#066 超能力に目覚めた子供たち②

 二つの太陽が天に浮かぶ。

 一つは遥か宇宙の先に存在する真なる太陽。

 そして二つ目は、それと比べる事もおこがましい。まるで人間と虫けら程に違う、偽りの太陽。

 

 しかし、俺たちは知っている。

 そんなちっぽけな偽りの存在でも、それが天の光エネルギーから産まれたものである限り、そしてそれが思念集積体の大規模スキルである限り、真なる太陽を喰わんする事を。

 でも、そうなる未来は決して訪れない。

 

 天の光信仰教会、教祖、道道ヶ原巡どうどうがはらめぐる

 太陽に成り代わり自身が神と成ろうとする奴の野望は、俺たちが阻止する。

 

 確か、奴はなんと言っていただろうか?

 祝福を受けた俺が――俺たちスキルホルダーが羨ましいと言っていただろうか。

 自分も神通力が欲しいと、第六感症候群を発症したいと、そう言っていただろうか。


「――馬鹿馬鹿しい」


 そんな俺の心の内が、自然と口から漏れ出ていた。


「きりゅー、どうしたの?」

「いいや、何でもない。早く終わらせて、帰ってみんなでご飯でも食べよう」

「おむらいす!」

「ああ。特大のやつを作ってやるさ」


 第六感症候群、天の光という未知のエネルギーが作用して発症した病。

 決して神通力なんてものではないが、しかしそれでも、やはり人類にはまだ過ぎたる力だ。

 

 それによって俺は家族を失い、林殿はやしどのは生きる事に苦労し、シロや愛一あいいち、そしてベータは大人たちの私利私欲の為に酷い扱いを受けた。

 彼ら元非検体にだって元は家族が居ただろう。でもそれだって、今は離れ離れ。今も生きているのかすら分からない。


 そうやって人々を不幸にして来た災害級の病を、信者たちにバラまくなんてどうかしている。

 ここで、その負の連鎖を終わらせる。


 やがて、地上へと降り立つ。

 俺の隣にはシロと愛一、二人の仲間。

 そして、手の中には最高のバディ――来海から託された一本の暗器。


 鏡写しの太陽はこの間にも天へと昇り、真なる太陽へと手を伸ばそうとしている。


「さあ、どうする桐祐きりゅう。相手は空の上、しかも炎の塊と来たもんだ」


 こいつ、また精神干渉で好き放題思考を読んでくる。

 もう俺の中に策があるのを知っていてこう言って来るのだから、意地が悪い奴だ。


 しかしまあ、そういうのも悪くない。

 悪友の茶番に付き合ってやるとするか――と、俺は溜息交じりに答えてやる。

 

「あの炎の中に教祖が居るのを感じる。それが核となって鏡写しの太陽を形作っているはずだ。だから、それを――殺す」


 決意と共に、手の内のクナイを握り締める。

 ナンバーツーの時は、ボスがやってくれた。だけど、今回それが出来るのは俺だけだ。


「俺ならあの炎の中でも大丈夫――の、はずだ。シロ、あそこまで届けてくれるか」

「こくり。……まかせて」


 愛一はそれを聞いて、にっと笑う。


「決まりだ。じゃあ、僕はここで見ているぜ」


 お前はそうだろうな。いいさ。

 俺は天高く浮かんで行く鏡写しの太陽を見据える。


「――すぅ……」


 大きく息を吸い、地を蹴り、跳ぶ。

 そのジャンプがルーティンとなって、“瞬間移動”が発動。

 俺の身体は少し先の宙へと飛翔した。

 

 そして――、


「――きりゅー!!」


 シロの、これまで聞いた事も無いくらい大きな声と共に、俺の下から風が吹き荒れる。

 “大気操作”によって産み出された空気の流れによって、俺の身体は天高く舞い上がり、あの偽りの炎球へと向かって行く。

 

 ――行ける! 届く!


 真っ直ぐと標的へ。

 そんな俺の行く手を阻むように、鏡写しの太陽から撃ち出された火球の隕石が降り注ぐ。

 

 しかし、その反撃も視界に入ってる。

 目線で追って、一つ、また一つと焼却していく。

 

 撃ち漏らした分は――直後、轟音と瞬き。

 

 シロの大気操作は拡張され、それは天候すら操る。

 晴天から曇天、雨、嵐、雪――瞬きの間さえあれば、何もかもが想うがままだ。

 シロが雷撃を以て、俺に降りかかる火の粉を打ち払った。


 そして、俺の手は鏡写しの太陽へと、届く――。


 俺は風に押されるままに、太陽の中へ突っ込んで行く。

 全身を撫でる様に、地球上から集め束ねた熱の集積体が流れて行く。


 ――でも、全然熱くない。


 “発火能力パイロキネシス”――そんな力、普通に振るえば自分だって焼け死んでしまうだろう。

 しかし、実際はどうだろうか。

 かつてベータと対峙した時、ベータは火の海に包まれる火室家かむろけで自身は燃える事無くそこに立っていた。

 そして、そのスキルを喰らった俺もそこから無事に生還した。

 

 つまり、俺は発火能力パイロキネシスと同時に、炎に対しての耐性を得ていたのだ。

 そして、そのスキルの特性も同時に、愛一によって拡張された。


 この程度の偽物の炎より、俺の炎の方がずっと強い。

 だって、俺の炎の源流はベータの怒りであり、憎しみだ。濃く深い感情の色だ。


『――少しはやるようになったじゃねえか。そうだ、燃やせ! 全部燃やしちまえ!』


 あの時と同じ様に、頭の中に声が響いて来る。

 そうか、ベータ――お前はそこに居るのか。なら、共に行こう。


 アルファの、ベータの、ガンマの――三人の仲間たちに背中を押されて、ついに俺は鏡写しの太陽の中心部へと辿り着いた。


 そこはまるで巨大な生物の胃の中みたいで、肉のひだの代わりに、真っ赤に燃える炎が波打っている。

 そんな灼熱の空間の中心に、一人の男が炎の触手に絡め捕られて、吊り下げられる様にそこに居た。


「道道ヶ原……」


 全身は焼け焦げて真っ黒。

 身体は動かすことが出来ないのか、目を見開きぎょろりと視線だけを動かして、こちらを見据えて来る。


「ァあ……、クク……は、ハハ……っ……」


 喉奥まで焼け、ろくに言葉を発せないのか、掠れた細い声で、不気味な笑い声だけを漏らしていた。

 教祖は鏡写しの太陽という名の偽りの神と一体化した。彼の望み通りその大規模スキルを得た。

 しかし、その身体は耐えられなかった。


 信者の数は百や二百を優に超えるだろう。

 それだけの数のスキル、莫大な量の天の光エネルギー、それをたった一人の身に?

 耐えられるはずも無い。脳が焼き切れて終わりだ。


 俺だって、超共感覚、発火能力パイロキネシス、瞬間移動、透明化、大気操作、そこまで喰って、最後に念動力テレキネシスを喰らおうとして、リバースした。

 それ以上のスキルを身体が、脳が許容できずに、受け付けなかった。

 

 廃人となった教祖は、それでも自身の望み――欲望を忘れていないのか、大規模スキルの核として生き続け、未だ真なる太陽を喰らわんと動き続けている。

 でも、それもここで終わりだ。俺が終わらせる。


 ここまで背を押して連れて来てくれた仲間たち。

 そして、今俺と共に在るのは、バディから託された刃。


 一度小さく息を吸う。

 そして――、


「――はああああああッッ!!!!」


 咆哮と共に地を蹴り、クナイを道道ヶ原巡るの胸へと突き立てる。


「――カはッ……」


 傷口から血が噴き出る。

 ぎょろりと動く眼球と視線が交差する。


 ――どうした、教祖様。今、どんな気分だ。


 多くの人々を騙し、利用し、第六感症候群という病をばら撒き、そして全てを自分の物にし、神にさえ成ろうとした。

 そんなお前は、今――いいや、答えは無い。


 道道ヶ原の瞳は、既に色を失っていた。

 その表情は、憎たらしくも口角を上げていて、笑っている様に見えた。

 

 クナイの切先が心臓を穿ち、偽りの神の命の鼓動は、途絶えた。


 やがて、その動かぬ真っ黒な身体は炎に包まれて、灰になって行く。

 カランと、クナイが落ちる。

 

 しかし、その時――。


 地鳴りと共に、周囲の炎が不規則に乱れ始めた。


「まさか――まずい!!」


 核を失った鏡写しの太陽は、今にも崩壊しようとしている。

 脱出しなければ――いや、それよりも、このまま崩壊させてしまうと、欠片が隕石の様に街に降り注いでしまう。

 それは出来ない。


「――なら、やるべき事は一つだ」


 この炎を全て、喰らう。

 鏡写しの太陽は大規模スキル、思念集積体。

 なら、俺の拡張された超共感覚によって奪えるはずだ。

 そのスキル発動のトリガー、ルーティンとなるのは噛みつく事による吸血行為だ。


 この炎の塊にとって、血とは、肉とは、炎のそのものだ。

 

「――間に、合ええええええッッ!!!!」


 俺は道道ヶ原を縛り付けていた炎の触手を鷲掴み、歯を突き立て、齧り付く。

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