#END-1/3 六専特区の一般生徒

 天へと昇っていた鏡写しの太陽が空中でぴたりと動きを止める。

 そして、しばらくすると、その輪郭を揺らめかせながら、不安定に形を崩し始めた。


「まずいいよ、アルファ。あのままじゃあれが降って来る。そうなれば、ここら一体は火の海だ。――最後に一仕事、頼めるかい」

「……こくり」


 シロが天に手を掲げる。

 すると、たちまち暗雲が立ち込め、暴風が吹き荒れ、崩れ行く鏡写しの太陽を包み込んで行く。


「――後は桐祐きりゅう、任せたぜ」


 嵐に包まれた炎は少しずつ、“内側へと収束を始めた”。先程まで崩れて外へ弾け、火の粉の隕石を降らせようとしていた炎の塊が、全く逆の挙動を見せたのだ。

 そして、収束していった炎は、消失――。


 ――直後、その一点を中心として、“何か”が弾けた。

 その衝撃で立ち込めていた暗雲の空に風穴が空き、そこからは真なる太陽が顔を覗かせる。


 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 

「これは――雨?」


 地下の天井にぽっかりと空いた穴から、天を見上げていた来海。

 すると、そこからぽつりぽつりと雨粒が落ちて来た。

 先程の暴風に伴う降雨だろうか?

 いや、違う。これは――、


「――光の、雨……!!」


 鏡写しの太陽の存在した一点を中心として弾けた“何か”――それは、光の雨だった。

 大規模スキルを形作っていた天の光エネルギーは炎という質量を失って、純粋なエネルギー体となって溢れ出したのだ。


 ――この日、およそ18年振り、二度目の天の光現象が観測された。

 これは日本全土でのみ観測されるという、世界中で観測された前回の物よりも小規模な物で有った。

 しかし、それでも間違いなくそれは天の光現象と呼称すべき、神々しい物だった。


 そして――、


「……あれは――」


 来海は、その光の雨の根元を見る。

 そこから、何かが――いや、誰かが落ちてくる。


 「――桐祐きりゅう!!」


 偽りの神を討った――いや、喰らった、バディの姿がそこには在った。

 来海は痛む身体も気にせず走って、穴の真下へ。


「――桐祐! 桐祐!! ……桐祐!!!」


 声に応えは返って来ない。

 それでも、真っ直ぐとこちらへ落ちて来る。


 その時、その落下する身体を下から掬い上げる様に、風が吹く。

 シロのスキルだ。桐祐を受け止めようとしてくれている。


 しかし、先程行った大規模な天候操作によってもうガス欠なのか、落下の勢いを殺す事は出来ても、受け止めきれなかった。

 そのまま真っ直ぐと、来海の元へと落ちて来る。


 二度、三度。何度も風が吹く。

 少しずつ勢いを落とし、ゆっくりと桐祐が落ちて来る。


「ここまで、届けば――」

 

 そして、来海のスキル範囲に入った。

 必死で、全力で、念動力テレキネシスを使う。

 桐祐を引っ張って、可能な限り勢いを殺して、そして――。


「桐祐っ!」


 しっかりと、抱きとめた。

 その勢いでぺたんと床に尻をつく。


 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 

 俺は全ての炎を喰らった。

 しかし、やはり俺の身体はこれ以上のスキルを受け付けない。

 それが大規模スキルであるならなおの事だ。


 ……まあ、なんだ。

 早い話、俺はまた、それをそのままリバースしてしまった。

 それでも、炎は消え去った。街に被害が及ぶ事はない。


 代わりに、落下していく俺の視界には美しい光景が広がっていた。

 本物の太陽の陽射しに照らされて輝く、光の雨。


 ああ、もうガス欠だ。

 なんのスキルも使えない。受け身も取れない。


 背中から手を添えるような、優しい風を受ける。

 二度、三度。

 シロの気持ちが伝わって来る。


 そして、声も聞こえて来る。

 よく耳に馴染む、彼女の声だ。


 やがて、落下の勢いを殺された俺の身体は、がくんという衝撃と共に抱きとめられ、地面に降ろされた。


「桐祐っ!」

「……来海、ただいま」

「もうっ!」


 余程心配してくれていたのだろう。

 瞳には大粒の雫を浮かべ、自分の膝の上に倒れる俺の身体にしがみついて来る。

 

「約束通り、帰って来たぞ」

「ええ……信じていたわ。おかえりなさい、桐祐」

 


 ――――――――――――――――――――――――――――――――



 それから、一週間ほどが過ぎた。

 また俺はしばらく病院にお世話になる生活に逆戻りだ。


 あの後、教祖の死と共に信者たちにかけられていた支配の暗示は解かれ、S⁶シックスとの交戦にも終止符が打たれた。

 怪我人は大勢出たものの、今回の一件で出た死者は教祖一名のみ。

 後で聞いた話によれば、S⁶側の装備はいつも来海が使っている麻酔毒と同じ物を装填したMGC製の銃だったらしく、そのおかげでかなりの被害が抑えられた。


 ホテルの火災から続く一連の事件は、全て天の光信仰教会の凶行として処理され、そのまま解体。

 しかしそんな事よりも何よりも、二度目の天の光現象というビッグニュースが最も世間を賑わせ、すぐに宗教団体の話なんて皆の記憶から忘れ去られて行った。

 

 今度は日本だけで観測された天の光現象。

 それを引き起こしたのは他でもない俺自身なのだが――それが数年後の将来、どんな結果を及ぼすのかは、まだ分からない。

 ともかく、災厄は去った。

 

 今日も快晴。空には太陽が輝いている。

 窓から差し込んでくる陽射しは温かい。

 

「――ほんとに、やれやれって感じだよね」


 ベッドサイドで、愛一あいいちが俺の見舞いの品の林檎を食べている。

 何故か俺が剥かされた。しかもウサギ型に。

 こいつだけ無傷なのが腹立たしい。


「いいじゃんいいじゃん。これ、もりちゃんが持って来てくれたやつだよね、美味しいよ」

「……ふん」


 俺も一口。

 うん、甘さと酸っぱさのバランスが丁度いい。


「ところで愛一、林殿には会って行かなくて良かったのか?」


 こいつは見舞いを持って来た林殿が来るや否や、さっきまでそこでくだらない話をしていたにも関わらず姿を晦ませて、林殿が帰ると戻って来た。

 まあ、こいつに言わせればずっとそこに居て、認識出来ていなかっただけなのだろうが。


「いいよ。一度そこを離れた僕には、もうその資格は無い。もりちゃんの事、よろしくね」

「ふぅん。ま、無理強いはしないが、向こうも会いたがっているだろう。気が変わったら言ってくれ」

「……ん」


 気の無さそうな返事が、シャクシャクという咀嚼音と共に返って来た。

 

 すると、唐突に別の人物の声が投げかけられた。


「おう。君が噂のガンマ君かあ」

「ボス!?」


 いつの間にか、病室にボスが居た。


「げ」


 逃げようとする愛一。

 しかしその肩を、ボスは掴んで離さない。


「まあまあ、別に取って食おうって訳じゃ無いんだ。シロちゃんから君に事を聞いてねえ」

「アルファ! あいつ、勝手に喋りやがって……!」


 愛一はこのまま無理やり逃げようと思えば逃げられそうだが、シロの話が出たからかどうやらその気は無い様で、一旦は渋々ながら座り直す。


「はあ……まいいや。それで?」

「ああ、そうそう。実はねえ、ガンマ――いや、愛一君もS⁶シックスに入らないかなあって思って、誘いに来たんだよお」

「パス」


 愛一はボスの誘いも一刀両断。


「どうしてさあ。シロちゃんも、桐祐君も居るよ?」

「慣れ合うつもりはないし、僕はまた桐祐たちの元を去るつもりだ」

 

 これには俺も声を上げた。


「どうしてさ! プラスエスも、天の光信仰教会も、もう無い。だから、特区に帰ってこいよ!」

「やだよ。今更どんな顔して戻れって? 桐祐も僕の事なんか忘れて――って言っても、桐祐の場合はそれが無理なんだよなあ」

「そうだ。お前が全部消して居なくなろうとしても、何度だって見つけ出してやるからな」

「面倒な友達を持ったなあ……」


 愛一はげんなりして頭を掻く。


「……ま、そうだね。特区の方は考えておくさ。でも、S⁶はやだね。折角憂いを断ったんだ、あくまで僕は平和に生きる一般生徒で在りたいのさ」

 

 そう言って、愛一はボスの手を振り払って席を立つ。

 そして病室の扉に手を掛けた後、一度足を止めて振り返る。


「……でも、アルファの事は頼んだぜ」


 ――パタンと、扉の閉まる音。


 すると、ボスはきょとんと俺の方を見る。


「……あれえ? 桐祐君、僕は何しにここへ来たんだっけ?」

「知りませんよ。見舞いに来てくれたんじゃないんですか」

「そうだっけ、まあそうか。そうかも」


 と、ボスは不承不承ながらも納得しようとしていた。

 しかし唐突に、


「……あ、そうだ! 思い出したよお。シロちゃんがね、早くオムライス食べたいって」

「ああ。早く退院しなきゃですね」


 まったく、愛一のやつめ……。

 ちゃんとその内、また会いに来いよ。

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