#039 スキルホルダー解放戦線①

 後日、俺と来海はシロと犬を連れて、第二区画へとやって来た。

 ラプラスの悪魔に貰った地図に示されていた場所は、とある個人経営で電子機器の修理や建物の修繕等の事業をしている、店舗兼住宅の建物だった。

 当初は真白ましろ先生も付いて来ようとしていたが、もしもの事を考えて置いて来た。


 シロは今日何をしに行くのかあまり分かっていないのか、いつもの無表情のままぼうっと隣を歩いている。


「この辺りのはずだけれど……ああ、あそこね」


 と、スマートフォンの地図アプリを見ながらナビゲートしてくれている来海に付いて行けば、目的地へと到着。

 それほど大きくない、ビルとビルの間に在る二階建て。

 一階には車庫と店舗が構えられており、二階が居住区の様だ。

 車庫のシャッターは開いていて、黒のワゴン車が止められている。その奥に二階に続く階段が在った。


「店は開いてるみたいだな。どうする? 取り敢えず、一人で様子見てこようか?」

「そうね。じゃあ、わたしはシロと一緒にこの辺りで待ってるわね」

「ああ。言うまでもないとは思うが、気を付けろよ」

「もちろんよ。問題ないわ」


 来海の心強い台詞を背中で受けながら、俺は単独で店舗の中へと切り込んで行く。

 店内はやや油と鉄の匂いがする空間で、何かのパーツ類や工具が商品として並んでいる中に、修理中と思しきバイクが置かれていた。


 店奥のレジには一人の中年女性が座っていて、俺が入店すると「いらっしゃいませ」と柔らかい声色で迎えてくれた。

 丁度目が合ったので、軽く会釈しつつ近づいて、声を掛ける。


「すみません」

「はい、なんでしょう」


 この女の人がスキルホルダー解放戦線のメンバーなのだろうか?

 少し考えるが、結局腹の探り合いをしていても無駄だろうと判断し、俺は懐から一枚の写真を取り出して、女性に見せた。

 

「この写真の女の子の、見覚えは有りませんか?」


 あらかじめ用意しておいたシロの写真だ。

 相手が解放戦線メンバーなら、何かしらのリアクションを見せてくれるだろう。

 しかし、その女性は首を傾げる。


「さあ……? この女の子が、何か?」

「いえ、ここに親族か知り合い方が居るかと思ったんですが……」


 おや、彼女は本当にシロの事を知らなさそうだ。

 ラプラスの悪魔の占いが外れたか?

 しかし、スキルホルダーの千里眼が間違った結果を導き出すなんて、そんな訳――と思っていると、


「でも、もしかすると主人なら分かるかもしれません」

「ああ、ご主人が居られたんですね」

「はい。裏で作業してるので、呼んできますね」


 と、女性は暖簾の奥、店の裏へとご主人を呼びに行った。

 奥から「あなた、学生さんが来てますよー」と聞こえて来る。


 程なくして、すぐに奥から作業着姿の無精ひげを生やした男性が現れた。

 

「ああ、どうも。ええと、何の御用かな?」


 第一印象で、人の良さそうな人だなと思った。

 俺は同じ様に写真を見せる。


「この子についてなんですけど――」


 と、俺が言い切る前に、男は写真に食いついた。


「アルファ様!? キミ、この子をどこで!?」


 アルファ様――それは、これまで出会った解放戦線メンバーたちが口を揃えて言っていた名前。

 確か、拉致され、殺されたと言っていたはず。

 

「アルファ様――それが、この子の名前なんですか?」

「あ、いや、えっと……」


 男は言い淀む。

 やはりラプラスの悪魔の占いは正しい。どうやらここで間違いなかった様だ。

 様子を見るに、この男が解放戦線メンバーなのはもはや疑いようもない。

 しかし、これまで出会って来た血気盛んな戦線メンバーは同世代の若者たちだったのに対して、今目の前に居るのは大人の男、その様子にも棘を感じない。


 もしかすると――という希望を感じて、俺は一歩踏み込んだ。


「俺たちは解放戦線の事も知っています。もしそちらも何か知っている事が有れば、教えて欲しいです」

「そうか、キミはそこまで……ただの学生という訳では無いみたいだね」

「まさか、ただの一般生徒ですよ。迷子の小さな女の子と犬を保護したので、保護者を探しているだけです」


 そう白々しくも言ってみると、男の表情に喜色が浮かぶ。


「犬って、もしかして、ポメラニアンかい!?」

「はい。あなたの飼い犬ですか?」

「ああ、そうなんだ! “あいつら”が来て騒いだ所為で、驚いて逃げ出してしまって、困っていたんだ! ああ、良かった! ジャクソンは無事なんだね!」


 男は愛犬の無事にも心底嬉しそうだ。悪い人には見えない。

 スキルホルダー解放戦線のメンバーにはこういう人も居るのだろうか?

 しかし、これならそれ程警戒する必要も無さそうだ。


「お話を伺っても?」

「ああ、勿論だとも。――と、そうだ、自己紹介がまだだった!」


 と、一枚の名刺を取り出して、差し出して来る。


「――私は藍原あいばら。“元”スキルホルダー解放戦線のメンバーだ」



 それから、俺は来海とシロ、そして犬――ジャクソンを伴って、二階にある藍原宅へとお邪魔した。

 よく見れば、車庫の隅に犬用のドッグフードの大きな袋や散歩用のリードなんかのペット用品も転がっていた。

 

 畳の部屋に通され、ちゃぶ台を囲む。


「ねえ、桐祐きりゅう。本当に大丈夫なの?」


 来海が耳打ちする様に言って来た。

 シロも隣に座ってはいるが、そわそわと落ち着きなくしている。


「多分な。藍原さんに害意は無さそうだったぞ」

「無さそうって、そんな感覚的な……」

「それに、“相手は大人”だ」

「まあ……そうね」


 俺たちは子供でスキルホルダー。相手は無力な大人。

 仮に相手がこちらを害そうとして来ても、不意打ちでもしない限りスキルという圧倒的アドバンテージは覆せない。

 現に藍原は俺たちの目の前に丸腰で座っている。この間合いなら、仮に拳銃を隠し持っていたとしても、それを引き抜いて発砲するよりも早く、俺と来海のどちらかが制圧出来る。


 藍原は少し困った様に笑う。


「そう警戒しないで、私はもうああいう事からは足を洗った身だ。何もしないよ」


 そう言う藍原の膝の上には、ポメラニアンのジャクソン。

 主人の元へ帰れて嬉しそうに見える。

 

 来海はそれに対して鋭い視線を返しつつ、口を開く。


「それで、一通りの説明はして貰えるのかしら?」

「勿論だとも。だけど、“あいつら”が戻って来る前に済ませたいね」


 さっきもそんな事を言っていたな、と思い俺も口を挟む。


「その、“あいつら”と言うのは?」


 藍原は答える。

 

「実は、今うちに戦線メンバーの奴らが押しかけて来てるんだ。何でも解放戦線の活動中に船が特区に漂着してしまったらしく、それで、途中で一緒に居たアルファ様とも逸れてしまったんだと泣きついて来たよ。全く、私はもう戦線とは無関係だと言うのに……。

 その押しかけて来たのは二人組で、今は昔のよしみで仕方なくうちの仕事の手伝いをさせていている。今は出払っているが、直に戻って来るはずさ。

 でも、アルファ様を見たらまた大騒ぎしてジャクソンが驚いてしまうだろうから、出来ればあいつらとは会わせたくないな」


 それ俺も藍原と意見を同じくだ。

 現役の戦線メンバーだというのなら、血気盛んな奴らだろう。そんな奴らを、シロに会わせたくはない。

 

 それから、俺の隣――シロの方へと視線を向け、頭を下げる。


「しかし、ご無事で何よりです、アルファ様」


 しかし、シロは何のことか分からないと言った様子で、びくりと震えて俺の後ろに隠れてしまった。

 その反応に不思議そうにする藍原に対して、来海が溜息と共に説明する。


「この子、記憶喪失なのよ」

「ああ……。あいつらからも海上で抗争が起こったと聞いている。きっと、そこで脳にダメージを負う様な何かが有ったのだろう」


 藍原は胸を痛める様に、目じりを下げる。

 

「それで、アルファっていうのがシロ――この子の本当の名前なのね?」


 藍原は強く頷く。

 

「――この方こそがスキルホルダー解放戦線のリーダー、アルファ様だ」


 藍原はそう断言した。

 幼い少女シロがスキルホルダー解放戦線のリーダー、アルファ。

 その事実を、すぐには呑み込むことが出来なかった。

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