#052 友人①

「それで、ボスからの指令についてだけれど――何か案はあるかしら?」


 翌日、俺と来海は昨晩届いた指令についての相談をしていた。


「プラスエス関係の資料はこの前粗方漁っただろう。あとは当事者の一人であるシロに直接聞いてみるのがいいんじゃないか」

「そうね。でも、あの子も今日から学院でしょう? 大丈夫かしら」

「お前はシロの母親かよ。真白先生も付いてるし、大丈夫だろう。いざとなったらアルファブラザーズも居る」


 シロは学力と精神年齢の面から、18歳ではありながらも学院の小等部から通う事になったのが、やはり強大過ぎるスキルを持つが故に寮生活は難しいという判断の元、白羽の矢が立ったのが真白先生だった。

 元々関係性が有ったという事で、ボスが「あの先生にお願いしたらいいんじゃないの?」と、適当な事を言い出したのだ。

 そこで仕方なくお願いしたところ、なんと二つ返事でOKされた。


 そんな訳で、シロは真白家に引き取られ、そこから学院に通いつつ、先生に読み書きや計算を教えてもらってリハビリをしつつ、要請が有ればS⁶シックスのエージェントとして現場に向かうというスタイルになった。

 しかし、“真白ましろシロ”はフルネームで呼びにくい。

 先生はもっと先を見据えて命名するべきだっただろうと思わなくも無いが――まあ、そんなところもあの大らかな先生らしい。


 そして、アルファブラザーズは義理立てとして元戦線メンバー藍原あいばらの店で働きつつ、店主が返って来るまで藍原の妻と犬のジャクソン、そして帰る場所を守るのだといって、近くに部屋を借りていた。

 場所も第二区画で、シロの暮らす真白先生の家も近いという事で、姉御の元へいつでも駆け付けられるようにと言う面もあるらしい。

 彼らもまた、これから新たな道を歩んで行くのだ。


 すると、続いて来海からはやはりあの話題が出て来た。


「じゃあ、まずはシロが落ち着いた頃に話を聞くとして。それよりも、桐祐。例のベータの話だけれど、どう?」


 もしかすると俺の家族を殺したのがベータかもしれないという話だ。

 

「昨晩、夢を見た。第六感症候群を発症した時の記憶――だと、思う」


 それから、夢で見た内容の要点をかいつまんで、来海に話した。

 

「それって――!?」

「いや、所詮は夢だ。来海に言われた話が頭に引っ掛かって、夢にまで見たんだろう」

「そう、なのかしら……? でも、なんていうか、桐祐って変わっているわよね」

「そうか?」

「だって、普通は自分の家族を殺したのが自分じゃないかもしれない、他に仇が居るかもしれないってなったら、そっちに縋りたくならない? だって――」


 そして、来海は少し言い淀んで、結局その続きを口にした。


「――だって、そうすると自分を許せる言い訳が出来るじゃない。そっちの方が、ずっと楽よ。ベータが悪いんだ、自分は悪くないんだって、そう思ってればいいのだから。ねえ、どうしてあなたはそうしないの?」

「別に、大した事じゃない。俺には事件当時の記憶が無いから、実感が無いだけだ。それに、俺とベータのどちらだとしても、その大元の原因は第六感症候群だ」


 来海は真剣な眼差しで、じっと俺を見つめている。

 なんだかむず痒くなってきたが、ここまで話してしまったのなら全部言ってしまおう。


「俺はスキルで悲しむ人を一人でも減らしたい。そして、その最終的な、究極的な目標は――“第六感症候群の根絶だ”。完全に治療し、二度とスキルホルダーが生まれないようにする」

 

 相手が来海なら、胸に秘めていたこんな馬鹿げた願いも言ってしまっていて良いんじゃないかという気がした。

 来海は少し驚いた様な表情を見せた後、それでもやっぱり茶化す事は無く、

 

「MGCに来ていたのも、S⁶シックスの勧誘を受けたのも――全部、その目標の為に」

「ああ、そうだ。――でも、そう思うと、やっぱり俺には同じの血が流れているんだろうな。父さんも研究者だった。多分きっと、俺もそうなる」


 俺の父、火室祐雅かむろゆうがはプラスエスの研究員だった。

 人体実験も行っていた、ナンバーツーと同じマッドサイエンティストだ。


「いいえ。あなたはそうはならないわよ。だって、あなたは優しいもの」


 俺は笑ってそれに応えた。


 そして別れ際、来海はぽつりと、こう言った。


「――全く、大それた願いね。でも、良いんじゃないかしら?」



 教室。久しぶりに来たが、何も変わっていない。

 俺自身特段顔が広い訳でもないので、病み上がりの俺を迎えてくれる者など――いや、一人居た。


「火室殿~! やっと退院したのでござるな!」

 

 席に着くなり陽気にやって来たのは、俺の“唯一の友人である”林森森はやし しげる殿だ。

 裏山での幽霊騒動の一件で出会い、それから意気投合して仲良くなった。


 元々、俺は自分のスキルで家族を焼死させてしまったから、同じ様に大切な人を傷つけない様にと、深い関係の友人を作るのも控えていた。

 そんな俺だったが、林殿には自分のスキルで悩んでいるという共通点からシンパシーを感じて、意気投合してしまった。


 来海の場合は友人というよりは同僚だし、何より俺がスキルを暴発しても何とかしてくれそうな信頼があるので、その点では心配していなかった。

 そんな訳で、俺にとって友人と言えるただ一人の相手が林殿なのだ。


「林殿、久しぶり」

「いやはや、心配していたのでござるよ? まさか来海殿とデートの最中に事故に会うとは、災難でしたなあ」


 もはや面倒で強いて否定していなかったせいで、俺と来海の交際が林殿の中で既成事実と化している。

 しかしそれも、S⁶シックスの活動のカモフラージュになっているので都合が良かったりはする。

 だって、謎の研究機関と戦って大怪我を負いましたなんて言えないだろう。


 俺は曖昧に頷いてから、ふとある事を思い出した。


「そうだ、林殿。入院していた間もそうだし、前に最近相手できてないから埋め合わせするって話だったよな。臨時収入も入ったから、次の休みどっか行こうぜ」


 臨時収入というか、結構な大金がS⁶シックスの給料として振り込まれていた。

 

「む、むむ……? そんな約束、していたでござろうか?」

「あれ? 違ったっけ、誰か別の――いや、俺には林殿しかそんな約束しそうな相手居ないぞ」


 何だろうか。胸中に渦巻くこのもやもやは。

 平和な日常、友人との談笑。違和感など抱くような状況ではないはずなのだが、大変な事件続きで、その上嫌な夢まで見た所為で、まだ気が張っているのかもしれない。

 しかしそんな違和感も、すぐに林殿の明るい声にかき消された。


「まあ、そんな些細な事どっちでもいいでござる! 丁度、拙者も火室殿に一緒に行ってもらいたい所が有ったのでござるよ!」

「お、いいぞいいぞ。どこでも行こう」

「では、是非うちの実家に遊びに来て欲しいのでござるよ。もちろん、来海くるみ殿もご一緒で」


 遠出して遊びに行くのかと思っていたら、想像とは違う話だった。


「それは構わないが、どうしてまた……というか、林殿の実家の話なんて初めて聞いたな」

「実はでござるな、新しい友人が出来たと母上に話したところ、是非遊びに連れてこいと言われてしまったのでござるよ」

「なるほど、仲が良い――愛されているんだな」

「うむ。こんなわけのわからない病気になっても、変わらず接してくれている良い家族でござるよ」


 普通ならその所為で塞ぎ込んでしまってもおかしくない様なマイナススキルを発症しているというのに、明るい性格の林殿。

 そのルーツが両親からの愛情だというなら、なるほど納得だ。

 

 それに、林殿は俺に家族が居ないという事も知っていても、こうやって特段気を遣う事も無く接してくれるのも気楽でいい。

 

「そういう事なら、是非連れていってくれ。来海も――まあ来るかは分からないけど、誘ってみるよ」

「あいわかった。では火室殿の分も外出申請を出しておくでござるよ。これ、書いておいて欲しいでござる」

 

 と、林殿は準備良く、外出申請の用紙を持っていた。


「あれ? フォームに送るんじゃなくて手書きか」


 六専特区は大体の物はデジタル化されている。

 なので、アナログな紙の申請用紙は珍しかった。

 

「ああ、時期的に知らないんでござるな。実は火室殿が入院している間に、太陽フレアによる電磁波障害で学院の設備の一部がおかしくなったんでござるよ。で、今は一部サーバーが調整中なんでござる」


 まさか不在の間にそんな事が。

 言われてみれば、入院中にネット接続の切れたタイミングが有った気がする。

 

「へえ、まあ四月に入ってもなかなか桜の咲かない様な寒冷化の時代に、太陽フレアとはこれまた。それで暖かくなってくれればいいものだが」

「残念ながら、電磁波だけで気温は上がらんでござるよ」


 俺たちの生きるこの時代より二十年以上も前は温暖化なんて言われていたらしいが、丁度天の光現象が起きたくらいの時期から徐々に地球上の気温が下がって行き、今では春にも桜が咲かない。

 いつだったか、瞬間移動のスキルホルダー各務原かがみはらの一件で夜間コンビニに行った際もコートが必要なくらいだった。

 今回の突然の太陽フレアによる電磁波障害もその寒冷化に関係する異常気象の一種だろう。


 しかし、サーバーが使えないというのなら仕方がない。

 

「そうか、じゃあ――」


 と、外出申請を書こうと俺がペンケースから自然と手に取ったのは、短めのボールペンだった。

 捻ればペン先が飛び出る仕組みの、玩具のボールペン。

 使いにくいがまあいいだろうとそのまま書こうとすると、林殿が反応を示した。


「お、火室殿もそれ持ってるでござるか?」

「え?」


 そして、林殿は自分のペンケースをごそごそと漁って、全く同じ玩具のボールペンを取り出して見せて来た。

 

「ほら、拙者も持ってるでござるよ。お揃いでござるなあ」

「ほんとだ。これ、そんなメジャーなやつなのか?」


 すると、林殿は心底驚いた様で、食い気味に教えてくれた。


「火室殿、知らないでござるか!? それは昔のアニメグッズでござるよ! スパイ七つ道具の1つとして期間限定で発売されたレアグッズでござる!」

「おおう、そうだったのか。……確かこれ、前に落とし物で拾ったんだっけな」

「借りパクでござるか!?」

「違うって、預かってるだけだよ。ともかく、持ち主を見つけたらちゃんと返しておくさ」


 またペンケースに仕舞うと忘れてしまいそうだったので、俺はそのペンをポケットに入れて、別のペンを取り出して用紙に記入した。

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