……?」
僕がそう問いかければ、赤髪の少女はケタケタと笑う。
「悪いな、ボウズ。全部燃えちまったよ。ほら、そこ」
と、彼女が指す先には、真っ黒な炭の塊のような物があった。
丁度、人間大。それが三人分。
「うそだ、やだ……。どうして……? 父さん!! 母さん!! 鏡雅!!」
すぐに分かった。僕の家族はみんなこの炎に焼かれて死んでしまったんだって。
この女がやったんだ。僕の家族を、焼き殺したんだ。
「どうして? これは復讐だ。この炎はアタシの怒りだ。悪いのはアタシじゃねえ、
不思議な感覚だった。
悲しみよりも、絶望よりも、何よりも上回って湧き上がって来た感情――それは、破壊衝動だった。
この女に、僕の全ては奪われた。なら、奪い返さなくては。
感情の昂りに呼応して、身体の――魂の内から何かが溢れ出て来る感覚。
心臓の鼓動が早くなり、ドクドクと流れる血流の脈の音が頭の中で反響する。
すると、脈の音に交じって、誰かの声がでした。
声――というよりは、思考、感覚、記憶、そういった誰かの想いを感じた。
――これは、この女の、感情……?
怒り、憎しみ、絶望。
そうか、この女は――。
「悪いな、ボウズ。この男の息子なら、お前も同罪だ。――死ね」
しかし、女は待ってはくれない。
爆炎が僕へと向かって襲い掛かる。
しかし、僕はそれを――“喰らった”。
文字通り、噛み砕き、咀嚼し、呑み込んだ。
「なッ……!? ボウズ、お前もスキルホルダーだったのか!? いや、今発症した……?」
彼女が何を言っているのか分からなかった。
頭がぼうっとして、自分が自分ではなくなったみたいな感覚だった。
身体が勝手に動く。
僕は床を蹴り、飛び上がり、彼女を押し倒して馬乗りになった。
「やめろッ……離せ! ボウズ!」
女はスキルを発動。
炎が襲い掛かって来るがしかし、僕は同時に“彼女の首筋に噛みついた”。
重なり合う二人を包み込むように、炎が広がって行く。
「がッ……力が、抜けて、いく……」
突き立てた歯が皮膚を突き破り、肉に食い込む。
口の中に鉄臭さが広がり、同時に不思議な力が流れ込んでくる。
赤髪の少女――いや、ベータの怒りが、憎しみが、絶望が、力と共に流れ込んでくる。
僕はそれを全て吸い出さんとばかりに、歯を突き立て、力ずくで全てを奪い取って行った。
やがて、僕たち二人を包み込んでいた炎が消え、身体を起こせば、僕の下には何も無かった。
塵1つ残らず、ベータは喰い尽くされてしまった。
父さんも、母さんも、妹の鏡雅も、そして赤髪の少女ベータも、みんな燃え尽きてしまった。
時期に、この家も消失し無に帰すだろう。
次に目を覚ました時、僕は病院のベッドの上だった。
身体のどこにも大きな怪我や異常は無い。
しかし、何か大切な事を忘れている様な――、
「――そうだ、母さんたちは?」
病室内を見回しても、家族の姿は無い。
すると、僕が目を覚ましたのを聞きつけたのか、知らない男の人が病室に入って来て、「よっ!」と軽い調子で片手を上げて挨拶をしてきた。
眼鏡をかけたスーツ姿のおじさんだ。なんとなく、見た目の雰囲気から警察の人かなと思った。
「おじさん、母さんたちを知りませんか? 父さんと、妹も――」
すると、おじさんは言い淀んだあと、こう言った。
「――君のご家族は、火事で亡くなったよ。ごめんねえ」
その言葉を聞いた直後、身体の奥底から熱い何かが沸き上がって来るのを感じた。
抑えられない、溢れ出す。
次の瞬間、自分を中心としてベッドの白いシーツが燃え上がり、真っ赤な炎が病室に広がって行った。
そして、気づいた。
――僕は“第六感症候群を発症している”。
そして、このスキルは――、
「――
この瞬間、両親と妹を殺したのは自分なのだと、そう理解した。
僕のスキルが、大切なもの全てを壊してしまったのだ――。
「――はあっ、はっ、はあっ……」
俺は悪夢にうなされて、目を覚ました。
ここは寮の自室だ。プラスエスの一件の後、しばらくの入院生活のあと、退院してやっと帰って来たのだ。
しかし、あの夢の内容――幼き日の頃、第六感症候群を発症した時の夢だった。
おそらく、昨日の
記憶にない部分まで補完されているのは、夢だから色んな記憶のイメージが混ざっているのか、事実としてそういう事が有って、その記憶を思い出したのかは分からない。
どちらにせよ、酷い悪夢だった。
俺の家を襲ったベータ、焼死した家族。そして、ベータを喰い殺す幼き日の俺。
最後に見舞いに来てくれた警察の人は――ボス、だろうか?
やっぱり、色んな記憶が混ざっていた様な気もする。
ともかく、いつまでも悪夢に気を取られてうじうじしていても仕方がない。
俺はベッドを出る。
夜だからというのもあるが、四月も後半に差し掛かり五月に入ろうかとしているというのに、まだ寒い。
だというのに、寝汗をぐっしょりとかいてしまっていた。
水分を摂取して、シャワーを浴びて、寝直そう。明日は学院に復帰だ。
シャワーを浴びている最中も、やはり思考を支配するのは悪夢の内容――俺とベータについての事だった。
――しかし本当に、俺の家族を殺したのはベータなのだろうか? 来海はああ言っていたが、俺の記憶では――いや、俺に事件当時の正確な記憶はない。
事実として存在するのは、俺の手に
それら事実を繋げて行けば、もう俺がやったとしか思えなかった。しかし、実感がないのも事実だ。
でも、仮にベータが俺の家族を殺したとして、それも結局はプラスエス職員だった父への復讐だ。
巻き込まれた母と妹には申し訳ないが――どうしてか、今の俺はベータを恨む事は出来ない。
それに、あの火災の原因がどちらにせよ、俺のやる事は決まっている。
原因が俺であろうとベータであろうと、それは元を辿れば第六感症候群という病が悪いのだ。
俺はスキルで悲しむ人を一人でも減らしたい。その為にエージェントの仕事を引き受けたのだ。
今回、シロという一人の少女と、ナンバーツーに騙されて解放戦線として悪事を働かされていた多くのスキルホルダーたちを助け出すことが出来た。
だが、俺の目的はもっとその先に有る――。
シャワーを上がり、部屋に戻るとスマートフォンに通知が来ていた。
表示名は“上野さん”。つまり、ボスからだ。
俺は今回の一件で評価をいただき、晴れて
……正確には、ボスは「いやあ、ごめんごめん。すっかり忘れていたよお」と言っていた。
ちなみに来海の使う暗器の類、クナイやワイヤー、煙幕なんかは彼女独自にMGCから提供されている物なので、俺の分は無い。
まあスキルがスキルなので戦闘に問題はないのだが、如何せん焼き殺すしか出来ない俺のスキルは殺傷能力が高すぎるのが難点だ。
「さて、ボスからの連絡の内容は――」
メッセージを開くと、そこには新たな指令の内容が記されていた。
“行方不明の第二非検体ベータ、そして第三非検体ガンマの捜索”。
「これはまた、ナイスタイミングというか……。ともかく、明日来海とも相談するか」
おそらく、この
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