#END-2/3 後日談 最高のバディ

 ある日の夜の事だ。


 退院して日も浅いというのに、俺は学院の校舎に呼び出されていた。

 場所は馴染みの部室前。


 廊下を抜け階段をに差し掛かると、窓から月明かりが差し込んでくる。

 どこか懐かしさを覚え、感情に浸りつつも、2階にある部室にはすぐに到着。


 そこには、俺を待つ彼女が居た。

 茶のポニーテール、黒のタートルネックインナーとタイツで全身を覆い、上にセーラー服。

 

 六専学院高等部二年、天野来海。

 エージェント:ウォールナット。

 

 俺よりも少し背が低くて、それでもそれを感じさせない程に自信に満ち溢れた、凛とした佇まいの女の子。

 我がバディだ。

 

 合流した時点ではボロボロだったのでそれなりに怪我を負っていると思っていたが、どうやら滅茶苦茶にスキルを使った俺の方がずっと重傷だったらしく、来海は俺よりもずっと早くに退院していた。

 ともかく、大きな傷が残る事も無く、無事で何よりだ。


 俺は軽く手を挙げ、「おう」と挨拶。

 来海は俺に気づくと、挨拶も早々に、唐突にこんな話を持ち掛けて来た。

 

「ねえ、桐祐。前に林君の家に遊びに行ったみたいに、今度はうちに来ない?」

「来海の実家に? それは、林殿も誘って?」

「……違うわよ。わたしは、あなたを誘っているのだけれど?」


 何故二人きりで。また林殿も連れて行けばいいのに――と思いつつも、やや来海の機嫌を損ねた気配を感じ取ったので、それは飲み込む。

 

「まあ構わないが、急にどうしてまた」

「あなたに、私のママと姉さんを紹介したいのよ」

「そういえば、前に言ってたな、お手伝いの姉さんが居るって」

「そう。ママと同じくらい、私にとって大切な人よ」


 忘れがちだが、来海は良いとこ育ちのお嬢様だ。

 そういえばパーティーの時もドレスが似合って様になっていたな。

 あの時の来海はとても綺麗だったのをよく覚えている。


 ともかく、どんな豪邸なのか興味があるし、折角なので招かれよう。

 と、頷いた所で、前に来海がしていた話を思い出した。

 

「……ああ、そうだ。なら、ついでに父親とも仲直りしとけよ。生きている内にな。珍しく俺がお前に出来るアドバイスだ」


 来海は父親と反りが合わず、それが原因で早くに自立しようとS⁶シックスに入ったのだとか。

 理由はともかく、生きている内に仲直りはしておくべきだ。


 裏で人体実験をしている父親でも、宗教にどっぷり傾倒した母親でも、俺も妹も愛されていたとはっきり断言出来る。

 きっと、来海の父親も来海の事を愛しているし、心配しているはずだ。


 来海は俺に偉そうにそう言われると怒るかなと思っていたが、少し寂し気に微笑んで、

 

「……そうね。失ってしまえば、戻って来ない。いつか後悔しないように、ちゃんと向き合わないとなって、あなたを見ていて思っていたわ。そうね……ええ。父親も、紹介するわ」


 と、意外と素直に呑んでくれた。

 そして、また俺の名を呼ぶ。今度は少し遠慮がちに。

 

「……桐祐」

「うん?」


 今度は何だろうか。

 さっきから来海の様子がおかしい気もするが、取り敢えず傾聴する。

 

「桐祐は、その……寂しい? お父さんや、お母さん――家族が、居なくて」


 ……本当になんなんだ。

 まあ、見栄を張って強がっても今更だ。

 

「なんだよ。まあ、寂しくないと言えば嘘になるだろうな。スキルなんてものの所為でみんな燃えてしまって、小さい頃から家族は居なくて、自分のスキルが怖くて友達もろくに作らなかった」

「……そう。そうよね。でも、でもね。……もし、家族が手に入るとしたら、どうする?」


 何が言いたいのだろうか。

 窓の外の夜空を眺めつつ、ため息混じりに答える。

 今夜は月が綺麗だ。

 

「さっき自分で言ってただろ、失ったものは戻ってこない。望んでも無理な話だ」

「そうね、失ったものは戻ってこない。でも、新たに作る事は出来るわ」


 何が言いたいのかいまいち分からず、ここへ来てからずっと、何となく逸らしていた視線を来海の方へと向けた。

 すると、熱を帯びた視線が交差する。

 

 思い返されるのは、唇を重ね合わせたあの時の記憶。

 俺はあの時無意識下で冷静に状況を俯瞰していた。

 全てばっちり記憶している。


 ……来海は、どういうつもりであんなことをしたんだろうか。

 ただ単に俺を助ける為に、体を張った賭けだったのだろうか。


「……あのね、桐祐。もしあなたが望めばだけれど、一つだけ、家族を手に入れる方法も在るのよ」


 ――ああ、そういう事か。

 

 来海の様子がおかしかった理由が、ようやく分かった。

 全く、超共感覚なんていうスキルが有っても、こういう事には――特に、自分が絡むだけで鈍感になってしまうのは何なのだろうか。

 いや、違うな。分かっていて、視線を逸らしていたは俺の方だ。


 いざ向き合ってみれば、嫌でもその感情は伝わって来る。

 身体の奥底から何か熱い物が湧き上がって来る感覚。

 でもこれは、スキル発動のそれとは違う。

 

 さて、我が最高のバディに何と答えようか。

 ――いや、その答えだって、既に決まっている。

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